第235話 職人の技

「ちゃんと事情を説明して謝った方がいいんじゃないですか?」


 俺の隣に座るディートが、モリモリと朝食を食べるシュリを、チラリと見ながら小声で話しかけてくる。


「大丈夫だ… 折れたり、踏みつぶしてしまった野菜は、ちゃんと回復魔法を掛けて直しただろ? 畑の畝も直しておいたし…」


 そんなディートに俺も小声で返す。


 昨日のゴーレムエンジンの試運転で、ステアリングもブレーキもない状況で試運転を行って暴走した挙句、シュリの家庭菜園に車体が突っ込んで停止した訳だが… 連日の重労働で機嫌が悪いシュリの大事にしている家庭菜園を破壊したとあっては、シュリが激おこぷんぷん丸になるのが目に見えているので、俺とディート、ビアンの三人で箝口令を敷き、シュリにバレないように慌ててシュリの家庭菜園を直して、ゴーレムエンジン仕様の荷馬車を回収したのである。


「でも、なんだか良心が痛みますね…」


「ディート、それが大人になるという事だ…」


 俺がそう答えると、ディートは複雑な顔をして黙り込む。


「まぁ、とりあえず、シュリはあの様子だからバレていないと思うから、家庭菜園の事は忘れて、ディートとビアンはゴーレムエンジンの改良をしておいてくれ」


「わかりました、イチロー兄さんはどうされるのですか?」


「俺は、荷馬車の修理と曲がれるようにステアリングを作ってもらえるように、昨日のエルフの大工のロレンスに相談するつもりだ」


「了解です、では僕は早速鍛冶場に行ってきます」


 ディートはそう答えると、食べ終わった食器の乗ったトレーを返却口に置くと、そそくさと鍛冶場に向かう。


 俺もトレーを引き取りに来た骨メイドのヤヨイに空になったトレーを渡すと、豚小屋をつくっている厩舎へと向かう。


 昨日の夕方から豚小屋の制作を始めているはずなので、すぐに荷馬車の修理を始めてもらう事は出来ないが、イケオジエルフの腕前を確かめる事は出来るだろう。


 そんな事を考えながら厩舎に向かうと、まったく豚小屋の形などなく、木材を並べた中で、黙々と作業を続けるイケオジエルフの姿があった。


「おや? イチロー殿、おはようございます、今日も麗しいですな」


 そう言いながらキラリと白い歯を光らせる。


「おっおぅ… もう始めているのか…」


「豚小屋の完成はお昼ぐらいまで待ってもらえますか?」


 俺に挨拶を済ませると、イケオジエルフは木材に向かってコツコツと作業を再開する。


「お昼って、まだ柱も立ってないのにか?」


 俺はまだ何も経っていない豚小屋予定地を見る。


「仕込みが終わったらすぐできますよ」


 イケオジエルフは作業を続けながらそう答える。意外と仕事に関しては真剣なんだな。


「ところで、豚小屋の建築が終わった後でいいんだが、他にも用事があるんだが…あっ仕事しながら聞いてくれたらいいぞ」


「なんですか? イチロー殿」


 イケオジは俺の言った通り、作業しながら答える。俺もイケオジの作業を見ながら話を聞く。イケオジは、ノミと金づちでコンコンと柱などの木材に穴を掘っている。


「ディートとビアンでとある研究をしているんだが、それに使う荷馬車がちょっと壊れてな、その修理と、ちょっと改造を施して欲しいんだ」


「荷馬車の修理は問題ないですが、改造というのは?」


 イケオジは新しい木材に溝を掘る為に線を引いていく。


「馬無しで荷馬車を走らせる事を考えているんだが、手綱を使って馬で曲がる代わりに別の操作で曲がれるようにして欲しいんだ」


「ふむ…それは、やって見ないと分からないですが、出来ると思います。但し、耐久性を考えるなら、ビアンカに金属部品を作ってもらわないとダメですな」


 そう言いながら、溝堀をした木材に息を吹きかけ、おが屑を吹き飛ばす。


「よしっ」


 イケオジはそう一言いうと、すくっと立ち上がり、柱を抱えて豚小屋予定地に木材を運んでいく。どうやら、材料の準備が終わって、これから設置を始めるようだ。


「俺も手を貸そうか?」


 一応、腕を確かめる為のテストであるが、人手が必要な状況でも手を貸さないような意地悪をするつもりは無い。


「いや、大丈夫ですよ、一人でやるのは慣れてますから」


 そう言いながら、木材と木材を木槌で叩いて組み合わせ、結合部分に杭を打ち込み、てこの原理で次々と柱を立てていく。


「あれ? 釘を使わないのか?」


 イケオジの作業を見ていると、釘を一本も使わず、木材に多彩な凹凸を作って組み合わせ、残った穴に杭を打ち込んでいく作業に違和感を感じて尋ねてみる。


「あぁ、今は里から離れていますが、エルフの里では釘などの金属が手に入りにくいので、建築をする時には、ホゾを作って釘を使わない建築が殆どですよ」


 そう言うように、釘を一本も使わず、凹凸の組み合わせだけで、柱を立てていき、それだけではなく、壁になる板まで、組み合わせだけで取り付けていく。


「すげぇなぁ~ マジで釘を使わないんだな、ちょっと、触って見てもいいか?」


「えぇ、よろしいですよ、どうぞ」


 イケオジが立てた柱や壁を触って力を入れてみる。釘を使わず、木の凹凸だけで組み合わせただけなのに、ガッチリしておりグラつきもしない。


 釘を使っていないこともあるが、精度も流石である。これは認めざるを得ない。


 そんな風に俺がイケオジの技術に感心している間にも、イケオジは作業を進めていき、あっという間に豚小屋を組み立ててしまう。


「いかがですか? イチロー殿、お眼鏡にかないましたか?」


 そう言って白い歯を輝かせる。


「すまん、正直侮っていたわ、こんなに腕が立つとは思わなった…」


 この腕の良さには、俺も認めざるを得ない。


「それでは、荷馬車の件は丁度昼食の時間になりましたので、二人で昼食でも取りながらゆっくりと伺いましょうか」


 このイケオジ、もしかして一緒に昼食を取る為に、仕事の終了時間まで計ってたんじゃなかろうな? そうだとしたら、これはイケメンすぐる… 誘われた女は断れないだろ… まぁ、幸いな事…?に、このイケオジは女には興味がなく、俺にしか興味が無いようなので、俺の女たちに手を出される心配はないが… いや、俺自身の心配があるな…


「…分かった、食事をしながら話をしよう…」


 とりあえず、いきなり口説いてくるなんて真似はしないだろう… ここは一先ず、イケオジを信用して、昼食の話をしながら荷馬車の件を打ち合わせるとするか…


 こうして、俺とイケオジエルフは昼食を摂る為、一緒に食堂に向かったのであった…が、その後、一部の骨メイドの間で、俺とイケオジエルフとの良からぬ噂が広まる結果となった…


 いや、俺、落とされてねぇから…

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