第219話 イチロー式焼き畑農業

「あるじ様、起きるがよい! 朝じゃぞ!」


 俺はシュリの声で眠りから覚醒する。俺は談話室のソファーの上で身体をぐぐっと伸ばす。昨日の夜は農業や畜産関連の本を読みふけっていて、そのまま寝てしまったようだ。


 俺は眠気眼を擦りながら、ムクリと身体を起こすと、すで長袖に長ズボン、麦藁帽に手拭いの田舎のおばちゃんスタイルになったシュリの姿が目に映る。


「おはようシュリ、もう準備が出来ているのか… ん?なんだ?外はまだ暗いな…日が出始めたばかりか…」


 シュリの姿を確認した後に、時間を確認する為に窓の外を眺めると、空が朝日に滲み始めたぐらいでかなり早朝の時間帯だ。


 おそらく、シュリが遠足前症候群で早く目覚めてしまって起こしに来たのだろう。


「農作業は朝日と共に始まり、日が沈むまでするものじゃ、あるじ様もさっさと朝飯くって農作業にいくぞ」


 そう言って、カズオか骨メイドに作らせたのか、シュリは飲み物と、サンドイッチを突き出してくる。


「そうだな、さっさと朝飯食って、時間当たりの耕せる面積を調べないとな」


 俺はシュリから受け取った朝食をモリモリと食べ始める。その後、部屋着から汚れても良い服装に着替えて、移動するための馬を確保するために厩舎へと向かう。


「おう、イチロー殿かっ!」


 朝から元気なケロースがやってくる。


「お前も元気そうだな、スケルトンホースに荷馬車を繋いで準備してもらえるか?」


「あぁ、わかった。今、使える娘は、おぬし等の使っていたアスカとレイしかおらんからな」


「ん? なんでだよ、他のもいっぱい馬はいるだろ?」


 確かにこの厩舎にはスケルトンホース以外に、何匹かの馬の姿がある。というか普通の馬の方が多い。ハニバルから連れ帰った馬2頭もケロースの我儘のせいで牝馬に変える事になったから普通の馬が5頭はいるはずだ。


「あぁ、全員今、私の子を妊娠しておるところだからな、運動はさせられん」


 認めたくはないが、他人から俺の事を見るのは、俺がケロースを見るのと一緒なんだろうなと、今、激しく思う。


「…まぁ、いいとりあえず荷馬車を繋いで用具小屋まで連れて来てくれ」


 俺はケロースにそう告げて、用具小屋に行くと、すでにシュリが今日使う予定の釜や鍬などを準備している。


「あるじ様の分も用意しておいてやったぞ」


 シュリは自慢気に鼻を鳴らす。


「ん? 牛や馬に使って畑を耕す奴ってなかったか?」


 人間が使う鎌と鍬しか表に出ていなかったのでシュリに尋ねる。


「あぁ、前にわらわがドラゴンの姿で使っていたものか、小屋の奥にあるぞ」


「じゃあ、それも出すぞ」


 そこへケロースが荷馬車を持って来たので三人がかりで積み込む。


「じゃあ、行くぞ」


 そして、積み込みの済んだ俺は荷馬車を走らせる。


「あれ? あるじ様、わらわの畑とは方向が逆じゃぞ?」


「あちら側は集落があるから、今後畑を広げにくいんだよ、だから、今日は人手が入ってない反対側に行くんだ」


「だが、あちら側は灌木が生えておるから、開墾から必要じゃぞ?」


 シュリが怪訝な顔をしながら言ってくる。


「その辺りは俺に考えがあるから任せてくれ」


 そして、城から少し離れた原野に辿り着く。


「で、どうするのじゃ?あるじ様」


「では、シュリ、ドラゴンになってくれるか?」


 俺の言葉に、一抹の不安というか嫌な予感を感じたのか、シュリの顔が一瞬で真顔になる。


「なんで、わらわがドラゴンになるのじゃ?」


「まぁまぁ、そんな事を言わずにさっさとドラゴンになってくれ」


 俺がそう言って押し切ると、シュリは怪訝な顔をしながらもドラゴンの姿になる。しかし、カーバルの時もそうだったが、人の姿からドラゴンの姿になる時に服はどうなってんだろ? あれか、子供向けのロボットアニメの合体や変身シーンみたいに、そうはならんやろを言ってはならないのと一緒なのか?


「あるじ様、ご希望通りにドラゴンの姿になったぞ…」


 ドラゴンになったシュリは首を俺の目の前に寄せて言ってくる。


「うむ、ご苦労…では」


 俺はコホンと咳ばらいをしてから、原野に向かって手を伸ばす。


「焼き払え!!」


 俺はとあるアニメでみた姫殿下のようにカッコよく言い放つ。


「は?」


 せっかく俺がカッコよく決めたのにシュリは首を傾げる。


「だから、原野をお前のドラゴンブレスで焼き払うんだよ!」


「わらわの考える農業と違う…」


「どうした! それでもこの世で最も強い種族の末裔か!」


 俺に急かされると、シュリはいやいやながらブレスを吐き始める。


「おぉ~ 燃える燃える! このままこの辺り一面焼き払ってくれ!」


 シュリはムスッとした顔をしながらも、俺の指示通りに原野を焼き払っていく。


「ノリが悪いな〜 もっと、ひゃっはー!灌木は焼却だ!って感じでいけよ」


「あるじ様… 静かにして居れんか?」


 シュリはブレスを止めて、俺を睨んでくる。


「あれ、もう終わりなのか?」


「いや、ドラゴンでも呼吸はするんじゃぞ? 時々、息継ぎが必要じゃ」


 そう言うと、シュリは大きく息を吸い込んで、またブレスを吐き始める。


 今回のブレスは、普通のブレスではなく範囲重視で吐いているようだ。俺も眺めているだけではいけないので、エアカッターの魔法で、灌木を燃やしやすいように細かく切り飛ばしていく。


 そうして、途中に豚の様な悲鳴が聞こえる事があったが、凡そ100メーター四方を焼き尽くしたところで、シュリがギブアップをする。


「どうしたシュリ? もう終わりか?」


「すまぬ、あるじ様、もうブレスの素が尽きた…」


 そう言えば、前に体内に貯めた可燃物を吐いているっていってたな…


「しかし、あれだな…よく伝説とか逸話で、ドラゴンが街一つ国一つを燃やしつくしたってのがあるけど… 100メーター四方って狭くないか?」


「あれは元々燃えやすい木の建造物があるからじゃ、生木を燃やしつくすのと一緒にせんでくれっ!」


「なるほど、了解した。で、明日もまたブレスは吹けるのか?」


 シュリが俺の『明日も』という言葉を聞いて露骨に嫌な顔をする。


「ある程度は吹けるが、今日と同じだけは不可能じゃぞ…」


「なるほど、となると燃やし方を考えないといかんな…」


 今日の燃やし方は、謂わば燃え尽きるまで、対象をバーナーで炙る様なものだ。すぐに土地を使いたいなら良いが、効率が悪い。なので次回は火種だけ付けて回って、ゆっくりと燃やしていけば良いだろう。


「よし! 次は耕していくか!」


 俺は気分を切り替えてそう声を上げた。




 


 


 




  



 

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