第217話 計画的に食べるのは大変です 

 カミラル王子が帰った後、俺は沈んだ気分と旅の疲れをさっぱりさせる為に、念願だったこの城の風呂に入る事にする。普段であれば、シュリやカローラ、ポチたちを娘と一緒の気分で入るのだが、先程のアソシエにシュリの事で問い詰められた事や、まだ人見知り気味のディートをさすがに他の女と一緒に入れる訳には行かないのと、この城の風呂の入り方のしきたりを教える為に、ディートを誘って、たまには男同士でゆっくりと風呂に浸かる事にした。


 いつものシュリ達と入る騒がしい風呂とは異なり、物静かなディートと入る風呂は、誰にも邪魔されず、自由でなんというか、救われるような…静かで豊かな入浴を楽しむ事ができた。


 そんな愉悦に浸っていた時に、ディートが一言、俺に尋ねてくる。


「イチロー兄さん、僕はこの城で一体何をしていけばいいのでしょうか…」


 カーバルにいた時でもそうであったが、ディートは兎角、走り続けなくては自分の居場所や存在意義がなくなってしまうと思いがちだ。ディートは学園の院生といってもまだ12歳なので、特段何か仕事をしてもらう必要はないと思うのだが、それではディートの心の平穏は訪れないであろう。


 俺は、湯船の淵に預けていた頭を持ち上げて、ディートに向き直る。


「そうだな…本来なら12歳のディートに仕事をしてもらうつもりはなかったんだが… カミラル王子にこの土地の領地経営をしろと言われたからな… その事でお前にはかなり頼る事になると思う」


「ボ、僕に領地経営? 政治的な事は僕もあまり詳しくはないのですが…」


 俺の言った言葉が荷が重すぎたように感じたのか、ディートは少し顔を項垂れる。


「いや、別に政治だけが領地経営に必要なものでもないさ、色々な技術革新なんかも重要な要素だ」


 最近のシミュレーションゲームでは、技術ツリーが重要な要素だからな… ディートではその辺りを全面的にお願いせねばなるまい。


「なるほど…それでしたら、僕の得意分野ですね」


 ディートとそんな会話を風呂場で交わし、その後、城の皆との食事となった。その時に、改めてディートとマリスティーヌの紹介や、カーバルであったことをアソシエたちに報告した。


 食事が終わった後は、食堂の隣の談話室で眠たくなるまで皆が寛いでいたのだが、俺はある事柄を考えてシュリに話しかける。


「シュリ、ちょっと話があるんだが、お前、以前に農業関連の本を買っていたよな?」


「あぁ、以前フェインとマセレタに向かう道中で暇つぶしに買った事をいっておるのじゃな? その後も小遣いを貰った折に買い足しておるが、どうしてじゃ?」


 シュリの奴、あれからまだ買い足していたのか…


「ちょっと調べたい事があってな、少し貸してもらえるか?」


 やはりシミュレーションゲームの基本は、食料自給に尽きるだろう。その為に前知識として農業関連の事は調べておきたい。


「ほほぅ~ あるじ様も農業に興味を持ったのか、待っておるがよい、今持ってくる」


 オタクが推しの本を布教する時の様に、シュリが満面の笑みで、いつしかこの談話室に作ったシュリの本棚から、農業関連の本を抜き出して両手で抱えて持ってくる。


「ほれ、あるじ様、これがそうじゃ」


「こ、こんなに買っていたのか!? す、すまないな…また、後で話を聞くかも知れんがよろしく頼む」


「おぅ! わらわに任せておけ!」


 シュリは鼻息を荒くして答える。そして俺は受け取った本をテーブルの上に本を積み上げて、その中から先ず穀物関係の本を手に取って読み始める。やはり、主食の穀物類の自給自足出来るようにしないとな…


「旦那、食後のお茶をこちらにおいておきますね、本もありやすので零さないように気を付けてくだせい」


 俺が本を読んでいると、また凝りもせずフリルのエプロンをつけて食後のお茶を持ってくる。こんな恰好さえしなければ美味いお茶をいれるのだが…


「そう言えば、カズオ」


「なんでしょう? 旦那、今日のお茶の違いが分かりやしたか? フレーバーを変えてみたんでやすが…」


 瞳をパチパチと瞬きさせながら、年頃の女の子がするようなもじもじする仕草をしてくる。


 あぁ…帰り道は収まっていて安心していたが、またカズオの発作が始まったようだな…


「いや、お茶の事でじゃなく、今後、この領地で食料自給を考えなくはならなくなってな、それで今の人数でどれぐらいの食料が必要なのか調べたいんだが分かるか?」


 俺はカズオのキモイ仕草を華麗にスルーして、ビジネス的に必要な事だけ問い返す。


「そうですね… 今日のメニューだけで考えやすと小麦粉が…」


「ちょっと、待て今書くものを準備するから」


 カズオが今日使ったメニューの材料を口頭で言い始めたので、俺は慌てて書くもの探し始める。


「イチロー兄さん、これでいいですか?」


 そんな俺の姿を見て、ディートが収納魔法でサッと書くものを取り出す。


「ありがてぇ、それだそれだ」


「なんでしたら、僕が書いていきましょうか?」


「気が利くな、頼めるか」


 ディートが頷いて答えると、俺は話を続けるようにとカズオに視線を向ける。


「…が以上でやすね」


 今日のメニューだけではなく、平均的な消費量も調べたかったので、ついでに旅の道中の消費量についてもカズオから聞き出した。


「旅の道中での消費量はこんなものか? タッパなの低い連中ばかりだから平均より少ないって事はないか?」


「いいえ、どちらかと言うと平均よりも多い方でやすね、平均より少ない量なのはディート坊ちゃんとカローラ嬢ぐらいで、後は平均よりもかなり上です」


「確かにシュリも元々ドラゴンだし、マリスティーヌも本を読むとき以外は落ち着きが無くてハムスターの様にカサカサしているからな…良く食っているな」


 実際、マリスティーヌはディートの倍以上で、俺よりも食う時がある。でもそれは殆ど成長に使われずに運動エネルギーに使われているんだよな…


「えっと、カズオさんに言ってもらった内容は書き記しましたけど、これからどうしますか?」


 さすがカーバルの院生だけあって、12歳であってもディートはノートの様に下線を引いてない紙にカズオの言った内容を丁寧に書き記していた。


「そこから、今後の領地改革で自給自足する分の食料量を割り出さないといけないんだが…」


「たまにしか食べない物や、季節物もありますから、主要な穀物類、保存の効く野菜、畜産物で大雑把に分けて計算してみるのはどうでしょう?」


「とりあえず、それで計算してみてもらえるか?」


 俺がそう答えると、ディートは別の紙を取り出して、まるで書き写しでもするようにスラスラと計算を暗算でこなしながら、一人当たりの消費量を書き記している。


「出来ました」


 そう言ってディートはあっという間に計算を終わらせて紙を渡してくる。


「どれどれ…って、一年間にこんなに食うのか!?」


「えぇ、比較的平均的な食生活でもその量ですね、カーバルから道中の食生活ならその倍になりますね」


 それは記された分量から、もうこの時点で頭が痛くなってきた…






 

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