第244話 急な呼び出しってなんだよ?

「ちょっと、俺はこれからイアピースに行かなければならなくなった! もしかしたら暫く向こうで滞在するかも知れないから、風呂場の件はロレンス、ディート、ビアンの三人で進めておいてくれ!」


 俺は、汚れた作業服を脱ぎながら、三人に指示を飛ばす。


「分かりました、イチロー兄さん」


「作業には蟻族の連中を自由に使っていいからな、後、シュリを呼んできてくれるか?」


 ディートはコクリと頷くとすぐに駆け出して行って、シュリを呼びに行く。その間に俺はカミラル王子に会う為の服装に着替える。本当は、風呂に入ってゆっくりしたかったのだが、至急の呼び出しとなれば仕方ない。


 しかし、俺、何かやらかしたのであろうか? まったく身に覚えがないのだが…


「あるじ様っ! わらわに用とはなにごとじゃ?」


 ディートに呼びに行かせていたシュリが、農作業の恰好のまま俺の部屋に現れる。


「おっ! シュリか済まないな、俺はカミラル王子に呼び出しを受けたから、その間の事をお前に頼もうと思ってな」


「わらわに頼み事じゃと? なんのことじゃ?」


「そろそろ、コーン、大豆、春小麦の作付け時期だから、俺がそれまでに戻らない時は、シュリが中心になって種まきをしてくれないか?」


 俺が返ってくるのが遅くなることを想定して、シュリにも畑の事を指示しておく。実際の作業については今の状況でも問題が無いが、種の発注の事になると俺からの事付けがないとやりづらいと思ったからだ。


「それは構わんが…春小麦とな? 小麦は秋に捲くつもりではなかったのか?」


「ハニバルにいる蟻族が、もう半年もないうちに、この城に合流する話だから、秋捲き小麦ではアイツらの飯が間に合わんだろ」


 一応、服装をティーナから貰った『麗し』の衣装で整える。


「なるほど、それであるじ様は急いで農作業に励んでおったのか」


 シュリは今までの事が合点のいったような顔をする。


「って、シュリ知らなかったのかよ… もしかして、俺、話してなかったか?」


「聞いておらんぞ」


 シュリは腕を組んでムッとした顔をする。


「そいつは済まなかった、まぁ、事情は分かったから、買い付けはいつもの街に向かえば良いのじゃな? 支払いはツケにしておけばいいのか?」


 ツケでもいけるような気がするが、ダメだったりすると作付けが出来なくなる可能性があるな…


 俺はそう考えると、収納魔法で、金袋の一つを取り出し、ぺっとシュリに投げ渡す。


「それだけあれば十分だと思うが、騙されたりするなよ」


 カローラと違って、シュリが無駄遣いする性格ではないが、買い物慣れをしていないシュリが騙される可能性があるので、その事だけは注意しておく。


「昔ならわらわを騙そうとする奴は噛み殺しておったが、今はそうはいかんからのう」


「そうしてくれると助かる。お前が報復すれば、それ以降街で買い物できなくなりそうだからな…」


 鏡を見て、自分の姿を確認する。


 良し! これでカミラル王子に服装の事で怒られる事も無いだろう。


「じゃあ、俺はこれからイアピースまでかっ飛ばしてくるから、留守番を頼むぞ」


「あい分かった! 他の者にもわらわから伝えておくから、安心するがよい、あるじ様」


 シュリは胸をドンと叩いて答える。はやく巨乳に戻ればいいのに…



 そして、俺が厩舎に行くと、俺に連絡を伝えに来たイアピースの使者も出立の準備を終わらせて待っていた。


「またせたな、じゃあかっ飛ばしていくぞ!」


「はい! イチロー様!」


 スケルトンホースに跨ってかっ飛ばす俺の後ろに続いて、使者も馬を走らせる。しかし、急いでいるというのに、その差がどんどん広がっていく。


「すっ、すみません! イチロー様! どういう訳か、馬がフケってしまって、思うように走らせませんっ! 大変申し訳ございませんが、私の事は捨て置いて、先にお進みくださいっ!」


 最初は馬の性能差の問題かと思ったが… くっそ! ケロースの奴、あんな短い時間の間に…しかも使者の馬に手を出しやがったな!? でも、バレてなければ…


「しかし、おかしいなぁ~ 牡馬でもいない限りフケない馬のはずなのに…」


くっそぉぉ~ ケロースの奴め…恥かいたじゃねぇかっ!


 そんな事を考えながらも馬を走らせる。そして、一晩中、疲れ知らずのスケルトンホースを走らせて、朝日が見えるころには首都のイアピースに到着する。


 俺は馬に乗ったまま、門を守る門番に話しかける。


「俺は、イアピースの認定勇者のアシヤ・イチローだ! カミラル王子に至急の招集を受けて、この場に来た! 通してもらいたい!」


「あぁ! イチロー様ですね! お話は聞いております! どうぞ、馬に乗ったまま中へお進みください!」


 流石はイアピースの門番だ。うちの自称門番長と違って、仕事の報連相である連絡ができている… あれ? アイツって元々イアピースの騎士だったよな… まぁ、あんなんだから、今は俺の所で保護されている訳か…


 少し、余計な事が頭に過ぎったが、門番の指示通りに、門をくぐって中へ進み、玄関の所まで到着する。


「馬はこちらで面倒を見ておきますので、イチロー様は中へ! 後は中の者が案内いたします!」


 走ってついてきた、門番の一人が城の衛兵に指示を飛ばしながら、そう言ってくる。


「分かった!」


 俺は一言だけ返すと、中の文官に案内されて城の中へと進み、一度応接室に通される。


 

 しかし、何だか城の中もワタワタと慌ただしいな…もしかして、カミラル王子の命が危うくなっているとか、そう言う話なのか? 


『俺のいない後は、お前とティーナでこの国を…』


 とか、そんな事になったりするのかもしれない…


 そんな事を考えていると、部屋の扉のもう一方がガチャリと音が鳴り響く。俺はその音に反応して顔をあげると、カミラル王子の姿があった。


「イチローよ、急に呼び出しを掛けて済まなかったな」


 カミラル王子は少し強張った顔をしながら、普通に俺に声を掛けてくる。どうやらカミラル王子が病の床にあって命が危ういとか、そんな話ではないらしい。


「…いえ、義兄となるカミラル王子の呼び出しとなれば、何をおいても駆けつけます」


 俺は儀礼上の言葉を返す。


「なんだか、私の姿を見た瞬間に驚いていたような気がするが…まぁ、良いか… それよりも、侍医が言うには、我が妹のティーナが予定日よりも早めに出産を迎えそうでな… それでそなたを呼び出したのだ」


「えっ!?」


 俺は、今度は本当に声を出して驚いた。



 

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