第245話 ティーナへのお見舞い

「イチロー様! いらして下さったんですね!」


 ベッドの上のティーナが、俺の姿を見るなり、その表情を花のように咲かせて、俺に出迎えの声をあげる。


「すまないな… ティーナ姫… 中々会いに来れず、貴方を寂しい思いをさせて…」


 俺はティーナから貰った『麗し』の衣装の装いに、イケメン爽やかキラキラ王子様フェイスでティーナの言葉に答える。


 すると、ティーナは推しのユーチューバーにコメントを読んで貰った女の子のように、更に顔を咲かせて喜ぶが、すぐに憂いた顔をして項垂れる。


「すみません…イチロー様…」


「どうしたんだい? ティーナ姫…」


 俺はティーナのベッドの側に行き、片膝をついてティーナより目線を下げて、まるでというかその物なのだが、姫の御心を案じる勇者の仕草で、優しく、そして穏やかに尋ねる。


「イチロー様は今は、これから私たちが暮らす領地の事でお忙しい時期…なのに、私の為にその貴重なお時間を使わせてしまって心苦しいのです…」


 ティーナはそこらの町の娘ではなく王族の王女である。自身の事よりも領地の心配をするのは流石だ。だが、今はティーナにそんな気遣いをさせる時ではない。俺はイケオジのロレンスの様にフッと笑って歯を輝かせながら、優しくティーナの手をとる。


「そのようなお気遣いは不要ですよ、ティーナ姫… 私の部下には優秀なものが多くおります。ティーナ姫が心細い時に、私が姫の側にいる時間を作れないほど無能ではありません。だから、姫はその様な事を心配なさらないでください…」


 そんな気遣い不要の言葉を送ると、ティーナの笑顔が日を浴びた花の様に戻っていく。


 ロレンスが城で俺にモーションを掛けてくるのは少し鬱陶しいが、その仕草を覚えて女性に使うのは重宝する。


「ティーナ姫、それよりも身重の身体で不住して、時間を持て余してはおられませんか? よろしければ、私の旅の話でもお聞かせしたのですが、特に今回のカーバルの旅の出来事は色々と興味深い体験をする事ができまして…」


「まぁ! カーバルでの旅の出来事を聞かせて頂けるのですねっ! 是非とも聞きたいですわっ!」


 ティーナは恋する乙女の反応ではなく、冒険に憧れる少年少女の様な顔で答える。やはり、口説いた時と同じように今も冒険譚がかなり好きな様子である。


「それではまず初めに… そうですね、歴史の闇に消えていた聖女のレヴェナント様の話でもしましょうか?」


「えっ!? あのレヴェナント様の消息が分かったのですか!! それは大陸史に関わる重要事項ですよっ!」


 やはり、俺もあの時、その名を聞いて驚いただけあって、ティーナも食いつきが良いな。


「では…旅の途中で、食材集めをする為に、深い森の近くでキャンプをした時の話です…」


 ………


 ……


 …


「というわけで、マリスティーヌというレヴェナントの養女を拾う事になったのです…」


「なるほど…レヴェナント様は最近まで生きておられて、人知れず、人々を救済して、またその後継者を育てておられたのですね… やはり、素晴らしいお方ですっ! 是非ともその後継者のマリスティーヌ様ともお会いしてみたいですわ! さぞかし神々しいお方なのでしょう…」


 いや…ティーナ… マリスティーヌに過剰な期待はしない方が良いぞ、アイツは食べ物に意地汚い所があるハムスターみたいな子供だからな…


 そんな感じで俺がティーナにカーバルの旅の事を話していると、後ろから男性の咳ばらいをする音が響く。丁度、話の区切りだったので、振り返ってその咳払いの主を確認すると、白衣の男性の姿があった。恐らくその衣装から、ティーナ専属の侍医なのであろう。


「楽し気なご歓談中、大変申し訳ございませんが、あまり長話は身重の姫様のお体にさわります。また明日という時間もございますので、姫様にはそろそろお休みをお取り頂けないでしょうか?」


 ティーナの身体を気遣いながらも、会話を打ち切るのは心苦しそうに侍医が告げてくる。


 確かにティーナはつわりが酷いと聞いているので、俺も長話を続けてティーナの体調が悪くなるような事はしたく無い。ここは侍医の言葉に従って話を切り上げるとするか。


「そうですね、これ以上はティーナ姫のお体に障るので、今日はこれまでにしましょうか、カーバルでの旅は三か月程ありましたから、話はまだまだあります。私は暫く滞在する予定なので、急がずに、ゆっくりと話していきましょう」


「そうですね、楽しみは後々まで残しておきたいですね」


 そう言ってにっこりと微笑む。ティーナが聞き分けの良い女の子で助かる。


 そんな訳で、俺はティーナの手の取り、その甲に軽い口づけをして立ち上がり、手を振るティーナに微笑を浮かべながら、部屋を後にする。 


 ティーナの部屋の扉がカチャリと締まり、廊下に出て一先ず何事も問題なくティーナの面会を済ませた事に、胸を撫で降ろすと、すぐ近くに、ムスッとしたカミラル王子の姿があって、俺は少し肩をビクつかせる。


「こ、これはカミラル王子…」


 俺は取り繕って今度は愛想笑いを浮べながら、カミラル王子に声を掛ける。


「イチロー、お前は本当に女に対してだけはまめな男だな… そのまめさを他のも回してもらいたいものだ…」


「俺は義兄であるカミラル王子に対しても、あのような態度で接しろという事ですか?」


 せっかくティーナに恭しく接していたのに、いけずを言われたので、俺もカミラル王子に少しいけずで返してみる。


 すると、カミラル王子は気色悪い物でも見るように顔を歪ませる。


「気持ち悪い事を言うな! 私はその真摯さを別の事にも回せと言っているのだ」


「自分では回しているつもり何ですけどね…」


 俺は正直に答える。俺、ちゃんと真面目に生きているよな?


「いや、ちゃんと周りの状況に目を配って、真面目に生きていたら、人類に敵対するのではないかと疑念を掛けられて、カーバルに行くようなことなどないだろう」


「それは、俺の功績を僻んだり妬んだりした奴が俺を陥れようとしただけでは?」


 すると、カミラル王子は真面目な顔をして、パンと俺の肩に手を乗せる。


「そう言う者に対しても、僻まれたり妬まれたりしないように、目配せや気配りする真摯さが必要だと言っているのだ…特に今後、爵位を得て、領主になるお前にとっては重要事項だ。そんな状態では私も安心して妹を任せられん」


 カミラル王子がいけずで言っていたのではなく、真面目に俺の事を心配して言ってくれていた事に、俺は心の中で頭を下げる。


「その事についてお前には色々と話がある。ちょっと付いて来い」


 カミラル王子は、人差し指をクイと招くように曲げると、廊下を歩き出す。俺はその後を黙ってついていくことになった。


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