第246話 俺の知ってる王様はこんなのじゃない
世間話等の無駄話はせずに、黙々と俺の前を歩き続けるカミラル王子の姿に、俺はなんだか、絞首台か独房に向かう囚人の様な気分になってくる。今更、報復とかしないよな?
そんな事を考えていると、チラリとも俺の方を見向きもせずにカミラル王子が喋り出す。
「これから、お前をある御方に会わせる。絶対にお前から何も喋るな。そして、何か尋ねられても、『はい』か『いいえ』で答えろ。具体的な事を聞かれた場合は私が代わりに答える。いいか?分かったか?」
カミラル王子の言葉の内容に、俺は少し戸惑う。カミラル王子が『ある御方』というぐらいだから、現国王かその王妃、もしくは現国王の祖父祖母にあたる人物であろう。ただ、『はい』か『いいえ』だけで答えろというのは、なんだか奇妙だな…
「わ、分かった…で、これから会うのはもしかして現国王か?」
「分かったじゃない、今から練習も兼ねて、返答をする時は『はい』か『いいえ』で、答えろ。分かったな?」
「ハイ…」
マジで、囚人の様な気分になってきた…
「お前の予想通り、これから会わせる人物は我が父上であり、現国王のサーラブルグ・オイラス・イアピース陛下だ…」
そして、カミラル王子は立ち止まって、険しい顔で俺に振り返る。
「いいか… 普通にティーナとの婚姻の挨拶を出来るとは思うな… 敵と相対すると思え」
そういうと、前に向き直り、再び歩き始める。
まぁ…現代日本でもズッコンバッ婚…じゃなくてデキ婚は良く思われないからな… しかも、俺の場合は殆ど間男状態だし、しかも相手は王族だし…
よく考えれば俺ってとんでもない事を仕出かしていたんだな…でも、まぁ…これも若さゆえの過ちという事か…十か月前の事だけど…
そんな事を考えながら、俺は娘をキズモノにして、責任を取る為に親御さんの所へ挨拶に行く男の気分で王の待つ謁見の間に進む。
「第一王子カミラル・オーラス・イアピース様と認定勇者アシヤ・イチロー様が参上されました!」
謁見の間を守る衛兵が声を上げ、扉が開かれる。
豪華で壮麗な謁見の間の奥は、人一人分の高くなっており、そこに神々しいまでに装飾された玉座が見える。入口の扉の位置からは詳細な表情までは見えないが、随分とやせ細った顔をした現国王が威厳のオーラを放ちながら腰を降ろしている。
カミラル王子と俺はその壇上の下まで進み、恭しく膝をついて首を垂れる。
「サーラブルグ陛下、第一王子カミラル、勇者アシヤ・イチロー、御前に参上いたしました」
カミラル王子が首を垂れたまま、そう口上を述べるのだが、うんともすんとも反応がなく、長い無言というか沈黙の時間が流れる。あまりにも長いので、俺は王が居眠りでもしているのではないかと思ったが、随分時間が過ぎてから、玉座から王の声が響く。
「カミラルよ…」
「はっ! 陛下!」
カミラル王子はすぐに短く返答する。
「どうして、まだ野良犬が生きていて、我の前にいるのだ?」
怒りの感情などなく、ただ王の威厳を持った重々しい口調でそう尋ねる。
やっぱ、怒りの感情を見せないだけで、娘であるティーナの間男の俺の事を良く思っていない事は良く分かる。しかし、俺の事を野良犬とは…随分な言い方だ…
「はっ! 何分、身柄の消息を得た時には勇者になっておりましたので…」
カミラル王子が答える。
「勇者と言っても神の定めた真の勇者ではなく、人が定めた認定勇者であろう? そんな勇者など、腐るほどいる…一人や二人消えた所で何も問題なかろう」
ゴキブリなんて殺せばいいでしょうみたいなノリで言ってくる。
「それに、当事者であるティーナより、必死の助命を懇願されまして…」
カミラル王子は緊張しているのか動揺しているのか、声が少し震えて答える。
「そもそも、娘のティーナ自体の扱いもなんだ? 野良犬にキズモノにされてそのままにしておくとは… さっさと記憶を消して、治療術師に膜を再生させれば、生娘として、他国と婚姻外交でまだ利用できたであろうに… カミラルよお前は、そう言う事だから、あの筋肉女にしてやられるのだ」
この国王、サラリとトンでもない事を言っているんだが…実の娘を、中古車を傷を治して新車として販売する悪徳自動車販売みたいな事を言っているように思えるんだが…俺の聞き間違いではないよな?
「ははっ! 申し訳ございません! 陛下!」
そう言って、カミラル王子は一段と首を下げる。
「まぁ…仕方あるまい…もう臨月であれば、中の赤子を引きずり出して再生魔法を掛けても、もはや生娘として嫁に出すのは難しかろう… 記憶操作も十か月となれば、人格が壊れるかも知れん… それにそもそもは、病如きに伏せって、不肖の息子に国を任せていた私の責でもあるな…」
国王は玉座の肘掛けに肩肘をついて、気怠そうにする。
マジでヤベェ… なにこれ? この王様、サイコパスなのか? 自分の娘に対して堕胎も選択肢の一つに入っているなんて、マジヤベェよ…
俺は始めて武力ではない人間の底知れぬ恐ろしさという物を感じた、少し身震いする感じがした。
「おい、野良犬」
そんな俺に国王から不意に声が掛かる。
「は、はい!」
俺は咄嗟に顔を上げて答える。すると、国王の無表情の能面の様な顔が俺を直視しているのが目に留まる。先程、自身が言っていた通り、病に伏せっていて、頬は痩せこけ、眼窩は落ちくぼんでいるが、その眼光だけが生々しく俺を見ている。
「やってしまったものは仕方がない、娘のティーナは、野良犬、貴様にくれてやろう」
無表情の顔に無感情の声、まるで俺が昔に想像していたAIロボットみたいな感じで国王は告げてくる。
「はい! 有難き幸せ!」
ここは普通の人間と会話するようには考えず、間違った選択肢を選べばすぐにゲームオーバーになるゲームでもするかのように、無難にカミラル王子に言われた通りに答える。
「野良犬に過分な期待はせぬ、野良犬は野良犬らしく、時折、獲物を狩って遠吠えを上げていれば良い…但し、首輪を付けてやった私や私の王国に、吠えようとはするな…」
飼い犬にするとは言わないんだな…
「はい!」
俺は『はい』とだけ答える。
「もし、唸り声一つでもあげようものなら、ティーナやその子が無事であるとは思うなよ… お主が一端の教師気取りでカーバルで教えていたことなど、私にも出来るのだからな…」
この時、漸く無表情の表情から、僅かに口角が上がる。
俺が、カーバルで教えていた事って、領主が冒険者を邪険に扱えば、冒険者はテロ活動で領主に報復するって話の事だと思うが…俺を国家レベルで個人にやるぞっていっているのか? しかも、自身の娘と一応孫を人質に取って…いや、この国王が見せた始めての表情… 人質なんかにせず、報復の為、上下関係を知らしめるために、躊躇なく殺すつもりだ…
マジヤバイ… 人として狂っている… これは敵に回しちゃダメな相手だ…
身体一つで始めた冒険だが、気が付けば失いたくないものが増えすぎた。かと言って、俺一人で全員が守れるほど、俺の腕は長くはない。
「はい…」
俺は項垂れながら答える。
「うむ、わかったのなら、もうよい…下がるがよい」
国王はそう一言告げると、俺とカミラル王子は謁見の間からすごすごと退いたのであった。
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