第216話 いきなりゲームが変わるような話なんだが…

「イチローよ、とりあえず楽にしろ」


 俺と二人だけになったカミラル王子が意外な気遣いの言葉をかけてくる。


「先程の当たりの強い尋問は、そろそろティーナが臨月を迎えるというのに、お前が新しい女、しかも年端も行かぬ娘を連れてきたと思われたからだ。勇者メンバーだったあの三人も同じ思いだったはずだ」


 カミラル王子に言われて、俺は指折り数える。ティーナの一件からプリンクリン、ミリーズがマイSONを治しに来てくれて、その後アソシエとネイシュと…この五人は大体同じ時期か… そこからミケの件でフェイン・マセレタ行きで一か月ちょっと、その後のハニバル戦で二か月、で今回のカーバル往復で三か月か…


 こうして数えてみると、本当に臨月ギリギリに帰って来たんだな…俺…


「予定日にはイアピースへ来い、妹のティーナも喜ぶはずだ」


 以前の苦虫を噛みつぶすような顔ではなく、本当に妹を気遣う顔で言ってくる。


「何をおいても駆けつける、安心してくれ」


 俺の言葉にカミラル王子は無言で頷く。


「所で、その辺りの事で色々と聞きたいのだが…」


 俺は馬車でマリスティーヌとした婿入りとか城の所有権の話を思い出して、この際だからカミラル王子に結婚式の事、俺が婿入りするのか、ここはどうなるのか等、聞いてみた。


「ティーナの産後が落ち着いてから予定を立てるので半年後か一年後になる」


「えっ? そんなに先になるのか…」


「当然だ。結婚式に関しては王族だからな、色々準備が掛かる。そこらの村娘のようには行かぬ来賓に案内を出して返事が返ってくる事を考えれば当然だ」


 そうだよな…俺もカーバルに行ってこいするだけの移動で二か月掛かっているからな…しかも、今は戦時下だし…


「で、お前とティーナの立場であるが、お前には近々我がイアピースとウリクリから爵位が与えられて、最終的には伯爵か辺境伯の位になり、ティーナが降嫁するということになる。ティーナは私の可愛い妹であるが、王位の継承権とは別問題だからな」


「えっ? 俺が伯爵って、そんなに急にそこまで上げていいの?」


 いくら何でも一般冒険者から伯爵なんて上げ過ぎだ。


「王族の姫が降嫁するんだぞ? 伯爵でもギリギリぐらいだ。プリンクリン討伐、獣人連合との国交正常化、べアールのハニバル救出、以上の三つを持って、男爵、子爵、伯爵まで上げる事となったのだ… まぁ、丁度タイミングよくお前が三ツ星勇者になったので、他の貴族も黙るとは思うが…かなりの大盤振る舞いだ」


 確かにそう言われるとそうかも知れないな…言わば新人社員が社長令嬢と結婚…まぁ、俺の場合はズッコンバッ婚のデキ婚だが…部長ぐらいにしないと様にならん訳か…


 功績による報酬という意味ではなく、あくまでも格を合わせる為の物であるが…


「それは、ありがとうございます。それで俺は伯爵としてこの領地の領主、この城の城主として立場で、今後も勇者として冒険を続けていけばいいのか?」


「イアピースを中心とした大陸の南東方面はお前のお陰で、安全となった。他の方面はその方面の勇者が平定するだろうし、中央の魔王領に関しては、他の五つ星勇者が中心となって攻略を開始している。だから、冒険はその者たちに任せて、イチロー、お前自身は伯爵として領主として、ティーナの安定した生活の為に、この地の領地経営や貴族としての身の振り方を憶えてもらわねばならん」


「えっ!?ちょっと待て!?」


 確かに大陸のこの方面は安全地帯となり、情勢も人類側に傾いてきているが、勇者の身分の俺が魔族の攻略から身を引いて領地経営しろなんて言われるとは思ってもみなかった。


「いや、いくらなんでも前線から身を引くのはヤバいだろ? まだ戦時下なのに…」


 俺も面倒なのは嫌いであるが、皆が働いているのに自分だけ楽をするような事は好きではない、というか後ろめたく思えて平和な生活が楽しめない。


「まだまだ手柄を立てる事が出来ずに勇者認定すら満足に得ていない者も数多くいるのだ、そこへ三ツ星のお前がその者たちの手柄を奪っていけば、妬まれて、またいらぬ噂を流されるかもしれぬ。ここは一度身を引いて後輩に手柄を譲ってやれ」


「でも、ずぶの素人の俺が領地経営せんでも、ここの城の人数なら豪遊しなければ税収だけでやっていけるだろ?」


 自慢ではないが、俺は事務仕事なんてした事も無いし、会社経営なんてものもした事がない。なので、そういうことが得意な者を雇って、自分は余計な口を出さない方が良いだろう… 決して、やりたくないからではない…


 すると、カミラル王子が眉間に皺を寄せて、また苦虫を噛みつぶしたような顔をし始める。


「ここの成り立ちの事を思い出せ… ここは元々、引退した王族や王族の鼻つまみ者をウリクリへの囮として住まわせるための城だ… 近隣の者に嫌な思いをさせぬ為に、税の徴収で生活させていたのではなく、中央の王家から生活費を出していたのだ… カローラからもこの城の者たちの話は聞いているだろ?」


「確かにカローラからその話は聞いていたが…領地経営も任せられない連中だったのか…」


「そうだ…我がイアピース王家の汚点だ…」


 先程の苦虫を噛みつぶした顔は、その者たちに対するものだったのか。カローラがこの城の者たちを皆殺しにしても王族の敵と鼻息を荒くしないのはその為だったな…


「そう言う事で、この辺りの集落の者には口止め代わりに課税しておらぬ。まぁ、治安維持などの統治もしていなかったがな… だが、今後はお前が領主として治安維持や人心掌握を行い、徴税できるようにしなければならない」


「マジかよ… 今まで徴税していなかった者から納税してもらえるようにしなくてはならないのかよ…レベル高すぎるるだろ…」


 俺は頭を抱えて真剣に悩み始める。今までタダだったものにいきなり来た人間に金を快く支払うものなんていない。それを無理矢理取ろうとしたら、それこそ一揆が起きる。俺が撮られる側だったら絶対にやる。


 真剣に悩み始める俺を見て、カミラル王子がふっと鼻で笑う。


「三ツ星勇者であり、今まで勝手気ままに生きてきたお前でも、さすがにこの状況には悩むか…お前ひとりの事であれば放っておくのだが、可愛い妹のティーナまで食うに困る状況になってはこちらの方が心苦しくなる」


 カミラル王子のその言葉に、頭を抱えていた俺は希望を感じて頭を上げる。


「そんな嬉しそうに期待に満ちた顔で俺を見るな… とりあえず、優秀な文官の何名かを渡してやる。それと徴税がやりにくいなら、この辺りの土地は、ここに住み着いている者が使っているもの以外は全てイチロー、お前の物となる」


「ってことは、俺に農業をしろと?」


「別にお前自身が畑を耕す必要はない。どこぞで農奴でも仕入れて来てやらせればよいし、別の方法で土地を活用しても良い」


 シミュレーションゲームは結構好きで、信長や三国志のみならず、リム世界や畜産物語とかも色々やってきたが、まさかリアルでやっていくことになるとは…


「大体、半年から一年後ぐらいでティーナがここに来ても大丈夫なようにしておけ、わかったな?イチローよ」


 そんな言葉を残して、カミラル王子は城を後にしたのであった。





 

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