第213話 だから、なんでいるんだよっ!
「イチロー様っ! おかえりなさいっ!」
門番をしていたフィッツが息を弾ませながら、俺達の乗る馬車に駆け寄ってくる。
「おう! ようやく帰ってきたぞ、フィッツ! 元気にしていたか?」
「はい! 城の皆さんも良くして頂いてますし、ご飯も美味しいので元気ですっ!」
確かにフィッツの言う通り、以前は食料を満足に食べる事の出来なかった戦地のハニバルにいた時に比べると、カリカリにやせ細った少年の様な姿から、少し女性らしい丸みを帯びたスタイルになっている様に思える。
だが、それだけならいいのだが、少し気になる点もあった。それは少し野性味を帯びている事である… 絶対、アイツの影響だよな…でも、アイツの姿が見えない…
「ところで、自称門番長の姿が見えないようだが… 交代で休憩中なのか?」
俺がフィッツに尋ねると、フィッツは『アハハ…』と苦笑いを浮かべる。
「えっと…門番長のクリスさんは…今、も、森への野外訓練に向かわれてまして…」
その一言で、フィッツがいかにクリスに手を焼いているのかを理解できた。
「また、肉を求めて狩猟に出かけているのか…」
「副次的結果から言えばそうなりますが…」
そういってフィッツはクリスにかなり気を使った言い回しをする。
「そう言えば、俺達の出発前と比べて端正な顔立ちになったが、その野外訓練に参加していたのか?」
フィッツが折角クリスに気を使った発言をしているので、俺もフィッツに気を使った発言で尋ねる。
「え、えぇ…近隣の集落に獣による農業被害が出た時には…」
フィッツは目を泳がせながら答える。これは農業被害が出ていない時も…いや、農業被害とか関係なく連れ回されているな… これ以上尋ねると、フィッツが気の毒なので追及はやめておく。
「そ、それはご苦労だったな… お土産を買ってきたから夕食の時にでも渡すよ」
「ありがとうございますっ! イチロー様!」
満面の笑みで答えるフィッツに俺も笑顔で答えて、正門を潜って中へと進んでいく。
「随分と若い門番さんですね」
自分より少し年上程度の少女が門番をしているのに驚いたのか、ディートが目を丸くして尋ねてくる。
「あぁ、前回のハニバル攻防戦の時にハニバルから拾って来たんだよ、いい娘だろ?」
「拾って来たって…」
ディートが苦笑いをする。
「そう言う事なら、あっしやシュリの姉さん、ポチも拾われた枠になりやすね」
付け加える様に手綱を握るカズオが一言添える。
「イチローさんって、私やディートさんだけでなく、色々な人を拾っているんですね」
話を聞いていたマリスティーヌが笑いながら言ってくる。
「まぁ、城の中には拾ったのではなくて、ちゃんとした冒険者仲間もいるがな」
「へぇ~ そうなんですね」
そんな会話を交わしながら、馬車は城の玄関前へと辿り着く。
「よっと、到着だ!」
俺は御者台からぴゅっと玄関前へと飛び降りる。今回はフィッツがしっかり門番をしていたので、出迎えの骨メイド達が集まっている。自称門番長より仕事出来るな…もう門番長交代でいいのではないだろうか…
「私も、よっとっ! うわぁ! ヤヨイさんの仲間がいっぱいいますねっ!」
マリスティーヌも俺の真似をして御者台から飛び降りる。ディートは普通の手すりを掴みながら階段で降りてくる。
「うわっ! 本当にヤヨイさんのお仲間って、こんなにいたんですね!? それに奥に居られるのは、アルファーさんのお仲間ですか?」
御者台から降りてきたディートは、改めて玄関前のメンツを見て、目を丸くしながら驚きの声を上げる。
「キング・イチロー様! お帰りなさいませ! 蟻族一同、キングのお帰りを心待ちにしておりましたっ! ビシッ!」
奥の蟻族の連中を代表して…うん、あればベータだな…ベータが仰々しい仕草で出迎える。その後ろのVHSやDVD、そして幼体の蟻族一同がベータに合わせて敬礼のポーズを取る。大人蟻族の仕草は仰々しいが、幼体たちの敬礼の仕草はなんだか可愛いな~
「うむ! ご苦労!」
「ベータ、ご苦労様でした、特に変わりはないですか?」
俺がベータたちに労いの言葉をかけていると、馬車の中からアルファーが出て来て、留守中の事態について尋ねる。
「任務、お疲れ様です! アルファー、ハニバルのエイミー様より一つ連絡がありますであります!」
「分かりましたベータ、後ほど伺います」
ベータの変な報告を受け流すと、アルファーは早速荷下ろしの準備を始める。
「シュリ、ちゃんといる?」
荷下ろしに馬車を降りたアルファーの後ろを見てみると、扉の所にポチを抱えたシュリが立っており、その背中に隠れるようにカローラの姿があった。
「大丈夫じゃ、カローラよ、今回はちゃんと骨メイドの皆が迎えに来ておるぞ」
不安げな顔をしてシュリの背中に隠れるカローラに、シュリは肩越しに答える。そして、そんなカローラを置き去りにするようにシュリが馬車の階段を降りていくと、ビクビクと怖気づいているカローラの全身が現れる。
「ほれ、皆おるじゃろ?」
階段を降り切ったところでシュリはカローラに振り返る。
「ホノカもナギサもヒカリも…サキもマイもノゾミも… みんな、ちゃんと私の事を待ってくれていたのねっ!」
カローラは感極まって、馬車から降りて骨メイド達の元へ駆け出して飛び込んでいく。そして、カローラはあっという間に骨メイド達に取り囲まれて、抱き合い始める。
「ホノカ…ナギサ…そうだったのね…そうね…そうね… 私もそうだった…貴方たちのいない人生なんて考えられないわ…」
骨メイド達はカローラのいない間の事を懸命に話しかけて、カローラはそれに答えているようだが、俺には骨メイド達がカクカクコクコクと下顎の骨を動かしているだけにしか見えない。
「感動の再会はいいけど、城の中でやれ城の中で、俺はゆっくり休んで風呂に入りたい」
俺は感動の再会に湧いているカローラ達をほっといて、城の玄関の扉を開け放つ。
「アソシエ~ ミリーズ~ ネイシュ~ 帰ったぞぉ~」
俺はディートとマリスティーヌの俺が城主である事の尊敬の眼差しを背中に受けながら、意気揚々と城の中へと進んでいく。
「よう、イチロー、帰って来たのか、丁度良い、お前に話したい事がある」
「えっ?」
俺はその声と姿に自分の耳と目を疑う。
「なんだ? ハトが豆鉄砲くらったような顔をして」
「な、なんでカミラル王子がここにいるんだよ?」
俺は城主の威厳など綺麗さっぱり忘れ去って狼狽えた。
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