第249話 はじめての内政講座

 国王と、元宰相のマグナブリルとの会談があった次の日から、午前中はティーナのお見舞いに行き、カーバルやハニバルでの土産話を色々して、午後からは、マグナブリルに打ち合わせをする事となった。


「イチロー殿、領地経営や内政について手助けするとは言ったものの、イチロー殿自身にどれだけの見識があるのか分かりませぬ、なので、どの程度の知識をお持ちかを尋ねてもよろしいですかな?」


 打ち合わせ場所に、いつの間にか黒板と教壇が準備されており、若い書記官らしき人物もいる。授業内容を記録に残す為のようだ。


「領地経営と内政か… ゲームとかだったら、先ず食料と労働力…次に資源だよな… ゲームの中なら好きなように資源採取できるが、実際には妨害があったり、資源採取する土地の領有権が必要だったりするな…」


 先ずはゲームの知識から必要な要素を捻り出す。そこから遠い昔に学校でならった授業内容を思い出す。


 そもそも、ゲームの中の話で労働力といっているが、普通は国民なり領民だよな… ただの奴隷や、資源泥棒ではなく、正式に労働力としての国民、領民を定めるには… 正当な統治機関で定める必要がある、この場合は政府か… 政府に必要な物は…司法・行政・立法の三権だっけ?


 そこまで、頭を捻りながら答えていた所で、マグナブリル爺さんがコホンと咳ばらいをする。


「イチロー殿は、ある程度の概念をご存じのようだが、体系的な知識にはなっていないご様子ですな。先ず、そこから始めましょうか」


 マグナブリル爺さんはそう言うと、黒板にカキカキと言葉を書いていく。


「人間は物事を一気に考えると混乱するので、先ずは三つの言葉で考えます。今回の場合は『イチロー殿』が『領地』を『統治』したい。です」


 なんだか、『小学生でも分かる!はじめての政治・内政講座』みたいなのを受けている気分である…


「では次に言葉を分解してみましょう」


 マグナブリルは『領地』という言葉から線を二本ひいて『土地』と『民』そして『資源』と言う字を書く。


「次は、『イチロー殿が民を統治する』について考えます。ここから必要な要素をつけています。」


 『統治』から線を引き、『法』『力』『金』と言う字を書いていく。


「この様に『統治』するには、その根拠である『法』、そして実行する『力』、それらを支える資『金』が必要です。これらはイチロー殿一人で全て行う事が出来ないので、それぞれの部署が必要です」


 学校で習った司法・行政・立法ぐらいしか覚えてないや…


「この様に複雑で分かりにくい時は、二つや三つの言葉に絞って、その言葉を分解して、組み合わせれば理解と解決の糸口が見えて来るでしょう」


 なるほど…『法』と『土地』なら登記がいる事がわかるし、『金』と『民』なら税金ってかんじか…


「御覧の通り、統治者が全てに於いて自身が関わるというのは不可能なので、担当者に任せていく事になりますが、これだけはやってはいけない事があります」


 そう言って、俺をギロリと見る。


「それは賞罰の権限や人事権を他人に渡してしまう事です」


 マグナブリルの言葉にピンと来ず、少し頭を捻る。


「賞罰の権限っていうが、細かい犯罪まで俺が判決を出すってことか?」


「治める領地が小さいうちならそうすべきでしょうな、大きくなれば裁判官に任せてもよいですが、その人事権を握る事は必要です。これらを手放すと軽んじられたり、組織を乗っ取られたりします」


 マグナブリルの言葉を自分の中で噛み砕く。


「それは権力を固持する権力者や独裁者のやり方だよな…そんな考え方で大丈夫なのか?」


 疑問を率直にぶつけてみる。


「刃物と同じですよ、イチロー殿、人殺しに使えば凶器になりますし、料理に使えば道具になります。凶器を持っている人物からは人が離れますし、道具をもって料理を作っている者には人が集まります。また、凶器として使おうとする人物に渡さない為でもありますな」


 マグナブリルはそう言うと、僅かに口角を上げた。その顔はまるで、俺自身が権力というものを凶器として使うのか道具として使うのかどちらだ?と問いかけているようであった。


 俺がその問いかけにゴクリと唾を呑んだその時に、けたたましく部屋の扉が叩かれる。


「イチロー様! イチロー様! ティーナ姫が産気づかれました!!」


 使者の声に俺はすぐさま立ち上がって扉を開く。急いで走ってきた為か、息が切れ切れで酸欠状態の鯉の様に口をパクパクさせた使者の姿があった。


「ティーナ姫が本当に産気づいたんだな?」


 俺が尋ねると、息を整える途中だったので、言葉を出せず、コクコクと大きく頷く。


「いつもの部屋だな!?」


 その問いにも大きく頷いたので、俺はいつものティーナの部屋へと向かう。


 部屋の前に辿り着いた俺は、ノックもせずに扉を開け放ち、部屋の中に駆け込む。するとベッドの上のティーナは侍医や侍女たちに囲まれて、荒くて速い呼吸を繰り返している。


「だ、大丈夫か!! ティーナ!!」


 俺はティーナ姫を取り囲む侍女たちの群れを割って中に進もうとする。


「イ、イチロー様!!」


 俺の声に気が付いたティーナは、必死な表情を浮かべながら、俺の方に手を差し伸ばす。


「手を…手を握ればいいのか!?」


 始めて出産の場と言うのと、それが自分の女で、自分の子供を産むところという事で、相当、焦って困惑していた俺は、ティーナが差し伸ばして来た手を、思いっきり握り締めてしまう。


「痛い痛い痛い! 痛いです! イチロー様!!」


 箸より…いや、フォークとスプーンとナイフより重い物を持った事のない女の手を、冒険家業で、人間よりも大きな化け物を倒してきた男が本気で握り締めれば、ただ事では済まない。


 俺はティーナの声に急いでその手を離す。


「あぁぁ! す、すまない! か、回復ま、魔法を!!」


 俺はワタワタしながら、ティーナに回復魔法をかけようと、離した手をもう一度握り締めようとした。すると、その様子を見ていた侍医が周りの侍女たちに目配せして、アイコンタクトを取る。


「申し訳ございません! イチロー様!」


 侍医からの無言の指示を受けた侍女たちが、俺を取り囲み、身体を使って、俺をティーナから引き離して部屋の外へと追い出す。


「申し訳ございませんが、殿方はこちらでお待ちください」


 そう告げられるとパタリと扉が締められる。


「お前もここに送られたのか…」


 後ろから声が掛かったので振り返るとカミラル王子の姿があった。



 


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