第237話 イケオジは会話もイケオジだった

 なんだかんだあったが、蟻族が手を貸してくれたので、玉ねぎやじゃがいもの植え付けが終わり、俺が魔法で草木を焼き払い、シュリがドラゴンになって耕す役割分担をしながら、畑仕事は順調に進み始めている。凡そ、開墾予定の四分の一ぐらいは畑を作ることができたのではなかろうか…


 こうして四分の一の土地を畑にすることが出来て、その畑を見渡すと人が生きていくには広大な畑が必要であると再認識させられる。どうりでゲームや漫画などで、冒険者を募ってモンスター退治を依頼する必要が分かる。モンスターが徘徊している土地ではうかうかと畑仕事なんてやってられないだろ。


 その点では、ここはゲーム世界とは異なり、モンスターがリポップするような事が無いので、一度駆除してしまえば、侵略者でもいない限り土地が安全になるのはすくい物である。とはいっても、森の中に入れば、畑を荒らす害獣だけではなく、その様な害獣を喰らう肉食動物もいるので、現代日本の様に、一般人が山で山菜集めとはいかないが…


「あるじ様よ、今日はこの辺りで終わりとするかのぅ」


 滲み始めていた夕日を眺めていた俺に、シュリが人化して、話しかけてくる。


「あぁ、そうだな、そろそろ暗くなるしここまでにするか」


 そう言って、帰り支度を始めて、皆で荷馬車に乗り込む。


「しかし、しっかり働いた後のほっこりした疲労感はなんだか心地よいのぅ、あるじ様よ」


 御者台の俺の横に腰を降ろすシュリが、足をパタパタさせながら話しかける。


「そうだな、順調に作業も進んでいるし、物事が進捗している感が良いな」


「後は、前の様に仕事が終わって好きな時に、風呂に入る事が出来ればよいのじゃが… 風呂場の改装はまだせぬのか?」


 俺自身も懸念事項に思っていた風呂場の時間制についてシュリからも言われてしまう。


「いや、俺もその事は考えているんだが、今の風呂場の改装になると石工職人が必要になるし、新たに立て直すとすると、ロレンスの手が空いてないんだよな…」


「そうか、どこもかしこも手が回っておらんようじゃな」


 今現在でも風呂の時間の事で問題が出始めているのに、ハニバルにいる蟻族の連中が帰ってきたら、男女の人口比を考えると更に問題は加熱しそうだな… もう、改装と言わずにさっさと大人数がいつでも入れる風呂を新築しないとダメそうだな…


「分かった、俺から風呂の件を早く進めてもらうようにいっておくよ」


 俺はシュリにそう答えて、城への帰路を急いだ。


 城に帰り着くと、風呂が女性時間だったので、シュリや手伝いをしてくれた蟻族は畑仕事の汗を流しに行き、俺は女性時間が終わるまでの間に飯を済ませて、談話室で本でも読みながら時間を潰していた。


 すると俺に近寄ってくる人影があり、声を掛けてくる。



「月が綺麗ですね… イチロー殿」



 イケオジエルフのロレンスだ。毎回、にこやかに微笑んで、白い歯を輝かせてくる。


 最近、何度もこの言葉を掛けてくるので、不思議に思っていたが、その事をカローラに話すと、カローラがニヤつきながらその意味を教えてくれた。


 どうやら、俺は口説かれて告白されているらしい… 分かんねぇよ、そんな言い回し…


 俺は、いつもチラリと窓の外の月を見て、何気なく『そうだな』と返していたが、カローラが言うには、これは保留にするという意味らしい… 


 だから、今日はちゃんと断ろうと、別の言葉を考えてきた。



「月は手が届かないから綺麗に見えるんだよ」



 俺は素っ気なく、そう答える。これで断りのセリフになるはずだ。だが、ロレンスはフッと笑って言葉を返してくる。



「だから、こそ腕を伸ばしたくなるのです…」



 そう言って、熱い眼差しを送ってくるロレンスに、俺は背筋がゾワリとして、ケツギュンになる。俺の断りの言葉が、逆にロレンスのやる気に火を付けたようだ。しかも、返しがうめぇ… これはちょっと、女を口説く時の参考にさせてもらおうと思ったが、今はそれどころではない。さっさと話題を変えて話を逸らさないと…



「そういえば、さっきシュリから風呂の件を何とかしてくれと相談されたんだが、荷馬車の改造の件でまだ手が空かないのか?」


「あぁ、先日仰っていた風呂場の件ですか」


 熱い眼差しを送っていたイケオジのロレンスはすぐに仕事人の顔に戻る。この辺りは分別がついているので助かる。


「で、どうだ? まだまだ手がかかりそうか?」


「いえ、荷馬車の方は一応、完成となりましたので、私の方は手が空きましたよ、荷馬車とゴーレムの明日には完成のお披露目がある予定です」


「マジか!?」


 俺は思いがけない吉報に声をあげる。


「えぇ、イチロー殿の要望通りに組みあがりましたので、最終調整が終わったら、ビアンカやディート君からも連絡があるはずです」


「そいつは楽しみだ。これで農作業が捗るな。それと風呂場の件でも話を進められるし良いことだらけだっ!」


 俺はロレンスに口説かれていた事を忘れて浮かれ始める。


「それと、風呂場の件ですが、結局、今ある物の改装か、新しく建築するのか、どちらになされるのですか?」


 そういいながら、ロレンスは俺の前の席に腰を降ろす。


「あぁ、その件だが、今後100人の仲間が合流することになっているので、新しく新築にしようと思う」


「100人も増えるのですか、それでは新築した方が確かに良いですね、それでしたら幾つかお願いがあるのですが」


「なんだ? やはり石工が必要か?」


 以前、話をされた石工をまだ雇えてないのでその事かと考えた。


「石工も必要ですが、それ以上に、100人も入る事の出来る風呂場となると、流石に私の手だけでは足りませんので、人手に都合を付けて頂けないでしょうか?」


「あぁ、そうだな、確かにそうだ。人手についてはアルファーに話を通しておくから、用意することはすぐに出来るぞ、但し、恐らく大工や建築については全くの素人だが…やはり、職人が欲しいか?」


 部屋の改装ぐらいながら、時間を掛ければ一人でも出来るかと考えていたが、流石に新築となると職人を揃えないといけないか…


「まぁ、職人はいるにこしたことがないですが、それはおいおい集めればよいとして、先ず初めに木材や石膏などの建材を集めてもらわないといけませんね、なので、建材集めが出来れば、今のところは問題ないですよ」


 このように、何か計画の話をしていると、自分の考えに幾つもの抜けがある事が分かってきて赤面しそうになってくるが、ロレンスは俺のそう言う所を責めずに寛容に話を続ける。さすがイケオジだな… 


「分かった、済まないな… 風呂場の新築の件は、ロレンスの言葉を全て信用するから、好きなようにやってくれ、必要な事はなんでもいってくれていい」


 ここは俺が変にプライドを振りかざして、あれこれ言うよりも、分かる人間に任せて、足を引っ張らず、支援する方がよいだろう。


「フフフ、分かりました…イチロー殿のご期待に沿えるよう努力いたします…」


 ロレンスはそう言って、恭しく頭を下げると、早速、計画書を作るという事で談話室を後にする。


 そんなロレンスの姿に、俺は自分がまだまだ大人になり切っていない子供だと思い知らさせて、恥ずかしさを紛らわせる為に、頭を掻いていると、今まで気配を消してじっとしていたカローラと目があう。


 そのカローラの姿をマジマジと確認すると、口元を本で隠しているが、目が笑っており、俺とロレンスのやり取りの一部始終を見ていたようだ。


「なにわろてんねん」


 俺は思わずカローラに口を開く。


「いえ別に…ただイチロー様があのエルフに口説き落とされているなぁ~と思いまして…」


「いやいや、全然、口説き落とされてねぇから」


 俺はカローラの態度に少しイラつきながら答える。


「でも、あのエルフの大人な対応に、ちょっぴり尊敬したり憧れたりしてませんか?」


 カローラは口元は本で見えないが、ニチャ~と笑っているのが想像できる顔をする。だが、カローラの言う通り、あのイケオジのロレンスの大人な対応は、見本とすべきだと考える自分があった。


「べっ! べつに! そ、そんなんじゃねぇーしっ!」


 俺がカローラに心を見透かされたことを誤魔化す為にそう答えると、何故だが、カローラは笑いをこらえる様にプルプルと肩を震わす。


 どうやら、俺の対応は、カローラのBL心の愉悦を満たす材料になってしまったようだ…


「あるじ様ぁ~ 風呂があいたぞ」


 そこへ、頭にタオルを被ってゴシゴシと神を拭いながらシュリが入ってくる。そして、羞恥に身体を震わせる俺と、愉悦に身体を震わせるカローラを見て、首を傾げる。


「どうしたんじゃ… 二人とも…」


 怪訝な顔をして尋ねてくる。


「なっ! なんでもねぇよっ! 俺も風呂行ってくるっ!」


 そう言って俺が談話室を出た後、部屋の中からカローラの笑い声が響いてきたのは言うまでもなかった…


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