第223話 確かに注文通り?

「ディートよ、大丈夫か?」


 荷馬車の荷台で横たわるディートに、ディートをそのようにした主犯であるシュリが声を掛ける。


「だ、大丈夫です…全て吐いてしまったのでもう大丈夫です… それに先程立ち寄った薬屋で吐き気止めや臭いを誤魔化す為の香料も買ったので…」


 ディートはぐったりして、農機具や苗に囲まれながら答える。


 あの後ディートは、手元の狂ったシュリに肥料の入った麻袋に顔を埋める事があり、何とか堪えていたが、肥料の収納が終わった途端に盛大に吐き出して倒れたのだ。


「シュリもちゃんとディートに謝っておけよ」


「済まぬディートよ…本当に済まぬ…」


 シュリは素直にディートに頭を下げる。


「シュリ、それと俺にも謝れ…」


「なんでじゃ?」


 そう言ってシュリは首を傾げる。


「なんでもくそもねぇ! お前、ディートの顔を拭く時に、俺の外套を使っただろ!! お気に入りだったのに臭くて使えねぇじゃねぇかっ!」


「それは済まなんだ…しかし、そこまで怒らんでもいいじゃろ…」


 そう言って、シュリはシュンと縮こまる。


 まぁ、俺も汚れるかもしれない用事にお気に入りの外套を着てきたのは悪かったからこの辺りにしておくか。


「しかし、イチロー兄さんは薬屋に立ち寄って何か買っていたようですが、何かご入用だったんですか? 魔法薬なら僕が調合致しますが?」


 少し気分が良くなってきたディートは少し状態を起こして俺に尋ねる。


「あぁ… そうだな… ん~ どうしよう… ディートなら口が堅そうだから話してもよいかな?」


 俺はそう言いながらシュリに目配せすると、シュリも同意するように頷く。その俺とシュリの様子にディートは少し首を傾げる。


「お昼に俺達が城に変える前に、門番長の女が火傷を負って帰って来たのは知っているか?」


「はい、かなり野性味のある方が城に運び込まれてきて、ミリーズさんとマリスティーヌさんの治療を受けながら、昼食を取っておられたのでよく覚えております」


 治療を受けながら食事って…どんだけいやしいんだよ…クリスは… しかも、人の事を悪く言わないディートが『野性味』のある方って… さてはまた、野生化しかかっていたのか…


 俺は本当にクリスを西洋狸ラスカヌのように野に返してやった方が良いのではないかと思い始める。そんな事を考えながら、俺はクリスの事の事情をディートに説明する。


「実は…あのクリスの火傷は…恐らく、俺とシュリが焼き畑している時に巻き込んでしまったものなんだよ…」


 ここにクリスがいるわけではないが、俺とシュリは縮こまって、小声でディートに説明する。


「あぁ、その事ですか、その事でしたら、そのクリスさん以外の全員が知っている事ですよ」


 ディートは『ははは』と乾いた苦笑いをしながら答える。


「えっ!? マジで!?」


「はい、食堂で治療を受けながら食事している時に、『銀色のドラゴンの様な魔獣と、その魔獣を操る黒髪の魔獣使いに突然、炎を浴びせられたっ! アイツら今度見つけたらぶっ殺してやる! みんなも魔獣と魔獣使いが城の近辺にいるから注意するように!』と叫んでおられたので… それを聞いた誰しもが、『銀色の魔獣と黒髪の魔獣使い』と言えば、シュリさんとイチロー兄さんの事しか思い浮かびませんからね… でも、本人には言わない方が良いと暗黙の了解が出来ていました…」


 怪我の治療よりも食欲を優先させる所とか、加害者の姿を見ていても俺達と結びつかない所とか、恐らく皆に忠告している時も、食べているものを飛ばしながら叫んでいるであろう所とか、その上で、皆にカツラが連れている上司の様に触れられず忠告されない所とか…なんか、アイツは色々と残念に思う所が多いな…


 そんな残念なアイツを野に返すのはまだまだ早いか…ちゃんと独り立ちできるまで俺達で保護してやらないと…


 なんだか、クリスの事で気まずい空気が流れ始めたので、ディートが慌てて話題を変える為、話をし始める。


「そう言えば、シュリさん、行きは馬鍬を買い替えると仰ってましたけど、どうして買ってこられなかったんですか?」


 ディートに話を振られたシュリは、残念なクリスの事で俯いていた顔を上げて、再び残念そうにディートに向き直る。


「いや、殆どの馬鍬は受注生産らしいのじゃ、だから今日買ってくることが出来なかったのじゃが…」


 再び残念そうに俯くシュリに、ディートが声を掛ける。


「まだ何か問題があるのですか? 注文できなかったとか?」


 肥料の事があって、荷馬車の中で休んでいたディートは、馬鍬のやり取りを知らないので詳細を聞いてくる。


「ドラゴンのシュリが使う馬鍬となると受注生産でも特注の特注になるらしく、普通の所では受けてもらいにくいんだよ…それに俺達がこれから始める食料自給を考えると、問題があるたびに職人に頼むよりも、職人を雇用しておかないとまともに仕事をする事が出来ないって言われたんだよ」


 シュリに替わって俺がディートに説明する。


「職人というと、道具を製作する鍛冶職人ですか? 確かに家畜を買うように、その日の内に雇って帰る訳にはいきませんからね…」


「相談した店員が顔が広いから、職人を雇うつもりなら心当たりに声を掛けておくと言ってくれたんだがな…」


 俺はバツが悪そうに答える。すると隣にいたシュリが鼻息を荒くして声を上げ始める。


「あるじ様が余計な事を言わなければ、今日中に雇えるかもしれんかったのにっ! どうしてあんな注文をつけたんじゃ!」


「いや、だってあの店員が『俺は顔が広いからどんなご希望でも応えて見せる』っていうから…」


 俺はシュリから目を逸らしながら、いたずらした少年が先生に問い詰められるように応える。


「だからと言って、あんな要望が通るわけないじゃろっ!」


 シュリが目を尖らせる。


「…えっと、職人の事で何があったんですか?」


 俺とシュリの気まずい空気にディートが恐る恐る尋ねる。


「ディートよ、聞いてくれ、わらわが鍛冶職人ならドワーフが良いと言っておるのに、あるじ様が横から『どうせなら女がいい』って言い始めて…おなごの鍛冶職人を探す事になってしもたのじゃ…」


「女性の…鍛冶職人は聞いた事がありませんね… なんせ鍛冶職人は古い縁起を担ぐ人が多いので、鍛冶場を女人禁制にしている所が多いですから…」


 ディートまでもが呆れて苦笑いをしながらそう語る。


「じゃろ!? 依頼内容を変えようにも、その担当の者が他の接客に行ってしもて変えられなかったんじゃ…」


 シュリはふんっ!と鼻をならして腕組みしながら俺を睨む。


「どうせまた買出しに行くんだから、その時に依頼を変えればいいんだろ?」


 俺は二人係でいわれて、いじけて開き直りながらそう答えた。



 そして、城に帰った翌日、来客があった。


「昔は貴方みたいな男だったけど… 股間に矢を受けてしまったのよ~」


 オネエのドワーフ鍛冶職人が、城の仲間に加わった。


 嘘やろ…




 

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