第222話 収納魔法の代償

「結構、賑わっておるのう~」


「そりゃ、冬が漸く終わってこれから春だからな、人の動きも活発になる」


 イアピース方面の少し大き目の町ユズビスの街中に入ると、シュリが行き交う人混みの多さに声を上げる。


「雪で足止めされていた行商人が動き出したのですね」


 人混みの地域性があふれる多彩な装いにディートも言葉を口にする。


「行商人も良いか、そんなことよりも種と苗じゃ!」


 街の人混みの活気に当てられて、期待感を増していくシュリが鼻息を荒くして声を上げる。


「そんなに急がなくても、種と苗は逃げねぇよ」


「逃げなくても売り切れるかもしれんじゃろっ!」


「そんな簡単に売り切れ無いだろ…知らんけど… まぁ、夕食までには帰りたいから急ぐか… ちょっと、そこのおっちゃん、少し聞いてもいいか? 種と苗の買出しに来たんだけど、どこ行けばいい?」


 俺は、近くの出店のおっちゃんに声をかけて尋ねる。


「あぁ? 種と苗の買出しかよ、兄ちゃん、そんなら、そこを曲がって暫く言ったところにあるタッキー商会がそうだ。いけばすぐに分かんよ」


「おっちゃん、サンキューな」


 俺はおっちゃんにチップの指ではじいて渡して、荷馬車を走らせる。おっちゃんの言う通りに荷馬車を進めると言われた通りに、すぐに行き交う荷馬車やその上の土で汚れた荷物や苗が見える事から、タッキー商会なるものがすぐにわかった。


「ほれほれ! はよ急がんか!あるじ様! 売り切れてしまうぞ!」


 タッキー商会の敷地から、農業関連の品を積んだ荷馬車が次々と出ていくので、シュリが売り切れるのではないかと焦って、俺の裾を引っ張りながら声を上げる。


「引っ張るなってシュリ! そんなに売り切れる物じゃねぇって! 今、入るから見てみろ!」


 表通りからタッキー商会の敷地に入ると、そこは開放された倉庫街の様になっており、それぞれの買い物客の荷馬車がそこらかしこの倉庫に出入りして品物を積み込んでいた。


「えぇ~ 結構、広いな…これどこにいったらいいんだ?」


 冒険道具を売り買いする店ならなんども足を運んだ事があったが、ここまで農業関連の専門的な店に来た事がなかったので、どこに行けばいいのか、同様にすればいいのか全く分からなかった。


 そこで俺は辺りをキョロキョロと見渡して、入口に控えていた商会の店員の姿を見つけて荷馬車に乗ったまま声をかけてみる。


「ちょっとすまんが、初めてここに買いに来たんだが、どうすれば良いんだ?」


「あ? あんちゃん、ここは初めてか、ここは欲しい物を売っている倉庫に進んで、そこで担当者に言えばいいよ」


「なるほど…所で、今の時期は何を植えたらいいんだ?」


 シュリの好きな物を買ってやるのもあるが、今回はこれからの食料自給の為に、今朝耕した場所に植える作物を買わなければならない。


「今の時期なら芋さね、じゃがいもと後あまりお勧めは出来んが玉ねぎもまだいける」


 そう言って、店員が倉庫を指差しながら教えてくれる。


「その他の種や農機具の売っている場所はどこじゃ?」


 シュリがまた俺の膝の上に身を乗り出して、店員に尋ねる。


「種の農機具は奥の倉庫だ」


「ありがとうなのじゃ!」


 シュリが満足したのを見届けると俺は先ずじゃがいもの倉庫に荷馬車を向かわせた。


 「いらっしゃいませ! どれほど必要で?」


 俺が倉庫前に到着するなり、担当の店員が声をかけてくる。


「いや、俺は初心者だからどれだけ必要なのか分かんないだよ、逆に教えてもらえるか?」


 俺がそう答えると、店員は親切に教えてくれる。


「えっ!? 100袋!? マジでそんなにいるの?」


 俺が今朝耕した面積を教えると、店員は種芋100袋は必要だと告げて来て、俺は驚きの声を上げる。


「えぇ、そうですね…それとお客さんは素人ということですので、切り分けて植えるのではなく小玉の物を丸々植えた方がよいですね。後、肥料もちゃんと使った方が良いですよ」


 店員は種芋の必要量だけではなく、施肥の仕方まで丁寧に教えてくれる。素人ある俺は、ここは店員のいう事に素直に従った方が良いだろう…しかしそんなに必要だったのか…


 その後、料金を支払った俺はドンドン種芋を荷馬車に強化魔法で筋肉を強化して運び込んでいく。


「あるじ様、わらわも手伝うぞ」


 一回目の運搬の時に、シュリが腕をまくって手伝いを申し出てくる。


「いや、シュリは荷馬車で待機しててくれ」


「わらわの手伝いはいらんのか?」


 シュリは申し出を断られて首を傾げる。そんなシュリに俺は顔をよせて耳打ちをする。


「100袋を積み込まないといけないんだが、いくら幌を付けていると言っても積み過ぎで怪しまれるだろ? だから、お前は荷馬車に運んだ種芋をディートの収納魔法で収納する手伝いをしてくれ」


「なるほど、そう言う事か、ところでディートよ、お主の収納魔法にどの様に詰め込めばいいのじゃ?」


 俺の話を聞いたシュリはディートに向き直って尋ねる。


「僕の収納魔法は、自分の身体を触媒にしていますので、身体で輪を作った所が入口になります。種芋の入った麻袋となりますと、両手で輪を作るのでその中に入れて貰えますか」


「あい、わかった」


 そんな感じで、倉庫の中から表の荷馬車へとせこせこと種芋を積み込んでいく。そういった感じに、種芋を買い込み、玉ねぎの苗を買い、シュリの家庭菜園用の種や苗を買いこんでいく。


 しかし、問題が起きたのは肥料の買い付けの時出会った。


「すまん、じゃがいもと玉ねぎ、後は何でも使える適当な肥料を買いにきたんだが」


 俺は店員に教えてもらった必要数を告げると、肥料の置いてある場所に案内される。


「くさっ!!」


「あはは! そりゃくさいだろ、あんちゃん! なんせ家畜のフンを乾燥させたもんだからな~ これでも乾燥させているだけマシなんだぜ?」


 ここは現代日本ではなく異世界だ。だから、臭いも汁も漏れださないビニール袋で梱包されている訳ではなく、ただの麻袋で梱包されている。当然の事ながら、乾燥させていても多少に汁と猛烈な臭いが漏れ出してくる。


「こりゃポチがいたら逃げ出してただろうな…」


 そんな事を呟きながら、俺は肥料を運ぶことを覚悟する。しかし、覚悟するといっても種芋の運んでいた時の様に肩に担いで運ぶのは服に臭いと汁がつきそうなので、両手に一つづつ掴むだけで運んでいく。


「くさっ!!」


 俺が肥料を運んで荷馬車に辿り着いたとたん、荷物の受け取り役のシュリが、顔を歪ませて声を上げる。


「くさっ!じゃねぇよ! 早く受け取れ!! 俺だって臭いんだよ!!」


「じゃがしかし、臭すぎるぞ!あるじ様っ!!」


 そう言って顔を背けたシュリが、顔を背けた先にいるディートの姿を見つけて、何かピンッと思いつく。


「ディートよ! すぐさま収めていくぞ!」


 肥料の臭いに気が付いたディートはシュリの言葉にみるみる顔が青ざめていく。


「わ、わかりました… 僕は収納魔法で荷物運びの手伝いに…来たのですから…」


 ディートは強張った覚悟を決めた表情で答える。


「ディートよ…先に謝っておく…」


 両手で身体から離すように肥料を持ったシュリは、ディートを見つめて、ポツリと呟く。


「…シュリさん…どうして謝るの…ですか…?」


 ディートは自分の前に両手で輪を作って収納魔法の準備をしながら、青白い険しい表情でシュリに尋ね返す。


「…もし…仮に…仮の話じゃが… わらわの手元が狂ったら… お主に肥料が当たるかもしれん…」


「マジ勘弁してください…マジで勘弁してください…本当に頼みますよ…シュリさん…」


 ディートが悲壮な顔をしてシュリに懇願し始める。


「だから仮の話じゃ仮のっ! わらわも今までにないぐらいに慎重な動作でやるから… 安心…しても大丈夫…だと思うかも…しれない…」


 そこは口だけでも安心しろと断言してやれよ…


 二人がそんな会話を交わしながら、シュリが肥料をえんがちょ持ちしながらディートに近づけ、ディートの目の前に肥料が晒される。


「ブフォッ!!」


「耐えろ! 耐えるのじゃ! ディートよ!!」


「…が、頑張ります…」


 臭いを吸わないように息を止めるディートの目の前で、一つ目の肥料が収納魔法に収納されていく。そして、一つ目の肥料が完全に収納空間に収まった後、息を止めていたディートは、肩を動かしてはぁはぁと新鮮な空気を吸い込む。


「…イチロー兄さん…ちょっと、お尋ねしてもよい…ですか?」


「なんだ? ディート…」


「ちなみに肥料は幾つあるのですか…」


 ディートはまるで医者に余命を尋ねる患者の様な顔で俺に尋ねる。


「…すまない…ディート…後49袋だ…」


 ディートは俺の言葉を聞いた瞬間、ガクリと項垂れる。


 すまないディートよ…耐えてくれ…臭いのはお前だけではないんだ… 俺もシュリも臭いんだ…耐えてくれ… みんなlose-loseの状態なんだよ…


 俺達の農業は始まったばかりであった…

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