第243話 理想の風呂場に向けて
「ここからカローラ城まで、湯を引いている温泉の源泉か…ほとんで捨てているじゃねぇか… 勿体ねぇなぁ~」
俺はカローラから見せてもらった城の設計図から、風呂場の湯元を辿って、今はカローラ城の北側にある、イアピースとウリクリを隔てる山にあるとある洞窟へと来ている。
この場所は一件分からないように隠蔽されており、源泉から湧き出している温泉の一部を城の方まで送っている様だ。どうもこの温泉は、イアピースからこの城に放逐というか追放された王族が、自身がウリクリに対しての囮にされている事に気が付いて、密かにそのウリクリへと脱出というか亡命する時の為の通路を作る時に発見されたものの様だ。
それで、温泉が湧いていたのを発見して、脱出ルートは、以前俺がウリクリに向かう時に使ったものを別に作らせたようだ。
脱出ルートに、かけ流しの温泉とは…イアピースの首都から追放された割には、結構フリーダムに生きていたようだな…
「これだけの湯量があるのなら、新築分の風呂場に回しても有り余る量ですね」
ここの視察をするに当たって契約魔法で他言することを禁じられたイケオジのロレンスが満足そうに目を細めながらそう語る。
「という事は、風呂場を新築することは問題なく、それ以上に湯を使う事ができるってことか?」
「そうですね、煮炊きまでこの温泉を使えるかどうかまでは私に分かりませんが、洗い物をするのに使うなら十分ですね」
食器なら現代でもお湯を使って洗っていたが、衣類の洗濯まで使うのは贅沢だな…まぁ、その方が汚れも落ちるし、作業をする人間にとっても水の冷たさで、手があかぎれになることも無いだろう… 元々、骨メイドの仕事だから心配ないが…
そこで、俺はあまり余る温泉の利用方法を思いつく。
「なぁ、ガラスの大量生産って可能か?」
「ガラスの大量生産? ビアンカならある程度板ガラス程度なら作る事も可能だと思いますが… どうしてですか?」
ロレンスは俺の突然の質問に、興味を惹かれたのか、片眉をあげながら尋ねてくる。
「これだけのお湯があるなら、ガラスを使って温室をつくれば、南方しか作れない希少な植物の栽培や、季節外の野菜を作る事も出来るんじゃないかと思ってな」
「それは面白そうですね… 詳しく説明してもらえますか?」
ロレンスが興味津々に前のめりで聞いてくるので、俺は地面に簡単な絵を描きながら温室について説明していく。
「なるほど! それは興味深い有用な施設ですねっ! それならいっその事、風呂場と合わせて作りますか?」
物腰の落ち着いた感じのロレンスが珍しく、興奮気味に提案してくる。
「それは面白そうだが、温室の方から風呂場が丸見えって事にならないか?」
別に女の裸を拝めるのは俺としてはむしろばっちこいだが、これから先、他の男性が増える可能性を考えると、俺の女の裸を他の男には見せたくない。
「そこは二階建ての吹き抜けの様にして、二階部分に浴槽などの風呂場を設置すればよいのではないでしょうか?」
なるほど、そう言われると有りだな…昔見たアニメの天地有用でガラスドームのツリーハウスみたいな風呂があったんだが、憧れていたんだけど、もしかして、あれに近い物が作れるのか?
「それに、今は城に済む誰しもが風呂を利用できるようになったので、以前から言われていた、汚れ仕事をしたものが城の中心部に行かなければならない問題も、外からすぐに風呂場に迎えるようにするので解決できますね」
「あぁ、それか、俺も気にしていたんだよな、農作業していたら汚れるんだけど、風呂に入ろうと思うと、骨メイドに嫌がられながら城の中央まで行かなければならなかったんだよな」
こうなってくると、俺も俄然乗り気になってくる。
「本格的に計画を立てるとなると、ガラスの製造を担ってもらうビアンカも含めて話をしないといけませんね」
「そうだな… 色々な計算をするにもディートもいた方がいいしな」
そんな感じで温室式風呂場の計画に盛り上がった俺とロレンスは、ビアンとディートも話に混ぜる為に急ぎ城へと戻る。
「というわけなんだが、出来るか?」
俺は鼻息を荒くして、ビアンとディートの二人に説明する。
「いや、ガラスを作れと言われれば、作る事は可能だけど…」
「ちょっと、現状の施設では厳しいのではないでしょうか? 後、この量の原材料も集めるとなると…かなり大変ですね…」
興奮気味の俺とロレントと違って、ビアンとディートは何だか冷ややかな反応である。
「ちなみに、施設を新たに作ったり、材料を集めたりするのはそんなに大変なのか?」
素人の思い付きで言ったものの、実際にどれだけ計画が困難なのか把握していないので尋ねてみる。
「現在の鍛冶場の炉は、精錬された金属を加工するものだから、ガラスを作る溶鉱炉とは別物だから、全くの別物で新しい設備を一から作る事になるわよ」
設備についてビアンが、一から新しい設備を作らないとダメだと説明する。
「材料に関しても、砂が大量に必要ですし、炭酸ソーダや石灰石、添加物が必要になりますね」
カーバルで錬金術を学んでいたディートがガラスの材料について説明する。
「炭酸ソーダや石灰石については分からないけど、砂については、ウリクリの地域に大量にあったよな…」
俺はウリクリを冒険した時の事を思い出しながら、そう答える。ウリクリは地理的にイアピースと国境を隔てる山脈を挟んで、南方のイアピースは肥沃な土地で、北方のウリクリは乾いた痩せた土地が多い。ウリクリ側が痩せた時が多いのは雨量の問題もあるのが、砂地が多いのもその理由である。
「国境を超える手間がありますが、砂が手に入るのであれば、炭酸ソーダや石灰石については、先程、視察してきた源泉に芙蓉石があったので、採掘できるのではないですか?」
一緒に視察に出かけたロレンスがそう語る。
「ロレンスちゃん! それは本当なの!? だったら、後は城で出る灰を使えば材料はまかなえるじゃないの!」
ビアンがロレンスの言葉を聞いて、やる気を出し始め、俺達側へと回る。
「ウリクリ側で砂が大量に手に入ると言っても、山脈を超えるとなると、輸送が大変ですよ… いくら僕やイチロー兄さんがいるといっても…」
ディートは収納魔法があっても、ウリクリと行き来する手間の事を問題視しているのであろう。
「それなら問題ないぞ」
俺はニヤリと笑ってディートに答える。
その後、ビアンにも収納魔法や、温泉の源泉の事、ウリクリとの抜け道ルートの事を漏らさない契約魔法をかけた上で、砂の採取や、炭酸ソーダの原料となる芙蓉石を採掘の為、人員として蟻族を引き連れて、温泉の源泉や、ウリクリへの抜け道を使う。
温泉の源泉では、ビアンが興奮気味に辺りを見回す。
「あらあらあら! この辺りは資源だらけじゃないの! これって本当に掘りたい放題なの!?」
「あぁ、一応、この辺りは俺が領主になる予定の俺の領地だから、俺の土地で俺の物って事になる…はずだ」
カミラル王子から話は受けているが、正式な発表や辞令や書類はまだなので、そう答えておく。
「じゃあ、私は玉の輿に乗ったという事ねぇ~♪」
「いや、お前は自前の玉がついているだろ…」
そう突っ込み返しておく。
次にウリクリへの抜け道ルートであるが、これは同乗者全員が驚いていた。
「ウリクリへのこんな抜け道があるなんて! 凄いですよ!!」
ディートが興奮して声をあげる。
「イアピースの蟄居させられた王族がこの様なものを作っているとは…おっとこれは失言でしたね…」
ロレンスも思わずそう漏らす。
「抜け道の周辺にも、有用な鉱石が見えるわ! これも掘りたい放題なの!?」
ビアンが掘りたい放題とかいうと別の意味に聞こえるから怖い…
「その辺りは、どうなんだろ? 砂ぐらいはマイティー女王のお目こぼしがあると思うが、鉱石までは… まぁ、イアピース側ならいいか」
そんな会話を交わしながら、ウリクリに到着して、砂の採取を始める。俺とディートは収納魔法に採取したものを入れる為に座っているだけで、採取や採掘は蟻族の役目だ。
「しかし、収納魔法とは…便利なものですな…」
「蟻族の嬢ちゃんたちも、採掘に関しては手慣れた者ね…」
ロレンスとビアンが採取と採掘する俺達の姿を見て、感嘆の声をあげる。
「今回は視察と試し掘りで来てみたが、実際の所どうなんだ? ガラスの製造はやっていけそうか?」
「十分すぎるわよ! イチロー殿! これなら、今後売るほど作る事も可能よ!」
「施設の建築は、私とビアンカで進めますので、問題ないですね」
ビアンとロレンスが笑みを浮かべて答える。
「僕はカーバル内での知識しかありませんでしたが… 外で実際に見る事がこんなにも重要だとは思いませんでしたね… 想定以上の状況ですよ」
いや、源泉の事や、ウリクリへの抜け道は、幸運に幸運が重なった結果だからな… しかし、皆がこんなに現状を喜んでいると、俺の功績ではないがなんだか俺が褒められている様で、よい気分になってくる。
俺、ちょっとぐらい慢心してもいいかな?
そんな事を考えながら、十分結果を得られたので帰路につく。そして、城に帰り着くと、見慣れぬ馬がいる事に気が付く。
「この馬、どうしたんだ?」
牝馬の為なのか、デレデレになって世話をするケロースに尋ねる。
「あぁ、イアピースからの急ぎの使者が来たそうだ」
「急ぎ? じゃあ、早く話を聞かないとな…それとケロース、使者の馬に手を出すなよ」
一応、釘を出しておく。
「ハハハ、他の物を出せという事だな、任せろ!!」
全然話が通じていないが、話を聞くために無視をして俺は城の中に急ぐ。
「これはイチロー様! イアピースの城にお急ぎ下さい! カミラル王子がお呼びです!!」
使者が開口一番でそう告げてくる。俺…なんかマズイ事をしたか?
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