第228話 正直、あいつ等の事忘れてたわ

「昨日は酷い目にあった…」


 俺は朝食の冷えたミルクを飲みながら、そう愚痴をこぼす。


 昨日の風呂場でのビアンとの一件があった後、湯あたりになった俺は這うように自室へと逃げ帰り、そのまま夕食を取らずに今朝まで無理を続けていたのである。


 その眠りもあまり良い物ではなく、忘れているが悪夢に魘されたような感じがあったし、目覚めた時も、となりでビアンが寝ているのではないかと、慌ててシーツを捲ったほどである。


 とりあえず、昨日の夕食を食べてないから、朝食はきちんと摂っておこうか…


「イチロー様、昨日は具合が悪そうでしたけど、大丈夫ですか?」


 なんだかご機嫌な顔のカローラが俺の隣に座ってくる。


 何だろう…今までカローラが横に座る事に何も思わなかったが、襲われる心配が無いだけで、こんなに安心感が湧いてくるとは…


「お前は人を襲うような人間には育つなよ…」


 そんな事を言いながら、カローラの頭を撫でてやる。


「えっ、既に成人していて、ヴァンパイアの私にそんな事を言うんですか?」


 俺の言動に事情が分からずカローラは怪訝な顔をしながら朝食を始める。


「所でカローラ」


「なんですか? イチロー様」


 カローラはミルクを飲んだ後の髭をつけながら答える。


「今、食料自給自足の為に畑を作っているんだが、ダークエルフたちが臨月で働けない事を忘れていたんだよ」


 そう言いながら、大きなお腹を抱えながら朝食に来るエルフたちの姿をチラリと見る。


「なるほど、人手が足りないので私に声を掛けているんですね、でも私の今の身体はこの通り幼女ですし、真昼間の畑で作業できませんよ?」


「いや流石に力仕事で幼女の手まで借りようとは思わねぇよ、骨メイドを受付に手を貸して貰えないかと思って」


 すると、先程までご機嫌顔だったカローラの眉が曇り始める。


「私のメイド達は農作業をするような服装は持ってませんよ」


「メイド服以外は持っていないのかよ…じゃあ、服を着なければいいじゃないか」



 カシャンッ!



 そう言った途端、俺のすぐ後ろで皿が割れる音が鳴り響く。驚いて振り返って見ると、骨メイドの一人が食器を落としてわなわな…いやカタカタと震えている姿があった。


「ノゾミ! 大丈夫よ! 貴方を裸になんてさせないわ!」


 そんな脅える骨メイドにカローラが座席から立ち上がって声を上げる。


「えっ!? いや、別に俺は骨メイドの裸なんて興味ないぞ?」


「イチロー様に興味が無くても、メイド達はみんな年頃の女の子なんですよっ! そんな女の子たちに裸になれっていうんですか!」


「えぇぇぇぇ~ 骨だけの身体なのに、裸もくそもないだろ…」


 そもそも裸になってもらうのが目的ではなく、畑仕事を手伝ってもらうのが目的だがな…


「いいえっ! 彼女たちの身体にはそれぞれに特徴があって、人には知られたくない所がありますし、そもそも年頃なので羞恥心が強いんですよ」


「人には知られたくないって、人間でいう所のでべそだったり、まだケツが青いとかか?」


「いえ、鎖骨のラインが綺麗じゃないとか、骨盤輪が広いとか…」


「また骨盤輪かよ…それに鎖骨のラインって…」


「でも、イチロー様も前に鎖骨や、少し浮いたあばら骨にエロさを感じるって仰っていたじゃないですかっ!」


 カローラの大声が食堂内に響き渡り、その声を聞いた骨メイド達が、眼球が無いにも関わらず、俺を軽蔑する目つきで睨み、かつ、先程話題に上がった鎖骨と骨盤輪を手で隠す仕草をする。


「うぜぇ~ それは肉があっての話だろうが…」


 面倒な状況に俺は頭を抱え込んで項垂れる。


「キング・イチロー様、何かお困りなのですか?」


 そんな時に、声を上げてきたのが蟻族のアルファーである。


「いや、カローラに骨メイドの手を借りようと思ったんだが、ややこしい事になってな…」


 俺はそう言いながら、ある事が思い浮かび、もたげていた頭を上げて、アルファーを見る。


「そう言えば、アルファー、お前たちの手を借りる事はできるか?」


 昔の人は言いました。


『パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない』


 では、俺もその格言にならって


『骨メイドがだめなら、蟻メイドに頼ればいいじゃない』


 これしかない!


「えぇ、キング・イチロー様が望まれるのでしたら、我々蟻族は喜んで手首を捧げます」


 なんでそんな猟奇的な話になるんだよ…


「いやいや、本当に手が欲しいんじゃなくて、労働力が欲しいって意味だ。今、自給自足に向けて畑を増やしているんだが、植え付けをする人員が足りないんだよ」


「なるほど、その様な事でしたか、でしたら幼体たちの教育もすみましたので、この城にいる成体全員、キング・イチロー様の事業に協力致します」


 アルファーの言葉に、人手をどうしようかと悩んでいた俺は、胸を撫で降ろす。


「まさか、キング・イチロー様が、ハニバルにいる我らの仲間が戻ってい来ることを見越して、その様な事業をお考えだとは、このアルファー、感服致しました」


「ん?」


 人での一件が終わって問題が無くなったと思っていた俺は、アルファーの言葉で一気に絶望に叩きこまれる。


「ちょっと、待て…ハニバルにいる連中が戻ってくる…だと!?」


 俺は驚いて目を丸くして立ち上がる。


「はい、先日ドローンを使った連絡が御座いまして、ハニバル方面の謝罪事業の進捗が思ったよりも早く進んでおり、この調子でいけば半年後には懲役を終えて、この城に来るものと思われます」


「は、半年後!? 何人来るんだっけ…?」


 実際にはハニバルに残っている蟻族の人数を憶えているが、ワンチャン、ハニバルに残って生きていく奴もいるかも知れないし、一部の事業だけが終わる事かも知れない…


「100人全員です」


 俺はアルファーのその言葉に立ち眩みを感じて、少し膝を崩す。


「100人…30人分の食料自給でもひぃひぃ言ってのに、更に100人増えるとは…」


 30人足す100人で何人だ? ってかどれだけの農地が必要なんだよ…


「あっ、イチロー兄さん、おはようございます」


 そんな所に朝食を摂りにきたディートが姿を現す。


「…ディートか…」


 俺は徐に立ち上がると、ディートの側に行き、肩を組む。


「えっ!? なんですか? 突然…」


「ちょっと、大変な事が起きた…お前の協力が必要だ…」


 俺は肩を組んだディートを談話室の方へと連行していく。


「いや、僕、まだ、朝食を食べていないんですけど…」


「アルファー、これから談話室でディートと緊急会議を行う… ディートの朝食を談話室まで持ってきてくれないか?」


 肩越しに振り返って、アルファーに声を掛ける。


「分かりました、キング・イチロー様、すぐにお持ちいたします」


 というわけで、ディートに急遽、この城に返ってくる蟻族の分の必要な食料の量や、畑の面積を計算してもらう事となった。


 

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