第224話 その名前は俺の古傷

 今までの俺は女装癖もオネエも、ずっと同じようなものだと考えていたが、その日、俺はその考えを改める事となった。


 今、俺の目の前にいるオネエのドワーフは、女装癖を持つカズオとは全く異なる存在だ。カズオの女装癖は、自身の男性的な部分を出来るだけ誤魔化して完全な女性化を目指しているのに対して、このドワーフはあえて男性的な部分を残して女性部分と共存させているのである。


 具体的に言うと、剃り残した顎髭が青い所や、ノースリーブの服装を来ているのに、腋毛処理をしておらず、動作をする度にチラチラと腋毛が見えたり、ミニスカートを履いているのにあし毛を残している所だ。


 これらの事は、今までカズオの女装を見て来たが、アイツはご丁寧にムダ毛を全て処理していた。だから、完全に異なる存在に見えるのである。


 そんな考察をオネエドワーフを目の前にしながら考えていたのだが、こんな考察が人生においてなんの足しになるんだよ… こんな事で頭を悩ましているのはこの世界で俺だけではないのか…


「あるじ様っ!」


 俺がそんな自己嫌悪に陥りかけた時に、隣にいたシュリが小脇をつついて俺に正気を取り戻させる。そうだ、今は面接の最中だ。


「あぁ、済まないシュリ、ちょっと狂気の深淵を覗き込んで、そこに囚われそうになっていた…」


 そう言いながら、二人して目の前のオネエドワーフに向き直る。


「そなたが鍛冶職人の募集に応募してくれた者じゃな、名を何と申す?」


 正気を取り戻したばかりの俺に代わって、シュリがオネエドワーフに尋ねる。


「昔の名は股間に矢を受けた時に捨てたわ… 今はビアンカと名乗ってるの」


 その言葉を聞いた俺は、取り戻した正気から、再び、今度は怒りの狂気に支配される。


 お前はお前如きが使ってはならない名乗りを上げた…数多くのプレイヤーが悩みに悩み抜いて決定ボタンを押して…いやこの場合は推しでもいいな…選んだあのヒロインの名をお前は穢してしまった…全国のドラクエファンの半数を敵にしたんだぞ!! 


 くっそ!! どうして!! どうして! エニクヌさんは… 

 ビアンカもフローラもデボラも…そしてベラや、ヘンリーなんかにやらずにマリアとも同時に結婚できるハーレムルートを作ってくれなかったんだっ!!

 お陰で三回も同じゲームをするハメになったんだぞ!!


「あるじ様っ!」


 再び狂気に囚われた俺を、シュリが身を揺らして正気に戻らせようとする。お陰で、ビアンカの名を穢された事とハーレムルートが無かった事の怒りでオネエドワーフに対して芽生えた殺意が一時収まる。


「だ、大丈夫だシュリ…ちょっと昔の古傷の事を思い出していただけだ…」


 心配するシュリにそう答えて、俺はオネエドワーフに向き直る。


「いや、ちゃんと昔の名を言え、でないとお前の事は信用できないし雇いもしない」


 普通に防犯上の意味で偽名を使う奴は雇えないだろ。


「そ、そうだわね…昔は…ビアン・アノレカパと名乗っていたわ…」


 なるほど、昔の名前にカを足しただけか…しかし、名字の方もなんだかイラつく感じがするな…


「では、暫くここで働いてもらって、腕を確かめてから本採用で、それまでは試用期間ということでよいか?」


 シュリが勝手に雇用する方向で話を進める。


「おい、シュリ! 何を勝手に進めてんだよ!」


 そんなシュリの頭を掴んで小声で耳打ちする。


「あるじ様こそ何を言っておる、見た目うんぬんよりも、腕を確かめて見んと分らんじゃろ?」


「じゃあ、腕が悪かったら容赦なく解雇するからなっ!」


「それは当然じゃろ!」


「あ~とりあえず、私の腕を見せたいから鍛冶場に案内してもらえるかしら?」


 言い争う俺とシュリにオネエドワーフが割って入る。


「まぁ…そうだな…まず、鍛冶場で腕を見せて貰わんとな…」


 そう言う事で、この城にある鍛冶場の施設へと案内する。一応城だから、武器や防具の修理の為に鍛冶場は存在する。しかし、前の所有者である王族が別荘がわりに使っていたので、武器防具の修理の必要がなく、カローラも同様だったので、ずっと鍛冶場が使用されてない状態が続いている。  


「ここだ」


 鍛冶場に辿り着き、勢いよく扉を開ける。すると辺りの空気とは完全に異なる臭いが鍛冶場の中から漏れだす。やはり全く人が入っていなかったのか、なんだか誇りっぽい。


「ここが私のお部屋になるのね~」


 オネエドワーフのビアンがキャラに似合っていないハンカチで口元を押さえながら、誇りっぽい鍛冶場の中に進んでいき、キョロキョロと辺りを見回して鍛冶場の設備を確認していく。


「これは、鍛冶仕事する前にお掃除が必要だわね… 一日掃除や設備の点検をする時間をもらえるかしらん? 後、必要な道具や材料の発注をしてもいいの?」


 このオネエドワーフのビアンが言うと鍛冶場の立ち上げ準備というよりか、オカマバーの立ち上げ準備に聞こえる不思議…


「あぁ、構わんが一応品物を発注する時は発注書を作って見せてくれ、それと、後でこの城の骨メイドに自室を用意させるから、寝泊りはそこを使ってくれ、後、城の中に風呂や食堂があるから、自由に使ってくれ」


「あら、お風呂まであるのねん分かったわ、お掃除の後で使わせてもらうわ」

 

 今までは俺が好きな時に風呂を使っていて、他の住人と鉢合わせする時があり、そのまま強引に入っていたが、現在はディートもいるので、男湯の時間と女湯の時間を分けているが、このビアンの場合はどちらに分けるべきなのであろうか…

 男湯にすべきか女湯にすべきか…それとも新たにオネエ湯の時間を作るべきか?それだとそれぞれの入浴時間が短くなるから、この際、女性陣の事を考えて男湯時間に入ってもらうか…

 どちらにしろ、今後、それぞれの湯殿を作らないとだめだな…


「とりあえず、今日は鍛冶場の清掃をしておいてくれ、清掃が終わってからの課題はシュリが使う馬鍬で良いか?」


 ビアンに説明した後、シュリに課題の同意を尋ねる。


「あぁ、それでよい、後で運ぶので頼んだぞ」


「任せるのねん~」


 ビアンの返事を受けた俺とシュリは、鍛冶場の事はビアンに任せて、次は城のディートの部屋へと向かう。昨日、教えてもらう約束をしていた収納魔法を教えて貰う為である。特にシュリには必ず憶えて欲しいと言われている。昨日の肥料事件が堪えたようだ。


「ディート?いるか?」


 ディートの部屋の前についた俺達は、声をかけて部屋の中へと入る。


「イチロー兄さん、シュリさん、いらっしゃいお待ちしておりました」


 ディートの部屋に入ると、まだ整理されていない荷物が辺りに山積みにされており、辛うじて作業机の周辺だけが片づけられており、ディートがこれから行う収納魔法習得の準備の為に、魔道具を用意していたようだった。


「ここに来て日が経っていないので片づけが済んでいなくて、すみません… すぐに収納魔法の習得を終わらせますのでそれまで我慢して頂けますか?」


 そう言って、ディートは腕輪と薬品を持って俺達の前に進み出てきた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る