第206話 勇者イチロー
「そのおなごは既にこの化け物に取り込まれておるのじゃろ!? さっさと止めをさしてくれ! あるじ様! そんな長くは押さえてられんっ!!」
化け物の両腕を踏みつけ、頭を必死に押さえているシュリが、すぐに止めを刺す様に促してくる。
「いや…そうはいってもな…」
俺はあの女に視線を移す。
「野良…い、いやア、アシヤ先生… わ…私を…」
化け物の胸元から、まるで俺に見せつけるように姿を現したあの王女は、化け物が俺を騙す為に作り上げた偽物ではなく、俺の事を野良犬と言いかけたその言動から、本物っぽいんだよな…
「イチロー!! おなごとはどういう事じゃ! リドリティス王女が生きておるのか!?」
シュリの言葉が外で障壁を貼っている爺さんの耳に入ったらしく、リドリティス王女の安否を尋ねてくる。
「あぁ! この化け物の胸元に取り込まれている!!」
爺さんはこの学園の最高責任者だ。なのでリドリティス王女が生死に関しては最終的に爺さんの責任になる。その爺さんに対して嘘は付けない。
「そうか…出来れば…出来ればでいいのじゃが… 救い出して欲しい… だが、救えなかった時はわしが責任をとるから安心せい…」
爺さんは俺に強制でも命令でもなく、お願いをしてきた。それはリドリティス王女を救出する余裕が無い事を分かった上で、立場上、見捨てても良いとは言えないからだ。その上で、判断は俺に任せて、責任は自分が取ると言って見せた。
俺は不安に脅えるリドリティス王女の顔を見る。俺がこの女を助けるかどうか悩んでいるのは、別にウザ絡みをされたのが理由ではない。正直、助け出せるかどうかが自信がないのだ。
実際に先程の足首を切り飛ばすのでも、結構ギリギリであったが、胸元から人一人を切り出すとなるとレベルが高すぎる… 人質に気づかってもたもたやっていたら、再生速度が上回って、一生かかっても終わらない。
かと言って、手足を犠牲にして助け出す方法もあるにはあるが…この女には気の毒だな… と言ってもあまり時間をかけていられない…
俺は剣を握り直して覚悟を決める。
「ひぃっ!」
その俺の姿に人質の女が皿の様に目を大きく見開き、小さな悲鳴を上げる。
「イチローさん! ちょっと! 待って下さい!!」
今度はマリスティーヌの声が俺を呼び止める。
「なんだ! マリスティーヌ!!」
俺はマリスティーヌに目を向ける。
「後もうちょっとで、障壁内の魔圧を上げて、魔界の魔素がこちらに吹き込んでくることを押さえる事が出来ます!! 魔素量さえ少なくなれば、その敵の回復量も落ちるはずです!!」
「イチロー様! 残った魔素は私が吸い取りますので!!」
マリスティーヌとカローラが俺に手を振りながら伝えてくる。
「よし! イチロー!! いいぞ!! こちらも魔圧をあげる準備ができたぞ!!」
爺さんの声に爺さんたちの姿を見てみると、爺さん達に派手なロープが結ばれて、そのロープに学園の生徒達がまるで運動会の綱引きの様に集まって、ロープを通して爺さんたちに魔力を送っている。
「やってくれ!! 爺さん!!!」
俺が爺さんにそう告げると、障壁内のこの空間の魔圧が一気に上がる。それに伴い、こちらの世界に流れてくる魔界の魔素の流入が納まっていく。そして、流入が止まって、この空間に残っている魔素は、障壁を通してカローラが吸い取っていく。
「よっしゃ!! これで再生するための魔素はほぼ無くなった!!」
俺は再び剣を構える。
「じゃあ、今から助け出してやるから、目を瞑ってろ!!」
胸元に張り付いているリドリティス王女がぎゅっと目を閉じる。
魔素に浸食されない為に、今まで使っていたシールド魔法を解き、その分の魔力を使って…
「もう一回行くぞ! 心肺機能超強化!! 筋速度超強化!!! 行くぜ!! スーパースラッシュラッシュ!!! これが俺のSSRだぁぁ!!」
リドリティス王女に当たらないように気を使いながら、俺は猛烈な速度で化け物の胸元を切り刻み、また肉を削いでいく。
「あるじ様!! はやく頼む!! こやつが暴れ始めた!!」
化け物を押さえつけるシュリが懇願してくる。
「分かった!!!シュリ!! うぉぉぉぉぉ!!! ギアアップ!!! 行くぜ!!! ウルトラモードォォォォ!!!!」
現状でも結構辛い状況だが、ここで遣り切ってしまわないと、もうこの女を助け出す事は出来ない! 今が踏ん張りどころだ!!
ザンッ!!!!!
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!! 切り離したぁぁぁぁぁ!!!」
俺はすぐさまリドリティス王女の手をとって化け物の胸から引きはがす!
そして、すぐその後ろに、魔界の魔素の流入口であり、また奴の命でもある心臓が見える!!
「この化け物がぁぁぁぁぁ!!! 死にやがれぇぇぇぇ!!!!」
俺は更にギアアップして化け物の心臓を切り刻む!!! そして、みじん切り状態になった奴の心臓が宙に舞う。
「シュリィィィ!!! 今だ!!! こいつの心臓をお前のブレスで消し炭にしてやれ!!!!」
「あい!!! あるじ様ぁぁ!!!!」
俺が女を抱えて化け物の胸元から飛びのくと同時に、シュリのドラゴンブレスが化け物の風穴に注ぎ込まれる!!
いくら魔界の悪魔・化け物だとしても、心臓をみじん切りにされた上に、シルバードラゴンのブレスで焼かれては、再生もできない。
化け物は悲鳴を上げることなく、そのまま事切れて、魔界の魔素の流入口と化していた心臓も消え去った事で、魔素の流入も収まる。
「終わった…様だな…」
ピクリとも動かなくなった化け物の身体をみてそう呟く。
「イチローが魔界の悪魔を倒したぞぉぉぉ!!!!」
ロリコン爺さんが雄叫びの様な声を上げ、シールド魔法を解いて俺に駆け寄ってくる。
「アシヤ先生が… 悪魔を倒したって!!!」
「すごい!!」
「さすが!勇者だ! 勇者アシヤ・イチローだ!!」
爺さんたちに魔力供給するために集まっていた生徒達が次々と声を上げる。
「ほれ! イチローよ! みなに勝鬨をあげるのじゃ!!」
爺さんが俺の腕を掴んで、会場の生徒達に向かって掲げさせる。
「魔界の悪魔を撃退したぞぉぉぉぉ!!! イチローの勝利!!! 我らの勝利じゃ!!!
皆、勝鬨をあげろぉぉぉぉ!!!!」
会場には皆の勝鬨の声が響き渡った。
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