第218話 やはりチョロイン

「それにそれはあくまでも消費量なので、栽培するとなるとまた別の計算が必要になりますね」


 紙に穴があく程見つめていると、ディートが付け加えて説明してくる。


「ちなみに…栽培するとなるとどれぐらいの農地が必要なんだ?」


 俺は怖い物見たさのノリでディートに尋ねる。


 がタッ!


 農地の話になって、ようやく自分の出番かとシュリが立ち上がるが、ディートはそんなシュリに気が付かずに、テーブルの上に置かれた本の中から穀物に関して掛かれた本を取り上げてパラパラとページを捲り、必要な記載を見つけるとまた書き写すように安産して、サラサラと計算結果を書き記していく。


 その状況に、シュリが無言の無表情で俺に顔を向けてくる。


 いや、俺を見つめられても仕方ないんだけど…


「計算結果が出ました」


 ディートは計算結果を記していた紙から顔を上げ、紙を俺に渡すのだが、その間、シュリがずっと俺に話しかけられるのを待っているゲームのNPCの様に、無言で視線を向けている。


 マジ、俺を見続けられても困るんだが…


 俺もディートと同じようにシュリに気が付かないふりをして、渡された紙に視線を落とすと、まだ声を掛けられるのではないかと思っているのか、俺に視線を向けたまま水風呂に入る時の様に、ゆっくりと本当にゆっくりとシュリも腰を降ろし始める。


 真剣に悩んでいる時に笑わせにくんなよっ!


 俺は笑いをこらえながらディートの計算結果に目を向ける。


「えっ!? これマジ!?」


「予想平均の値ですから、不作・凶作の事を考えると1.5倍から2倍は作付けした方がよいですね」


 ディートは別の本を読みながら俺の言葉に答える。


「小麦が一食で110グラムで一日三食、それを一年365日で年間120キログラム…それで今の城の人数がザっと30人程か? だから3.6トンの小麦…で、1ヘクタールの土地で取れる小麦の量と大体同じだと…じゃあ小麦だけで2ヘクタールの土地が必要なのか…」


 確か1ヘクタールって1キロメートル平方だったよな… そんなに耕さないといけないのか?


「いや、人間の食べる量だけでそれだけですから、家畜を飼う事を考えるともっと必要ですよ」


「マジで!? ちなみにどれぐらい?」


 俺は計算結果を書いた紙から顔を上げてディートに尋ねる。


「そうですねバターやチーズを含めて人一人が一日1.4リットル分のミルクを消費しますので、今の人数だと乳牛二頭ぐらいが必要です。しかし、子牛が成長してからの事や種付け用の牛も必要なので5頭分を賄うだけの麦わらが必要になります。牛一頭につき1ヘクタールの土地が必要です」


「じゃあ、5ヘクタールの小麦畑が必要だと?…」


 じゃあ何か? 100メーターの幅の小麦畑を0.5キロの距離ぐらいまでの小麦畑がいるのか…


「乳牛用だけでそれだけで、肉食用の家畜も飼うとなると更に必要になりますね」


 そう言ってディートは次の計算結果を書いた紙を渡してくる。


「一日100グラムぐらいの肉を食うなら、一人年間、鶏30羽、豚1頭、牛は16人で一頭… それが30人分になると年間鶏900羽、豚30頭、牛2頭…」


 なんだか餃子の王将みたいな数字になってきた。


「更にそれに必要な飼料が鶏で36t、豚33t…一体どれだけの農地が必要なんだよ…」


 俺は頭を抱え始める。


「イチロー兄さんが仰る必要最低限欲しい食料品の小麦、乳製品、食肉の分量だけでこれだけですね、そこから季節の野菜や、じゃがいも、玉ねぎなどの保存の効く野菜、油を取る為のアブラナやゴマ、茶葉を作る為の茶畑、服を作る為の綿畑など、穀物畑と同等量の畑が必要になりますね」


 ディートの説明を受けて、俺が今までやってきたシミュレーションゲームの食料生産がいかにイージーモードだったかが良く分かった。マインクリエイトだったら10ブロック四方あれば十分だったからな…


 俺がリアルでの食料生産に頭を抱えていると、カローラがシュリに声を掛ける。


「シュリ、なんでプルプルしてるの?」


 その言葉に俺はシュリに視線を向けると、涙目になりながら、まるでゲームで出てくる爆発寸前の爆弾の様に、顔を真っ赤にして頬を膨らませながらプルプルと震えてじっと俺の見ていた。


 やべっ、相談されるのをずっと待っていたのか…


「えっと…シュリ?」


 俺は腫れ物にでも触るような感じでシュリに声を掛ける。


「なんでじゃ…なんで、わらわに聞いてくれんのじゃ…」


 やっべ… マジ拗れてる…


「いやいや、ディートには計算してもらっただけだから、実際の農業をする時には、シュリの知識…農業力が必要だから…なっ」


 必死にシュリを宥めるが、まだプルプルと震えている。


「そうだ!明日、一緒に農業をしよう! 俺が一日ずっと付き合うからそれでいいだろ?」


 自分で言うのもなんだが、機嫌を損ねた謝罪としてデートではなく、一緒に農業ってのが、なんだかおかしくて、シュリを宥めている途中なのに笑いだしそうになる。


 耐えてくれ! 俺の大頬骨筋と口輪筋!


「朝、一度農業した後は、植え付けをする種も一緒に買いに行こう! シュリ、お前の好きな野菜や穀物の種をいくらでもかってやるからさぁ~」


 するとシュリの反応が、爆発寸前の爆弾から、マナーモードのスマホぐらいの震えに変わり、そして震えが止まってほっこり恵比須顔に変わっていく。


「しかたないのぅ~ わらわがちゃんと良い種を選んでやるから楽しみにしておれ」


 カーバルに行くときはかなりてこずったが、ホント、シュリはチョロいんだな… 普通の女の子なら花束で喜ぶけど、シュリなら卯の花でも喜びそうだな…


 背景に花を咲かせたようにご機嫌になったシュリに対して、俺はカーバルで得た報酬とこれから掛かる費用とを考える。実際に自給自足分に必要な物は後で考えるとして、明日の買い物はシュリの機嫌が維持できる分だけ買ってやればよいかと考える。大した金額にはならないだろう。


「では、明日はわらわが農業の何たるかをあるじ様に教えてやるので楽しみにしておれ」


 シュリはドヤ顔でそう言って、胸を叩いたのであった。後にあのような事になるとは知らずに…




 



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