第229話 本格農業系勇者のイチロー
「マジで? 本当にマジでこの量が必要なのか!?」
俺はディートから告げられた数字を聞いて大いに声を上げる。
「はい、再計算致しましたが、最低でもこの量が必要です」
ディートは片手にパンを持って齧りながら、紙に筆を走らせ、『最低でも』の言葉を強調して答える。
「最低でもって事は余裕を持って準備しないといけないのか…」
「そうですね… もう家畜の飼料にする分を省く為に、穀物だけにすればどうですか?」
必要な畑の面積の広大さにディートがそんな事を提案してくる。
「いや…それはマズい…今は一応落ち着いてはいるものの、蟻族の連中が、穀物だけで我慢できずに辺りの人や動物を襲う可能性があるし、ポチも穀物だけではキツイだろう… 一部の人間だけ肉を食べるということも出来ないしな…」
「へぇ~ 下々の者の事まで考えておられるんですね」
ディートは少し目を見開いて感心した声を上げる。
まぁ、皆に肉を食わせたいという事で、ディートは俺の事を感心している様であるが、実のところは、前にクリスがポチの骨付きあばら肉を強請って、ポチが困っていたのが一番の理由である。その時、ポチは困っていながらもクリスに自分の肉を与えていたのは、本当にフェンリルだけど人間が出来ていると思う。
「とりあえず、現実逃避せずにちゃんと、必要な畑の面積を見るか…」
そういって、ディートに朝食を食べながら計算させた資料を真剣に見る。
先ず、人間の食べる分の小麦が一人年間120kgで、蟻族が帰って来た時の人数を足して、それから余裕を持たせてザっと200人分と換算すると、年間24トン…
トンか…個人で何か行うのにトン単位で考えないといけないのか…
兎も角、小麦畑1ヘクタールで3.7トンの収穫が見込めるからざっと7ヘクタール…いや8ヘクタール必要か…
次に肉を得る為の畜産物だが、鶏、豚、牛の肉を一日100グラムづつとすれば、三日に一回、何かの肉をガッツリ食える量になるな。
鶏が一羽で1.25kgの肉、豚が50kg、牛が250kgの肉がとれるようだな。その場合だと人一人に必要な家畜の数は、鶏30羽、豚0,73頭、牛0,146頭必要になる。それを200人分となると…
鶏3000羽、豚146頭、牛25.2頭…
鶏3000羽もえげつない数だが、何気に他の数も実際にいる光景を考えると凄い量だ…
で、それぞれに必要な餌の量は…
鶏18トン、豚36.5トン、牛58.4トン…
人間に必要な穀物量が24トンに対して、家畜に必要な穀物量が合計で、約113トン…4~5倍もいるのか…肉が高い訳だ…
玉子と牛乳はこれだけ肉用を育てれば別個に考える必要はないだろう。
この家畜の餌を賄うためのトウモロコシ畑が10ヘクタール必要なのか。小麦だったら大変な事になっていたな。
これに保存の効く野菜のジャガイモと玉ねぎ、大豆を2ヘクタールづつ植えて、その他の野菜を作る畑が4ヘクタールぐらいあればよいか? 野菜で10ヘクタール。
油を摂る為のアブラナの畑が2ヘクタール、茶畑が1ヘクタール。
そして見落としていた問題点は衣服についてだ。この世界ではコニクロなんて安売りの見せは無いので、衣料品は非常に高価だ。貴族の豪華な服装なんかは一着で家が建つぐらいの金額が掛かる。なので衣料の問題を無視するわけにはいかない。
プリンクリンが勝手に骨メイド達の新しい衣装を作ってカローラが激怒するのも頷ける。まぁ、俺もアルファーに着せて楽しんだので同罪だがな…
とりあえず、下着やタオルなどの消耗品で年間6kgの繊維が必要で、その他の着るものを考えれば一人10kgが必要… これを綿だけで賄おうとすると綿が1ヘクタールあたり30kgの綿がとれて、200人分となると…2トンで67ヘクタール…冗談だろ?
流石に綿だけで賄う事は不可能だな。となると麻を使うか?麻は1ヘクタールあたり350kgもとれるので、半分を麻で賄うとすれば、33.5ヘクタール足す3ヘクタールで36.5ヘクタールの畑が必要になる…
で、最終的な合計が8足す10足す10足す2足す1足す36.5で…合計67.5ヘクタール…これって小さな市ぐらいの面積じゃねぇのか?
うーん、こんな面積は一気に作れる様な広さではないから、とりあえず食料優先にするべきだな。
「計算した僕が言うのものなんですが、本当にその面積の畑を作るのですか?」
ディートが俺のファイナルアンサーを尋ねる様に、顔を覗き込んでくる。
「そうだな、大変だからと言って避けてはいられないな… 覚悟を決めてやらんと」
これから始める作業量が決まったので、ディートを引き連れて談話室を出る。すると、アルファーが成体の蟻達を引き連れて俺の前までやってくる。
「他の者たちにも声を掛けて、キング・イチロー様のお手伝いをする準備が整いました」
蟻達はメイド服から作業服に着替えて10人全員が揃っていた。
「早速準備をしてくれたのか、すまないな」
俺がアルファー達に礼を述べていると、朝食に来たシュリも声をかけてくる。
「おぅ、アルファー達も今日は農作業を手伝ってくれるのか、この地の農業も盛んになってきたのぅ~ 良い事じゃ、わらわも俄然やる気がでてきたぞ!」
初日はトラクター扱いした事で、機嫌を損ねていたシュリであったが、趣味友が増えて嬉しいのか、超がつくほどのご機嫌である。
「そうかそうか! シュリもそんなにやる気を出してくれたのか!!」
俺は作り笑いをしながら大げさな素振りでシュリの肩をパンパンと叩く。
「な、なんじゃ? あるじ様、わらわは元々やる気があったじゃろ?」
俺の大げさな反応にシュリは少し、首をひねるが、それよりも俺が大いに乗り気になったので、すぐにご機嫌に戻る。
「まぁ、あるじ様もやる気を出してくれたのなら、わらわも満足じゃ!」
「そうかそうか~! じゃあ、シュリ、これから暫く、俺と一緒に思う存分、農業をがんばっていこうなぁ~!」
俺は満面の作り笑いを浮かべながら、シュリの頭を撫でてやると、シュリも満足したようににっこりと微笑む。
これから始まる地獄の様な日々を知らずに…
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