第209話 さよならカーバル、帰ろう仲間と

「こうして、改めて見ると、最初来た時は何も無いような殺風景な部屋だったんだな…」


 俺は全ての私物を片づけて、新築不動産の内覧会の部屋になったような、さっぱりとしたカーバルでの自室を眺める。一か月ほどの時間であったが、片づけをする前は、色々なものを買い足したり、散らかしたりで、改めて自分たちの居心地の良い居場所になっていた事に気が付く。


「でも、最初来た時と比べて、シュリの壊したテーブルだけは変わってますよね、イチロー様」


「カローラよ… もう、その事は言わんでくれ…」


 カローラのいじりにシュリは恥ずかしそうに顔を伏せる。


「爺さんも別に構わんと言っているから、気にすんなよシュリ」


 そう言って俺は落ち込んでいるシュリの頭に手を置く。


「キング・イチロー様、荷物の搬入は全て終わりました」


 荷物の積み込みをしていたアルファー・カズオ・マリスティーヌが戻ってくる。


「ありがとな、アルファー」


 ここのカーバルに来て買ってやったアルファーの防寒メイド服姿もすっかりと板についていい感じだ。蟻族の連中にはカローラ城の骨メイドのメイド服ではなく、こちらのメイド服を制服にしようかと考えているぐらいだ。


「旦那ぁ! 荷物の搬入の時に久しぶりに馬車の中を見やしたけど、いつの間に改装しやしたんですかい!? 驚きやしたよっ!」


 女体化する前の状態にすっかり戻ったカズオが、新しくなった馬車の内装に目を輝かせて興奮している。


「フフフ、凄かっただろ? 焚き木と魔熱両方使えるコンロと竈にオーブン、新鮮な食べ物を保管できる冷蔵庫、暑さ寒さを物ともしない魔式空調設備… ここでの報酬が良かったからな、業者に頼んで改装してもらってたんだよ」


 そう言って自慢気に語る。


「ここでの便利な魔熱式に慣れてしまってたんで、ここを去るの辛かったんでやすが、馬車にも設置してもらえたのなら、これからも頑張って料理をしていきやすぜ」


 カズオが腕を掲げる。


「私は、ここの図書館の本を読み切れていないので、図書館を持って帰る事が出来れば良かったんですけどね…」


 喜ぶカズオとは正反対に、マリスティーヌはここから離れるのが残念そうに溜息をつく。


「さすがに図書館全部は持って帰れんわな… 爺さんも言っていたが、マリスティーヌ、お前さえ良ければ、ここに残って勉強していても良いんだぞ?」


 マリスティーヌは常識知らずで突飛な行動をする事が多いが、以前の授業中に何度も質問する悪癖を直し、学問に関しては前向きで好奇心旺盛なので、教える側としては、大変可愛げのある生徒だったようだ。だから、爺さんからマリスティーヌが望むなら直弟子にしたいとの申し出もあったのだ。


 そんな話もあったのだが、マリスティーヌは俺の言葉に首を横に振る。


「いいえ、これ以上ご厚意に甘える事は出来ません、働かざる者食うべからずです。私は拾って頂いたイチローさんの為に御恩をお返ししたいですし、それにいくら好きなだけ本が読めると言っても、イチローさんや皆さんのいない状況では居たくないです」


 そう言ってにっこりと微笑む。


 マリスティーヌも一か月程前に偶然に森で拾った人物であるが、すっかり皆と馴染んでいる。特にシュリ・カローラとの三人で文字通り姦しくゲームをやっていたり、お喋りをしたりしている。残念な事は三人とも俺のストライクゾーンから外れている事ぐらいだな…


 そして、もう一匹…いや、もう一人と言った方が良いのか、ストライクゾーンから外れている存在が出来た。


「わぅ! いちろーちゃま!」


「おぉ、ポチか… 元の姿も可愛いが人化した姿も可愛いなぁ~」


 俺は4歳児ぐらいの犬獣人のぬいぐるみの様な姿になったポチを抱き上げて、頭をワシワシと撫でてやる。全体的に青白くて柔らかい巻き毛の紙で人化しててもケモミミと表情よりも良く感情を現す尻尾が滅茶苦茶可愛い


「いちろーちゃま! だいすき!」


 そういってポチも俺の顔をペロペロと舐め始める。


「ポチもあるじ様の気に入る人化が出来る様になってよかったのぅ~」


「マジで良かった…本当に良かった… あのまま知らないおっさんにしか人化出来なかったのなら、俺は首をつっていた所だぞ」


 フェンリルの姿でも人懐こくって人気のあったポチであるが、ぬいぐるみの様なこの姿は皆から可愛がられている。


「旦那の為に、あの時の人化の教官が四方を駆けずり回って、見本となる人物を探し出したそうですぜ…でも、あっしの聞いた噂では…」


 カズオが含みのある言葉を言ってくる。


「なんでも自分の娘を連れてくると、娘が旦那に口説かれてしまうとか、後で娘の姿になったポチを致し始めるとかを想像して、なんとか旦那が手を出さなくて、それでいて納得するような姿の人狼を探し出してきたとか…」


「それマジか… 年頃の女の子だったら、俺は兎も角、ポチの方が迫ってくるのもあるしな… まぁ、確かに見た目はスゲー可愛いけど… なんかやられた気分だわ… とりあえず、この姿で俺にケツを向けるのは止めさせないと、色々とマズいな…」


 まぁ、大きなフェンリルの時と違って、小さい人化の時は抱き上げれば済むからマシであるが… 


「キング・イチロー様、お客様です」


 俺がポチを抱き上げながらカズオと話していると、客人が来ているとアルファーが告げてくる。


「イチローよ、良いか?」


 声の方に視線を向けると、ロリコン爺さんや七賢者、その他大勢で俺の部屋へとやって来ていた。


「あぁ、爺さん達、色々と世話になったな、それでえらい大金まで頂いて」


 俺はポチをカズオに預けて、爺さんに握手の手を差し出す。


「いや、こちらこそ悪魔の倒してもらったどころか、大事な生徒の命まで救ってもらったからな、そのお礼じゃよ」


 そう言って爺さんは穏やかな顔で俺の手を握り返し握手を交わす。


「わしもカローラちゃんとの日々を過ごさせてもらったからの」

「人化したポチちゃんのペロペロしてもらったわ」

「私はイチロー殿から融通してもらったアルファーのアレは家宝にするぞ」

「カズオちゃんもまた学園にいらっしゃい♪ また、男の子を融通してあげるわよ」

「ここの部屋の家具は、後でわしが貰うから」

「残念なのはマリスティーヌちゃんと二人でノーパンできなかった事が残念じゃ」


 七賢者の爺さん婆さん達も笑顔で不穏な事を言いながら握手を交わしてくる。ほんとブレないな…この老人たち…


「まぁ、俺の仲間が爺さんたちの趣味にばっちりの存在だったとしても、俺達を学園で自由にさせてくれたり、高額な報酬をくれたり、まだ審査は終わっていないようなヒントまで与えてくれただろ? どうしてそこまで俺を優遇してくれたんだ?」


 お気楽極楽に見える爺さん達であるが、それは趣味の範囲で、実際には知識・技術レベルではこの大陸一であり、政治的な判断も、こんな何も資源の無い国で諸外国と同等以上の関係を作り出す曲者揃いである。だから、馬鹿の様に見えるが本当の姿は、気分を損ねただけで人一人を簡単に消す事の出来る権力の持ち主なのである。


 俺はここ一か月の付き合いの中で、なんとなく爺さんたちの本当の姿を感じる事が出来たのだ。


「それはのう… お主がなんだかわしらの若い時に似ていたからじゃ」


 爺さんは少し気恥ずかしそうな、しかし、含みの無い笑顔を作る。


「俺が爺さんたちの若い時に似てる?」


「あぁ、わしらも、趣味的な事もあるが、他の事で言動が突飛な事が多かったからのぅ… 異端としてこの地に追放された… お主も突飛な言動で人の社会から追放されかけて、この地にやってきた… それが若い時のわし等の姿とダブって見えたんじゃ」


 爺さんが穏やかな口調でそう語ると、他の爺さんたちも同意するように相槌を打つ。ここで初めて聞くが、俺は人の社会から追放されかかっていたのか…


「だからのう、手助けしたやりたくなったんじゃよ、イチローよ」


 そう言って爺さんは俺の背中をパンパンと軽く叩く。


「なんだか色々とすまねぇな爺さん…ありがとよ」


 俺は素直に礼を述べる。


「ははは、お主の口から素直に礼の言葉が出てくるとはのぅ! その心持なら今後も大丈夫じゃ!」


 爺さんは笑い声を上げて、更に背中をバンバンと叩く。


「それと、礼の事なら、お主に礼を言いたい人物がおるぞ」


 そう言って爺さんが部屋の入口に視線を向けると、そこにはあの王女と取り巻きの五人の令嬢達の姿があった。あのリドリティス王女はかつての高慢な生意気な態度ではなく、縮こまってしおらしい態度である。


「アシヤ先生… 以前は先生の事を野良犬などと無礼で傲慢な言動を取ってしまった上に、この様な不遜の雌犬の身を危険を顧みずお助けいただいた事、誠に申し訳なく、また有難く感じ入っております」


 そう言って俺に深々と頭を下げる。


「あるじ様…今、あのおなご、自身の事を雌犬と申しておったが…」


 シュリが王女の言葉に疑問の声を上げると、王女はポッと頬を染める。


「あっ! あの反応!! あるじ様! 致してしもたのかっ!?」


「良いだろう…シュリ… 今回の場合は別に国際問題にはならないから…」


 目を尖らせて追及してくるシュリに、俺は作り笑いで誤魔化そうとする。実際問題として、あの化け物から助け出した後、身体を直しても、狂信者の様な事を言い出して騒いでいたから、プリンクリンや蟻族エイミーの時のように致したら大人しくなるのではないかと思って試してみただけなんだから… まぁ、本当に大人しくなったんだけどな…


「まぁよい…そう言う事なら、今回だけは見逃してやるのじゃ…」


 普段ならオカンの様に怒りだすシュリがあるが、今回は珍しくデレた。今頃、俺の白骨馬の王子様作戦が効いてきたのか?


「リドリティス王女の事については、魔族に操られたという事で、今回の件は特に処分をせぬことになった。まぁ、それでも人の目があるから、それを払拭するのは今後の努力であるがな…」


 リドリティス王女について爺さんが補足説明する。王女に関しては本来なら処断されてもおかしくない話だが、命拾いしたし、爺さん側も王女の国に対して貸しを作ることができたからwin-winって事か…


「じゃあ、そろそろ、俺達は出発するわ」


 大体の話が済んだ所で俺はそう告げる。


「そうか、では門の所までじゃが見送るぞ」


 そうして、俺達は馬車の所へと向かい、見送りを受ける為、俺は御者台に座る。


「じゃあ、爺さん達、達者でな!」


 俺は御者台の上で爺さんたちに手を上げる。


「あぁ! 元気にしておるから、いつでも遊びに来ると良い! お主やお主の仲間なら、いつでも大歓迎じゃ!」


 爺さんたちも俺達に向けて大きく手を振って返す。


「では、いくぞ!」


 俺はスケルトンホースに手綱をうって、馬車はゆっくりと動き出す。今まで俺達が住んでいた官舎の門で、爺さんたちが手を振る姿が小さくなっていくのを眺めながら、俺は時折、振り返って手を振りながら馬車を走らせた。


 そして、曲がり角を曲がって爺さんたちの姿が見えなくなったところで、御者台で一緒に手を振っていたカズオが声をかけてくる。


「旦那、そろそろいいですぜ。旦那は中へ入ってくだせい」


「ん、すまないなカズオ」


 俺は手綱をカズオに渡すと、連絡扉を潜って馬車の中へと進んでいく。


「よいっしょっと」


 そして、どっかりとソファーに腰を降ろす。


「あ、あの…アシヤ先生…」


 俺が腰を降ろしたソファーの向かいにこじんまりと腰を降ろす人物が恐る恐る俺に声をかけてくる。


「なんだ、そんなに縮こまんなよディート」


 俺は目の前の借りてきた猫の様に小さくなっている人物に親しく声を掛ける。


「で、でも…アシヤ先生…僕は…」


 そう言ってディートは視線を落とす。


 ディートの存在はあの事件で死亡した扱いとなっている。それはやはり収納魔法の問題である。今回の魔界事件でもそうなのだが、収納魔法であのような物を持ち込まれてテロ行為をされたり、窃盗に使われたり、戦争の兵隊に使われたりと、悪用や技術独占に走るものが必ず現れ、そのままの状態ではディートが誘拐される恐れが非常に高いと判断されたのだ。


 だがら、ディートを死んだことにして、その技術は失われた物とされたのだ。


 しかし、実際にはディートは生きているので、その身柄をどうするか話し合われた時、爺さんは俺にディートの身柄を預けたいと言って来たのだ。正直、俺なんかで良いのかと思ったし、まるで犬猫の様に預けられるディートの事を思うと気の毒だとも思った。


 だが、亡命先として俺の所を選んだのがディート自身であると聞かされて俺は驚いた。更に、爺さんたちも俺の所なら大丈夫だと納得したらしい。


 そんな訳で、俺達がカーバルを離れる日にひっそりと馬車の中にディートを潜ませたわけである。


 ディートは自分で俺の所が良いと言い出したものの、自身が狙われる事で俺に迷惑を掛けるのではないかと恐れているのだ。


「こちとら、今まであの会場に現れたような化け物と戦う勇者パーティーだぞ? 今更、それぐらいの事でビビるかよ… それよりもディート、お前、アシヤ先生ってのは止めろ… もう俺は教師でもないし、実は先生って呼ばれるの、なんだか煽てられているみたいで、こそばゆい感じだったんだよ…」


 実際、ディートをさらう連中が来たとしても返り討ちどころか、逆に捕えて身代金でも要求するつもりだ。なんせ、シュリやカローラは言わずもがな、アソシエやミリーズ、ネイシュもいるからな、どこぞの国で囲われるより安心だ。


「で、では…なんとお呼びすればいいのでしょう?」


 ディートは恐る恐る上目遣いで聞いてくる。


「そうだな…お前はもう、俺達の仲間だし、家族みたいなものだから… 俺の弟分みたいな感じだな、だから…イチロー兄ちゃんでもイチロー兄でもなんでもいいぞ」


「えっ!?」


 俺の言葉にディートは顔を上げて目を見開く。


「俺の弟って事にしておけば、お前に危害を加えてくる奴なんていないだろ、それに俺自身、前から弟が欲しかったしな」


「って事は、私にとっても弟ですね、ディート、ほらカローラお姉ちゃんって言ってみて」


 俺たちの会話を横で聞いていたカローラが早速、先輩…いや姉風を吹かせる。


「いや、カローラ、お前はディートより身長が高くなってから言えよ」


「わらわは兄弟と言うものが良く分からんから、今まで通り、名前で呼ばせて貰うぞ、ディートよ」


 シュリが俺の隣に座りながらディートに声を掛ける。


「私はキング・イチロー様の配下の者なので、ディート様と呼ばせて頂きますね」


「(コクコク)」


 アルファーとヤヨイが飲み物を運びながらディートに声を掛ける。


「私は同級生みたいなものですから、今まで通りディートさんって呼ばせてもらいますね」


 マリスティーヌがかつ丼の準備をしながらディートに声を掛ける。


「でぃーとちゃん! なかま! なかま!」


 人化したポチがぴょんぴょんと跳ねながら声を上げる。


「あっしはディートの坊ちゃんって呼ばせてもらいやすぜ!」


 外まで聞こえていたのか、外のカズオまで声を上げてくる。


「どうだ? ディート」


 俺はディートの顔を覗き込むように見る。


「あっその…えっと…」


 皆に一斉に声を掛けられて困惑していたディートであったが、すぅ~っと息を吸い、自身を落ち着かせから、俺を直視する。


「お、お願いしますっ! イチロー…兄さん…」


 ディートははにかみながらそう答えたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


とりあえず第四章学園編は今回で最終回です。

暫くしてから第五章を再開します   


 




 


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