第212話 贔屓でなくずるい
「旦那ぁ~ そろそろ見えて来やしたぜ」
外で御者をするカズオから声が掛かる。
「おう、もうそんな所まで帰って来たのか」
俺は手に持っていたカードをテーブルの上に置いて、ディートとマリスティーヌに目を向ける。
「ディート、マリスティーヌ、俺の城が見えてきたようだ。ちょっと、外に出てみてみるか?」
すると本を読んでいたマリスティーヌは、新しいおもちゃでも見つけたように瞳を輝かせて顔を上げる。
「やっとイチローさんの城まで辿り着いたんですか!? ちょっと見てきます!」
そう言うとマリスティーヌは隣に座っていたディートに本を渡して、御者台に通じる連絡扉にハムスターの様に駆け出していく。
「マリスティーヌは興味を惹かれる事となると、落ち着きがねぇな…」
呆れた顔でマリスティーヌを見送ると、残されたディートに目を向ける。
「ディートも言ってくるか?」
「はい、ちょっと僕も見てきます」
ディートも年相応に興味をそそられたのか、マリスティーヌから返却された本と、自分の読んでいた本を収納魔法で収納して、とことこと連絡扉に歩き出す。
「一応、俺の城について説明するために、俺も行ってくるか」
そう言って腰を浮かせる。
「俺の城って、元々は私の城だったんですけどね…」
「あ?」
カードゲームで負けこんでいるカローラがいじけて愚痴り始めたので威圧で黙らせる。
「いや、カローラ、それを言うと元々はイアピースの王族の物であろう」
そんなカローラにシュリがつっこみを入れる。
「イアピースの王族の物なら、ティーナの夫である俺が正当な所有者でいいだろ? ちょっと、シュリ、ポチを預かってくれ」
俺はそう言いながら、膝の上に抱えていた人化したポチをシュリに手渡す。すると、シュリはいつもならずっとポチを膝の上に載せていた事に『贔屓じゃ』と言い出しそうなのだが、何も言わずにポチを受け取るので俺は少し違和感を感じる。
「どうしたのじゃ? あるじ様よ」
そんな違和感を感じる俺に気が付いたのか、シュリは少し首を傾げながら声を掛けてくる。
「いや、ずっとポチを抱きかかえていたのに、シュリが珍しく『贔屓じゃ』って言い出さないなって思って…」
「あぁ、そう言う事か、なら今の言いたい言葉は『贔屓じゃ』ではなく『ずるい』じゃな」
今度はシュリの言葉に俺の方が首を傾げる。
「なんで『贔屓』ではなく『ずるい』なんだ?」
「それはあるじ様がポチを独り占めしておるからじゃ、人化したポチは、毛並みが細くて柔らかくて、ふわふわしておるから抱き心地がいいのじゃ~」
そういって、シュリは抱きかかえたポチの頭の上に顎を置いてほっこりした顔をする。
「あ~ シュリも人化したポチの心地よさに気が付いてしまったか… ポチの抱き心地の良さは中毒性があるからな~」
「わぅ!」
ポチもシュリに抱きかかえられて嬉しそうに吠える。そんなポチを見ているとまたポチの中毒症状が出てきそうなので、俺は後ろ髪を引かれる思いで、ディートとマリスティーヌに城の自慢をする為に連絡扉に進み、外に出る。
「どうだ?俺の城は?」
外に出た俺は二人に声を掛ける。
「イチロー兄さん、本当に城の城主だったんですねっ!」
ディートが珍しく興奮気味に答える。ディートもやはり男だから城の主と言うのにあこがれるのであろう。
「どうだ? 俺の城はいいだろう?」
戦争用の野暮ったい粗野な城ではなく、隠居した王族の別荘として作られた城である。なので防御重視というよりは装飾重視で建てられており、田舎の辺境にしては荘厳で立派な自慢できる景観の城である。
「本当にあの城がイチローさんの城なんですか?」
「もちろん」
俺はマリスティーヌの問いにドヤ顔で答える。
「という事は、イチローさんはティーナ姫の婿養子になるんですね」
俺はマリスティーヌの想定外の質問に頭を捻る。
「なんで俺が婿養子になる話がでてくるんだ?」
「いや、だって、城の所有権はイアピース王族でしょ? ならイチローさんが婿養子にならないとイチローさんの者にはならないと思って、嫁入りの持参品として城や領地などの話は歴史書を読んでもあまりなかったので」
「そう言えば、そうだよな…俺ってどうなるだっけ? 一応、イアピースから勇者認定は受けているけど、爵位の話はまだだし、ティーナ姫との事も嫁にもらうのか、俺が婿養子になるのか決めてなかったような…」
ここにきて、行き当たりばったりで女に手を出してきて、後の事を全く考えていなかった事に気が付く。童話などの物語では、功績を立てた勇者がお姫様を貰ってハッピーエンドで終わりだが、実際はその後も人生が続いていくからな… 有名なゲームのドラゴン探索では、他の大陸に渡って自分の王国をつくるんだっけ…
「もしかして… ティーナ姫とのこれからの事、何も考えていなかったんですか…?」
ディートが驚いたような呆れたような顔で俺を見る。
「い、いや…魔族との戦闘に忙しくて…」
「カーバルでの学園生活や今までの帰り道とか、時間がありましたよね?」
俺は震え声で答えるが、ディートから速攻で突っ込みが入る。まぁ、俺を心配しての言葉なのでこの突っ込みは謙虚に受け入れよう…
「一人で悩んでも仕方ないですよ、イチローさん、結婚は一人でするものではないですから」
この問題の言い出しっぺのマリスティーヌがフォロー入れてくれる。
「そんな事よりも、この辺りはカーバルに比べてあまり寒く無くて、雪もありませんね~ これならパンツ履かなくてもいいんじゃないでしょうか~」
「いや、履いてくれ、マジ履いてくれ、別の意味でカーバルの時よりややこしい事になるから…」
マリスティーヌがなんでパンツを履きたがらないのか分からないが、マリスティーヌがパンツを履いてないと、アソシエが何を言い出すのか分からないし、アソシエ経由でカミラル王子に伝わるかもしれん… それだけは何としても阻止せねば…
「旦那、そろそろ、正門が見えてきやした」
「おう、そうか」
俺は考え事から頭を上げて、正門に視線を向けると、正門の所で槍を持った少女がこちらに向かって大きく手を振っているのが見える。
「あぁ、フィッツだな、ちゃんと元気に門番をしているようだな」
前回の時は門番代わりの骨メイドが読書に夢中で俺達の事に気が付いていなかったが、フィッツはちゃんと門番をしているようだな。まぁ、自称門番長の姿が見えないがどうでもよい。
見知った人物を見た事で、漸く帰って来た感慨に満たされながら、俺達を載せた馬車は正門へと進み続けた。
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