第220話 燃える男と女
「あるじ様、次は耕すと言っても、わらわとあるじ様の二人でこの広さを耕していくのか?」
「いや、シュリ、前回はお前がドラゴンの姿になって耕していったんだろ? 今回もそれで行こうかと思っていたんだが?」
俺がそう言うと、シュリはやはりそう来たかと言う顔をする。
「なんだ? ドラゴンの姿で耕すのが嫌なのか?」
「いや、わらわはあるじ様と和気藹々と鍬を振るものだと思っておったのだがのぅ… まぁ、この広さならそんなチマチマした事はできぬか…」
シュリはそう言うと諦めたように溜息をつくと、地面に爪を立て始める。
「あれ? 持って来た馬鍬は使わんのか?」
「前回、使ったの時に、少しガタついてしもたから、今回はいきなり硬い土を馬鍬を使わずに、先ずは爪で掘り起こそうと思ってな」
そういって、巨大なドラゴンの姿のシュリが、まるで子供が砂場で砂遊びをする子供の様に、ちまちまと爪で土を起こし始める。
確かに人の手で耕すよりかはかなり早いが、やり方が非効率的だ。ここはやはり俺の考えたやり方でやらないとダメなようだな…
「シュリ、ちょっといいか?」
俺はそう言いながらシュリの頭に飛び乗る。
「なんじゃ?あるじ様よ」
シュリは瞳だけキョロリと俺を見ながら尋ねる。
「今のやり方では効率が悪い、俺の言う通りにやってくれ」
俺がそう言うとシュリがムッとする。
「なんだ?」
「いや、こうなる予感はしておったのじゃが… やはり、わらわは農耕馬の変わりをせんとならんのじゃな…」
なるほど、自分の趣味で耕す分には問題ないが、人に言われて農耕馬のように働かされるのは、ドラゴンとしてのプライドが傷つくという訳か…
まぁ、元々シュリのプライドなど考慮するつもりは無いがな…というか、してやる余裕が無い。さっさと自給自足体制を構築することが最優先事項だ。
「じゃあ、先ずは両手の手を地面につけて爪を立てろ」
俺がそう言うと、シュリは土下座と言うか、雑巾がけをする時のようなポーズを取る。
「じゃあ、そのまま爪を立てながら後ろに進んでいけ」
前に進むとせっかく土を起こしたところをシュリの体重で踏みしめてしまう事になるので、このやり方になってしまう。
「いや、あるじ様よ、それじゃと後ろを見ながらになるので、真っ直ぐ土を起こすことができんぞ?」
「大丈夫だ、ちゃんと俺が見ておいてやるから、シュリは安心して後ろ歩きしていけ」
俺はそう言いながら、シュリの頭の角を掴んで後ろ向きに立つ。
「…分かった…やれば良いのじゃろ…」
シュリはそう言って、地面に爪を立てながら、しぶしぶ後ろに歩き始める。
「シュリ、もっと速くてもいいぞ!というか速くしろ」
するとシュリは無言で速度を上げていく。
「いいぞぉ~ いい感じだ~ 燃える男の~♪ 銀のトラクタ~♪ それはお前だぜぇ~♪ いつもお前だぜぇ~♪」
俺は気分が良くなって、現代で見たトラクターのCMの歌を歌い出す。
「ノリの良い歌じゃが…なんじゃろう…この気持ち…」
そんなこんなで、シュリが焼き払った土地を土起こしをして、その後、馬鍬を使って土をならして、漸く畑が完成した。
「うむ… 土起こしと耕しで二時間程か… まだまだ効率が悪いな…」
「くやしいのぅ… くやしいのぅ~!! 馬替わりどころか道具扱いとは… だから、わらわはドラゴンの姿で農作業をするのがいやじゃったんじゃぁ~!!!」
作業の途中で、実物は分からないが、自分自身がトラクターである物扱いされている事に気が付いて、シュリが泣き声をあげる。
「やっべ… シュリの奴、ガン泣きし始めた…」
シュリはドラゴンの姿のまま地に寝そべって、おんおんと泣き始めている。
「昨日の夜もずっと、わらわを無視するしっ! 今日だって道具扱いじゃ! どうしてあるじ様はわららのプライドをおってくるんじゃっ! ひどいっ! ひどすぎるのじゃ!!」
「シュリ~ 機嫌直せよ~ 今日は準備が足りなかったから、お前をちょっとトラクター扱いしただけじゃないかぁ~」
「わらわはトラクターがどんなものか知らんが、どうせ馬と馬鍬が一緒になったものじゃろういがっ!」
こいつ、こういう事だけは勘が良いんだよな…いかん、シュリの痛トラクターを想像して、笑ってしまいそうになるっ
「そんな事より、早く機嫌を直しててくれよぉ~ 種や苗の買い付けに行くんだろ? うれきれてしまうぞ?」
俺の言葉にシュリの動きが一緒、ピタリと止まる。そして、ゆっくりと顔を上げて、こちらをジト目で睨んでくる。
「どうせ、あるじ様はそうやって、わらわに種や苗を買い与えれば、わらわの機嫌が直るとおもっているのじゃろっ! わらわはだまされんぞっ!」
そう言うと、シュリは再び、顔を伏せて、ひっくひっくとすすり泣く。
おっと、シュリの奴、今日は手強いぞ…もう一押し必要か? いや、それともここはいったん引いてみるのはどうだろう…
「分かったよ…じゃあ、今日は種と苗の買い付けは止めにしておくか…」
すると、再びシュリの動きがピタリと止まる。
「…いや…行く…」
シュリはポツリと呟く。
結局、行くのかよっ、いかん、マジ笑いそうになる…
「でも、ただ種と苗を買いに行くだけではダメじゃっ!」
シュリは顔を上げてこちらに向きなって、俺に直ぐに折れるのが嫌で追加条件を出してきた。
「じゃあ、どうして欲しいんだよ?」
俺はニヤついた口元を手で隠しながらシュリに尋ねる。俺はすぐに追加条件が出てくるかと思ったが、シュリがじっとこちらを睨んだまま、ゲームがフリーズした時のNPCのように、ピクリと動かなくなる。
これ、すぐに折れるのが嫌で、追加条件を言い出したものの、何も思いつかずに色々悩んで固まっている様だ…マジで今日のシュリは面白いな…
「なぁ、シュリ、すぐに思い浮かばなかったら、後でもいいんだぞ?」
一応、シュリに助け舟を出して見ると、固まっていたシュリはハッとした顔をして動き出す。
「いや! ちゃんと考えておるっ! ちゃんと考えておるぞ! あるじ様っ!」
シュリは折られたプライドをそのままにしておけないか、必死に抵抗して言ってくる。
「じゃあ、どうしてほしいんだよ?」
「全部じゃ! わらわの欲しい物を全部買ってもらうぞ!」
全部買うといっても、近くの集落の農業組合の所へ行くだけだからな…種や苗、農機具だけで大したものは売ってないし、元々、シュリの欲しい種と苗を買ってやるつもりだったから同じだろ…
まぁ、この事を口にすると、またシュリが拗れるので黙っておくか…
「分かった…今日はシュリの欲しい物を何でも買ってやるから、さっさと城に帰って、買出しに出かけるぞ」
「わかったのじゃ!」
そう答えたシュリの顔はご機嫌になっていた。
そうして、俺達が後片付けをして城に戻ると、門の所で、そわそわと門番をしていたフィッツが俺達の姿を見つけて、血相を変えた顔で駆け出してくる。
「イチロー様っ!」
「どうしたんだ? フィッツ、そんなに慌てて?」
深刻な顔をしたフィッツの顔を見て、俺も胸の内で警戒心を高める。
「それが… 先程、クリスさんが帰って来たのですが…火傷をなさっていて…大変なんですっ!」
「クリスが火傷!? 一体どうしたんだ? 魔法を使う野盗でも出たのか!?」
クリスはあんななりだが、実際の所、そこらの野盗なんかより遥かに強い。元々はイアピースのティーナの護衛騎士をしていたぐらいだから、そこそこの腕があり、その上で、野生化した一件があるので、アイツが野生モードになったらそこらの野盗相手には手が負えないはずである。
「いえ、ここの近所の原野で狩りをしていた時に、突然、炎を浴びせられたようで、何も反撃できずに逃げ帰ってきたそうですっ!」
「「ん?」」
俺とシュリが同時に声を出す。つまり、俺たち二人には心当たりがあった。
シュリが原野を焼き払っている時に、豚の悲鳴のような声が聞こえた。俺もシュリも野生の猪でもいたのであろうと思っていたが、まさかアレがクリス…だったのか?
「…そ、それでクリスは無事なのか? 何か言ってなかったか?」
「今はミリーズさんとマリスティーヌちゃんが治療に当たってますので大丈夫です…まぁ…髪の毛がチリチリになってボワボワになってますが…」
俺とシュリはさっと口元に手を当てる。
「後、クリスさんをあんな目に合わせた、魔獣と魔獣使いにぶっ殺して復讐してやると仰ってました」
「そ、そうか…そ、それだけ元気があれば大丈夫そうだな…ふ、復讐できるといいな…」
俺とシュリの二人は強張った真顔でその場を後にした。
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