第227話 イチロー、絶体絶命の危機

「はぁ~ 今日は肉体的にも精神的にも疲れた~」


 俺はそんな独り言を漏らしながら、お気に入りの城の湯船に身体を沈め、湯船の淵に頭を預けて、身体を湯に委ねて、手拭いを目の上に載せて静かに目を閉じる。


 ケロースの奴があんなことを言い出したせいで、気まずい雰囲気で仕事をすることになるわ、マリスティーヌに力仕事をさせてマイティー女王の様にマッチョにさせない為に、マリスティーヌには、肥料を袋から出すだけで、肥料を捲くのは一人でやる事になるわ、シュリが焼き畑している途中で、またクリスが焼き払いの巻き添えを食うわで散々な状態だった。


 そんな状態の中、ディートが次々と出していく肥料をせっせと畑に捲き続けて、戦闘とはことなる疲労感が募って言った。


 そんな精神的な疲労感と肉体的な疲労感を癒す為に風呂場にきている訳である。


「風呂はいいねぇ~ 風呂は心を潤してくれる、人類が生み出した文化の極みだ…」


 そんな言葉を漏らしながら、俺は湯船に浸かりながらうとうととし始めていた。


 そんなボンヤリとした霞かかった意識の中、浴室の扉が開く音が響く。



 ガラガラガラ…



 ん?誰かが入ってきた? カズオは今、夕食の準備をしているから、ディートか? それともケロースか?


 疲れ切っていた俺は、新たな入浴者を確認することなく、うたた寝にも似た状況に浸っていた。



 ゴシゴシ…ゴシゴシ…ザパァ~



 身体を洗い、身体についた泡を洗い流す音が聞こえる。ちゃんと俺の言いつけ通りに、神聖な湯船につかる前に、身体を洗い流している様だな… 良きかな良きかな…



 チャプン… チャプ、チャプ



 身体を流し終わり、今度は湯船に入ってくる。声かけをしてこないのはディートかケロースで疲れ切っているからであろう… 俺は声かけをしないぐらいで機嫌を損ねたりしない…



「ふぅおぉぉぉぉぉぉ~!」



 新たな入浴者の声が直ぐ近くで響く。しかも聞き覚えの無いおっさんの声だ。


 俺は想定外の状況に夢心地気分から慌てて意識を取り戻して、顔に当てていた手拭いを取り、顔を上げて、声の方向に目を向ける。


 そして、俺は目の当たりにしたものに、驚く…いや驚愕する。今日、この城にやってきたオネエドワーフのビアンがいるのだ。しかも、イナバ物置の様に百人入っても大丈夫そうな、このだだっぴろい湯船があるのに、肩が触れそうなすぐ隣にいるのだ。


「風呂はいいわねぇ~、風呂は心を潤してくれるわ、人類が生み出した文化の極みだわ…そう感じない?イチロー殿…」


 オネエドワーフのビアンは、湯船に浸かった為か、それとも別の意味なのか、頬を高揚させながら、流し目で俺に語り掛ける。しかも、俺が独り言で言っていたセリフをそのまま言ってくる。


 俺はその瞬間、キュッとケツの穴が締まるのを感じる。


 ヤバイ…まじヤバイ…このままだとヤラレル…


 このヤラレルの意味は殺されるの意味ではなく、掘られるの意味である。今までダース単位で数えなければならないほど、女性経験をこなしてきた俺であり、何人もの女性を狙う側にいた俺であるが、狙われる側に回るのは今回が初めてである。


 でも、待てよ? コイツは股間に矢を受けてオネエになったんだよな…では、掘る側ではなく、掘られる側を望んでいるのか? どちらにしろ、俺はこんなオネエドワーフと性的関係になるほど、女には困っていないっ!!


「お、おぅ…そうだな…」


 俺は引きつった愛想笑いをしながら答えて、密かにビアンから距離を取ろうとする。


 突然の事態に混乱しただけで、本当は雇い主と良好な関係を築くために話しかけられる距離に座って来たのかも知れない… ここは慌てずに様子を見る事も必要か?


「しかし、残念だわぁ~ イチロー殿が湯船に浸かる前なら、私がお背中をながしてあげたのにぃ~」


 そう言いながら、ビアンがぺろりと舌なめずりをする。


 

 ゾワリ



 ヤベッ! マジだ! マジもんだ! こいつ俺の身体を狙ってやがるっ!


 舌なめずりをする時のビアンの獲物を狙う獣の目に、俺は温かい湯船に入っているはずなのに、全身に鳥肌が立っていく。


 俺の自慢のマイSONが子猫の様に縮こまり、ケツの穴が、全ての物の侵入を拒絶するように締められる。


 どうする!? どうする俺!! このまま脱兎の様に湯船から逃げ出すか!?



 だが、不用意に背中を見せて逃げ出した場合、奴に竿が残っていたら捩じ込まれてしまうかも知れない!


 かと言って、前を向いて後ろづさって行けば、マイSONがアイツの唇や…口に出すのも恐ろしい所の餌食になるかも知れない…


 くっそ! 収納魔法の習得で魔力が枯渇していなければ、何とか逃げ出す方法があったのに… 今の状態で襲われたら、疲労状態もあり、素の筋力ではあのオネエドワーフに勝てそうにない…


 前門のマイSONの危機、後門の肛門の危機!? 俺に逃げ場はないのか!?


 先程の鳥肌のように、温かい風呂に入っているはずなのに、今度は冷や汗が頬を伝う。俺は人生の今まで感じた事のない(性的に)絶体絶命の危機に自身が囚われている事に気が付き、身震いをする。


 俺はこの危機的状況から脱するために、頭をフル回転させてなんとか打開策を見つけ出そうとする。


 この状況…昔見た西部劇のガンマンの決闘や、時代劇の剣豪の決闘に似ているな… 先に動いて隙を見せればヤラレテしまう… となると…我慢比べか?


 このまま湯船の底にケツを張り付けて、マイSONを手で覆っておいて、相手が湯の熱さで根を上げて出るまで粘れば俺の勝利だ…


 俺はそう決意すると、ケツを湯船の底に張り付かせ、マイSONは手で鉄壁カードを施して、ビアンとの持久戦に挑む。



 チョロロロロ… 



 ピチョン…ピチョン…



 俺とビアンとの静かな決闘が繰り広げられる中、循環するお湯が湯船に流れる音と、天井から滴る湯気から出来た水滴の滴る音だけが、この浴室に響き渡る。



 くっそっ! 思いがけずにビアンとの我慢比べが始まった訳だが、先に長時間湯船に使っていた俺の方が圧倒的に不利だ… しかもここでのぼせて気を失ってしまっては、俺が気を失っている間に俺の身体が蹂躙されるかもしれない…


 俺の心の平穏の場所であるはずの風呂が、なんで地獄の地と化してんだよ…


 イチロー! 気を強く持つんだイチロー! お前の身体の未来はお前の意思にかかっているだ!!


 俺は心の中でそう叫びながら、永遠に続くとも思われる時間をぐっと堪えて耐え続けた。


 しかし、そんな永遠に続く地獄の様な時間も、突如終わりの時を迎えた。


「よいしょっ」


 隣に鎮座していたオネエドワーフのビアンが徐に立ち上がったのである。


「私、そろそろ上がるわね~」


 俺はその瞬間、心の中でクララが立った時のハイジの様に喜びの声を上げた。だが、次の瞬間、新たな驚愕の事実が俺を襲う。



 ぶら~ん、ぶら~ん



 見慣れたものが二つとも、ビアンの股間にぶら下っていた。


「ちょっと待て!」


 俺は思わずビアンを呼び止めてしまう。


「あら? イチロー殿、もっと私と入っていたいの?」


「いや、お前、股間に矢を受けたからオネエになったんじゃなかったのかよっ! なんで竿も玉も二つとも揃ってんだよ!!」


 俺が言ったように、矢を受けたはずのビアンの股間には竿も玉もついていた。


「あら? これのこと?」


 俺の言葉にビアンは俺に見せつける様に腰を突き出す。


「見せんでいい! それより事情を説明しろ!」


「股間に矢を受けたのは事実だけど、そもそも取れるような怪我でもなかったし、治療術師もいたから、そのままついているわよ」


 ビアンは俺の目の前で腰を横に振って、竿と玉を振って見せる。


「じゃあ、なんでオネエになってんだよ!」


「それはね… 矢を受けた時に、大事なものが傷つくような生き方をするよりかは、もっと自分らしく自由な生き方をしようとおもったからよん」


 そう言って、ビアンは俺にウインクをする。


「じゃあ、もともとオネエだったのをカミングアウトしただじゃねぇかっ!」


 その後、人生始まって以来の性的危機を脱した俺は、案の定、湯あたりする事となった。



 

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