第241話 お仕置きとシュリの話

「頼むから、通してくれよ~ なぁ~」


 俺が下手に出ながら頼み込むが、骨メイド達は食堂に続く道をガッチリとガードしながら、手で大きくバツ印を作る。


「いや、通してくれないと飯食えないだろうが…」


 俺は必死に訴えるが、骨メイド達は無言のまま、じっと目玉の無い眼窩で俺を睨み続ける。


 ぶちゃっけ、俺が魔法なり剣を使えば、容易く骨メイド達を排除できるが、今回ばかりは俺の方に非があり、大人気もなく、切れた少年の様な事はしたく無い。


 なので、今日も俺の方からすごすごと引き下がるしか無いのだ…


 くっそ、俺だってカローラをあそこまでするつもりは無かったんだ…一応、反省しているんだぞ… まぁ、車酔いでゲロ塗れになっているカローラに水を浴びせようとはしたが…


 俺はそんな事を考えながら、今日の作業をする為に、トボトボと城の中をゴーレムトラクターの車庫へ向かう為に歩いていく。


「あっ、イチロー兄さん…」


 そんな道の途中で、ディートと出会う。そのディートも今は俺の共犯者として、骨メイドに腰にロープを巻き付けられて、逃げ出せないように監視下に置かれていた。


「よぅ…ディート、お前の方は無事なのか?」


 俺に出会った事で、力なく乾いた笑みを浮かべながらディートが口を開く。


「僕の方は…一応、食事を与えられて、自分を失っているカローラさんを回復させるための魔法薬の研究をさせられて…」


 ディートがそこまで言いかけた所で、ディートの監視の骨メイドが、ディートのロープを引く。


「いえ…研究をさせて頂いております…」


 骨メイドの無言の圧力に、強要させられていると言いかけていた言葉を、自発的な言葉に言い換える。


「…すまんな…ディート… お前まで巻き込んでしまって…」


「いいんですよ… 僕も調子に乗っていましたから…」


 そこまで言ったところで、骨メイドがカローラの薬を作らせる為に、ディートを引いていく。そんな光景に、俺の頭の中では『ドナドナ』の曲が流れだす。


 済まない…ディート…


 そんな事を考えながら、俺は首を項垂れ気味に城を出る。


「おっと、あら? イチロー殿じゃないの?」


 城の外へつながる扉を出た所で、オネエドワーフのビアンと鉢合わせをして身体がぶつかる。そして、その時にビアンがすっと俺のポケットに何かを忍ばせる。


「どうしたんんだ? ビアン、外の鍛冶場にいたんじゃなかったのか?」


「ちょっと、部屋に忘れ物をして取りに戻るところだったのよ~」


 そう言いながら、一瞬パチリとアイコンタクトをしてくる。城の外にも骨メイドの監視があるのでバレない為だ。


「そうか、とりあえず、鍛冶仕事を頑張ってくれている様で助かる。ありがとな」


「いいのよ、これぐらい、好きでやっているんだから」


 そう言って投げキッスを送ってくる。これさえなければなぁ…


 ビアンは俺が骨メイドからカローラをゲロ塗れの人事不省にしたことで、食事を摂らせてもらえない事を知っていて、骨メイドにバレないように食べ物を恵んでくれているのだ。

 

 先程ぶつかったのも、密かに俺のポケットに何か食べ物を忍ばせてくれたのであろう。


 オネエドワーフから恩を掛けられるのは、少し後が怖いが、今は助かる。


 そんな事情を骨メイドに悟られないように、俺はゴーレムトラクターのある車庫へと向かう。


「おはようございます。イチロー殿」


 今度は車庫からイケオジエルフのロレンスが現れる。


「おはよう、ロレンス。車庫から出て来たみたいだが、どうしたんだ?」


「ゴーレムトラクターの外装がガタついていると聞いたので、メンテナンスをしていたんですよ」


「そうか、済まないな、風呂場の新築もあるのに、こっちの方までやってもらって」


「ははは、構いませんよ。仕事ですから」


 ロレンスはそう言うと、いつもの様に白い歯を輝かせながら颯爽と風呂場の建築現場へと去っていく。


 俺は車庫に辿り着き、ゴーレムトラクターの扉を開けて、運転席に腰を降ろす。すると、なにやらケツの所に違和感を感じた。俺はケツを浮かせながら、その違和感の正体に手を伸ばすと、なにやら、紙に包まれたものがある。手に取って目の前に持ってくると、それは神に包まれたパンであった。


 おそらく、ロレンスがメンテナンスをする素振りをして、俺の為に忍ばせてくれたものであろう。


 俺の命は、この城にいるオネエドワーフとゲイのイケオジエルフによって紡がれている…



 なんだが、色々な意味で涙が出てきそうだ…



 ゴーレムトラクターで魔力を使う前からネガティブな状況になりそうなので、俺は気分を紛らわせる為にトラクターを走らせる。


「今日も一人で、コイツを夕方まで動かさないといけないのか…またネガティブになるな…」


 そんな独り言を言いながら、今日の開墾場所までトラクターを走らせると、既にシュリがドラゴンの姿になって、作業を始めている様だ。


 元気というかやる気が凄いな…シュリは…


 そして、今日も俺は原野を開墾して耕して回る。途中、ビアンがポケットに忍ばせてくれたビスケットと、ロレンスがくれたパンを齧りながら…


 しかし、ガッツリ肉食系の俺には、ビスケットとパン一つでは物足りず、お昼になるころには、腹がぐぅ~ぐぅ~なり始める。


 ひもじい…そこらにいる獣でも捕まえて焼いて食えればいいのだが、連日のゴーレムトラクターとシュリの騒音で、あたりの獣は逃げ出して、さっぱり姿が見えない。



 ちょっと、何処かに獲物でも取りに行こうか?



 そんな事を考えていると、シュリがドラゴンの姿から人の姿に戻って、骨メイドの監視の目が無いか確かめながら、俺の方へと近づいてくる。


「あるじ様よ、ちゃんと飯は食っておるのか?」


 辺りを警戒しながら小声で話しかけてくる。


「一応、とある人物から、ビスケットとパンを貰ったが、正直、それだけでは足らん…」


 俺は空腹になった腹を押さえながら答える。


「じゃろうな… そうだと思って…ほれ、これを食うがよい」


 そう言って、シュリは前に覚えた収納魔法で、中から掌より大きなブールのサンドイッチを取り出す。


「おぉ! めっちゃうまそう! いいのか!?」


「骨メイドにはないしょじゃぞ?」


 そう言って、シュリは竹の水筒も渡してくれて、自分の分のブールも取り出して、俺の横で食事を始める準備をする。


「ありがてぇ~ありがてぇ~ 今のシュリは女神に見える…」


 俺はシュリに手を合わせて拝んでから、ブールのサンドイッチに齧り付く。


「破壊の女神と言われたわらわが、今では慈悲の女神の様にいわれるとはのぅ…しかもあるじ様に…」


 そう言ってシュリもブールに齧り付く。


「俺にこんなことが無ければ、慈悲ではなく農業の女神と言われていたんじゃないか?」


 俺は噛み千切ったブールをゴクリと呑み込んで、シュリに話す。


「あぁ、農業の女神と呼ばれるのもよいな~ わらわは農業で色々な食べ物をつくりたいのじゃ」


 シュリはニコニコご機嫌に答える。


「そう言えば、シュリ、農業を始めたのは暇つぶしに読んだ本が切っ掛けだったが、どうしてそこまで農業にのめり込むんだ?」


 前から不思議に思っていたが、本来、狩猟動物であるドラゴンのシュリが、ここまで農業に入れ込むのはなんだか奇妙に思えていたのであった。


「あぁ、その事か、今は農耕種族になっておる人類には分かりずらいじゃろうな」


 そういって、シュリは竹の水筒から水を飲む。


「どういうことだ?」


「わらわは以前のドラゴンの時に、大体一週間に猪一頭分の獲物を食っておった。だから、年にすれば54頭程必要になるが、それだけの猪を狩ろうとするとどれだけの土地が必要になるのか分かるか?」


 シュリはブールを一齧りして俺を見る。その質問に俺はディートが計算してくれた豚の必要飼料とその飼料を作り出す農地の面積を思い出す。


 確か、コーン畑一ヘクタールで、大体豚一家族ぐらい養えるとして、10頭ぐらいか… で、54頭となるとコーン畑だと六ヘクタール… 野生の森だとそんな効率が良くないので、5倍…いや10倍ほど必要になるんじゃないか?だとすると…


「60ヘクタール…これから耕そうとする土地と同じだけ必要になるのか?」


 俺は自分の中で計算してみた結果を口にする。


「それでギリギリ飢えない程度の広さじゃ、それに獣がおらぬ土地もあるから、実際にはもっと必要じゃ」


「ドラゴンが縄張りにうるさいのはそんな理由があるんだな…」


 俺の言葉に、シュリはコクリと頷く。


「それにじゃ、ドラゴンは巣で寝てばかりいる様に思われておるじゃろ? あれは食べた生の獲物を消化するのに休んでおるからじゃ」


「あれ、意味があったのかよ、俺はてっきりぐうたらしているだけかと思ってたわ」


「そこが、狩猟動物と農耕動物の違いじゃよ」


 そう言って、シュリは手に着いたソースを舐める。


「人の食事は食べ物に火を通しておって、消化によい形に料理しておる。だがら、食休みせずに、すぐに動き続ける事ができるのじゃ… 食った後に休まねばならぬドラゴンと、食った後もすぐに動ける人間… 例え、寿命の差はあっても、何年も、何代も続ければ大きな差となる… 実際、わらわは人間のあるじ様に倒されてしもたからな」


 シュリは、恨みや怒りなどの他意はなく、普通の世間話のようにさらりと言う。


「それが理由で農業に興味をもったのか…なるほど…」


「農業は人間は当たり前になっておるが、人間にとっては重要な事だとわかるじゃろ?」


「そうだな… 頑張って人間が人間であるためには、農業をせんとダメだな…」


「では、午後からも頑張って畑を耕すぞっ! あるじ様っ!」


 そう言ってシュリは微笑んだ。




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