第248話 国王があれなら…

「マグナブリル殿、御足労をかけて済まないな」


「いえいえ、今の私は役職も無く爵位もないただの老いぼれですよ、お気遣いは結構でございます」


「以前、マグナブリル殿に面倒を見てもらいたい人物を呼んだので話し合ってもらいたい」


 カミラル王子はそう言うと、自分の隣、俺の正面に座る様に差し示す。マグナブリルと言われた老人は、チラチラとカミラル王子と俺、そして周りを見回した後に、指示された席にゆっくりと腰を降ろし、そして、顔を上げて俺を射貫くように直視し始める。


「こちらが、以前話をした、アシヤ・イチローだ」


「私がアシヤ・イチローです。よろしくです」


 なんだか、学校の厳しい教頭先生でも目の前にしている気分になったので、猫を被って挨拶をする。


「貴方が、この度、この国の王女であるティーナ姫と御婚姻なされる、認定勇者のアシヤ・イチロー殿ですな? 私は以前、この国の相談役の様な仕事をしていたマグナブリル・アルトマイヤーと言う名のただの老人でございます」


 そう言って俺に向かって一礼をするが、どう見てもただの老人でない眼力で俺を直視し漬ける。


「さて、カミラル王子より、イチロー殿の内政や政治顧問の勤めを引き受けるように言われているのですが… いくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」


 言葉の上ではお願いしているが、その表情はこれから尋問してやるとしか見えない。


「どうぞ、好きなだけ聞いて欲しい」


 この手の人間は下手に隠し立てすると、機嫌を損ねてネチネチとつついてくる可能性が高い。なので、手札をオープンにした方が傷は浅くすむ。


「先ず、領主になって何をなさりたいのですか?」


 就職の面接の志望動機みたいなものから始まった。


「領主になって、自分で何かやりたいと言うよりも、先ずはティーナ姫を迎えるに当たって、食うに困らない状況にする事が先決だな」


「ティーナ姫の事なら、イアピース王家や、カミラル王子からの特別な援助を受けられるでしょうに、その援助金なら、ティーナ姫とイチロー様のお二人と、身の回りの者だけなら、食うに困る事はないでしょう」


 すぐさま、俺の返答に対して言葉が返ってくる。イアピース王家から援助金を受けられることは知らなかったが、この爺さんの言い方だと、俺の仲間を解雇して、ティーナと二人だけで暮らせばいいだろって聞こえてくるな。

 だが、それは受け入れられない。今更、アソシエたちやダークエルフたち、そして、ハニバルで責任を持って預かるといった蟻族、そして、カズオやシュリ、カローラ、そしてポチを捨てる訳にはいかない。


「いや、それではダメだ。私の仲間を今更捨てる訳にもいかない。最低限の生きていくための生活を補償してやらねばならない。それは手切れ金を渡して別れるのではなく、今後も私の仲間として手を貸して貰う為に、私の元で働いてもらう事だ。その為にも、今は自給自足を出来るように城の周辺を開墾して農地を増やしいる」


「農地を増やしている? 確か、マークマルストーク城辺りは、未統治地域で農奴がおらぬはずだが…」


「マークマルストーク城?」


 聞き覚えのない地名に声をあげる。


「今、イチローが住んでいる城の事だ」


 カミラル王子が説明してくれる。あそこは元々はそんな名前だったのか…今ではカローラ城で通っているからな…ってか、今後、カローラ城って名前でいいのか? 今はまあいいや…


 俺はカミラル王子から老人に視線を向け直す。


「仰る通り、現状辺りは未統治なので、開墾を領民に頼むことができず、農地は私と仲間で開墾していっている」


「なんと、イチロー殿ご自身で開墾なさっているのか!? もしや、ティーナ姫にも農作業をさせるつもりでは無いですな!?」


 老人は声を荒げる。


「いや、ティーナ姫にそんな事をさせるつもりは無い! というか、出産後の身体に無理はさせられないし、赤子の世話でそれどころではないだろ?」


 老人の声に俺が慌ててそう答えると、老人の顔を一瞬で凍ったように強張る。そして、その表情のまま、カミラル王子の方に向き直り、『話が違うじゃねぇか…どうなってんだよ…』って感じに無言の圧力をかけ始める。もしかして…ティーナが妊娠している事は内密だったのか?


「すまぬ…マグナブリル殿…そのティーナは…イチローの子を身籠っておるのだ…」


 カミラル王子が老人の無言の圧力に耐えられずに、項垂れながら告白する。


「なるほど…それで全ての話に合点がいきました。つまり、そこのイチローなるものとティーナ姫が婚前性交を行いティーナ姫が身籠ってしまったので、もめ事にならぬようにカミラル王子が穏便に事を済ませていたが、国王に遂にこの事がバレて、ティーナ姫のお相手のイチロー共々、領地を任せて見定めをする事になり、失敗すれば、ティーナ姫は、堕胎と記憶操作されて廃人になるかもしれないので、私に泣きつかれた…という事でよろしいですかな? カミラル王子よ」


 老人は、まるであらすじが書かれた台本でも読むようにスラスラと、今の状況を考察して説明する。


「その通りだ…マグナブリル殿…」


 カミラル王子が諦めた犯人が罪を認めるように、そう漏らす。


「なるほど、それで国王に対応する為には私の力が必要で、カミラル王子とティーナ姫、そして、このイチローなる者の尻ぬぐいをしろと言う訳ですな…」


 そう言って、物凄い眼力で俺に向き直る。


「す、すみません…わ、私が…その…」


 一番の原因は俺なので、一応の後ろめたさから頭を下げる。


「王族の女に対して、責任も取れぬのに避妊をしなかったのは、お主が確かに悪いが、それは世情を知らぬ下々の者ゆえ仕方がない…それよりも王族でありながら、そこらの町娘のようにほいほいと股を開くティーナ姫や、ティーナ姫が外交道具にされるのがいやならば、さっさとティーナ姫の代わりになる子を種馬の様に作らなかったカミラル王子が悪い」


 うわぁぁ… 王族に対しても歯に衣着せぬ物言いかよ…しかも言い方が結構えげつない…


「…確かにマグナブリル殿の言う通りだ… 以前からその事に関して何度も言われていたが、聞く耳を持たなかった私が悪い… それにティーナも少し甘やかしすぎた…」


 いつもは怖い先輩のような感じのカミラル王子だが、この老人の前では、縮こまって項垂れて答える。


 その様子を見て、老人はふぅと溜息をつくと、カミラル王子と俺を見回して、語り始める。


「本来であれば、他人の家の下の話の問題など、関わりたくはないが…私はその家に長年食わせてもらった身… 最後の御奉公をするとしましょうか… しかし、私の指導は厳しいですぞ…」


 こうして、元宰相であるマグナブリル老人が俺の領地に来ることとなった。



 



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