第203話 戦闘準備

 シールド魔法で隔離された空間内部に、巨大な拳が見えたかと思うと、次は巨大な顔が現れて、ギョロリとこちらを覗き込む。全体的に表情筋が盛り上がり、大きな口からは牙が突き出ており、正しく悪魔の顔である。その大きさはドラゴンとなったシュリと同じぐらいの大きさはあるかもしれない…


 その悪魔は障壁の存在と、その障壁の外に俺達、人間の存在を認めると、再び巨大な拳を振り上げて、シールド魔法の障壁を叩きつけ始める。


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


「爺さん!! 先程の障壁内の魔圧を高める事で、この悪魔の元の世界に戻るのか!?」


 俺は緊迫する事態に、爺さんに尋ねる。


「まさか! 魔素は押し戻す事は出来ても、こちら側に受肉してしまった悪魔まで押し戻すのは無理じゃ!!!」


 爺さんはダラダラと脂汗を流しながら答える。


「って事は… いづれにしろ、中の化け物を倒さねぇ事には事態は収拾しねぇって事だな…」


 俺も現状況の厳しさに、拳を握り固めながら、会場側に振り返る。


「おい!! お前らいるか!!!」


 会場にいるはずの仲間たちに呼びかける。


「なんじゃ! あるじ様!!」

「わう!!」

「はい! キング・イチロー様!!」


 即座にシュリ、ポチ、アルファーが答える。流石は仲間の中でも武闘派だ。反応が良い。


「シュリ、ポチはすぐさま自室に戻って、俺の装備をとってこい!!!」


「わかったのじゃ!、 行くぞ!ポチ!」


「わぅ!」


 シュリはすぐさまポチに跨り、駆け出していく。


「アルファーはこちらに来て、俺の準備が整うまでに、中の化け物が出て来た時は足止めをしておいてくれ!!」


「了解です!! キング・イチロー様!!」


 アルファーはステージに向かって飛び上がり、空中でくるりと一回転した後、華麗に着地する。


 さて…残りのカローラ、カズオ、マリスティーヌはどうしたものか…


「イチロー様!」


 カローラが小さな手を上げてアピールしてくる。


「なんだ? カローラ」


「ヴァンパイアの固有能力の闇の霧に仕組みが酷似しておりますので、魔素に関しては私がいた方が良いと思いますが、どうですか?」


 カローラの提案に少し考え込む。爺さんたちのシールド魔法が魔界の魔素に浸食されていた。カローラが闇の霧で魔素をコントロールできると言っても、魔素に浸食される恐れはないのであろうか?


「イチローさん、カローラさんが魔素によって浸食されることを警戒されているのですか?」


 カローラの提案に悩んで考え込んでいる所に、マリスティーヌが言葉をかけてくる。


「あぁ、その通りだ、カローラまで浸食されちまったらどうしようもねぇからな…しかし、よくその事が分かったな」


「いや、これでも学園で授業を受けておりますので… それよりも、学園長たちが行っているシールド魔法のように波長をコントロールする事が出来れば、魔素による浸食は押さえられると思いますが…」


 俺が最初に頭の中でイメージしていたのは、色がついた水の例えだった。例えばカローラが白の水だとして、魔界の魔素が黒の水だとする。


 最初の内は少し灰色になる程度でおさえられるであろうが、本来持つカローラの水の容量より、圧倒的に魔素の黒水の方が多ければ、カローラが黒に染め上げられると考えていたからだ。


 だが、この考え方を色が付いているのは絵具に寄る物ではなく、光の波長と考えれば、カローラが浸食されないように、魔界の魔素を取り込むときに、カローラ本来の波長に変えてやれば、カローラ事態の自己同一性を保てるかもしれない。


「でも、そんな事をできるのか?」


 俺はマリスティーヌに問い返す。事件が起きる前にカローラの言っていた話が気になってあまり危ない事はさせたくない。


「理論的には可能です! でも、実際にやって見ないと分かりませんっ!」


 マリスティーヌは正直に答える。


「わかった二人で準備だけしておいてくれ…」


 あまり期待はしていないが、一応万が一の事を考えて準備だけはさせておく。


「あるじさぁまぁ~!! 持ってきたぞぉぉ~~!!」


「わぅ!」


 そこへ、自室に装備を取りに行かせたシュリとポチが戻ってくる。


「おう! サンキューな! シュリ!」


 俺はポチから降りていたシュリから荷物を受け取ると、早速、装備を整えていく。


「あるじ様… あの障壁の中の者と戦うのか!?」


 シュリがいつになく真剣な表情で尋ねてくる。


「あぁ、恐らくな… あの黒い霧の様な魔素を、魔界に押し返す事は出来ても、あの悪魔を戻す事は出来ないようだ… だから、場合によっちゃ倒さないとならない」


「それならわらわも! わらわもあるじ様と一緒に戦うぞ!」


 シュリは決意を秘めた瞳で口にする。


「おう、シュリ、お前の事は当てにしてるぞ、いつでもドラゴンの姿に戻れる準備をしておいてくれ!」


 そう言って、装備を整え終わった俺は、立ち上がってシュリの頭を撫でてやる。


「任せておれ! あるじ様よ!」


 シュリは力強く答える。そのシュリの言葉を確認すると俺は爺さんたちに向き直る。


「おい! 爺さん! そっちの様子はどうだ!」


「あまり…いや非常に良くない… 魔素だけなら何とかなったのじゃが… 中の悪魔の奴が暴れておるでのぅ…あまり持ちそうではない…」


 珍しく爺さんが弱音をはく。


「わかった! 俺が中の化け物を何とかする! 爺さんは一度シールド魔法を解いて、俺とシュリ、そして化け物が戦い易い、大きさのシールド魔法を掛けなおして貰えるか!?」


 俺の言葉に爺さんは俺に向き直り、目を見開く。


「…お主…中のアレと戦うのか!?」


「あぁ… そもそもそういう化け物との戦いが俺の本業だ、講師なんて副業でしかねぇよ… それに俺はこれでもイアピースとウリクリが認める認定勇者なんだぜ?」


 俺はそう言いながら、腰の愛剣を抜き放ち、決めポーズを取る。


「そうじゃったの…お主は疑いをかけられておったが、認定勇者じゃったの… という事なら… ちと腰が痛んできたが、わしももうひと踏ん張りするかのう!!」


 押され気味で、疲労を滲ませていた爺さんの顔に、再び闘志が燃え上がる。


 爺さんのその言葉に、俺は自分とシュリに筋力強化や心肺機能強化魔法などのバフ魔法を重ね掛けしていき、息を整える。


「俺の方は準備は終わっている! 爺さんの方の準備が整ったら合図をしてくれ!」


 俺はステージの上で、悪魔の姿を見渡せる位置で剣を構えて、シュリも俺の後ろで身構える。


「分かった!! 皆もの! 聞いたか!! これよりあの化け物をイチローが討伐してくれるそうじゃ!」


 爺さんが皆の顔を見回して声を掛ける。皆、辛そうな顔をしているが、闘志を燃やした瞳で頷いて答える。


「では、1・2・3の合図で一度シールド魔法を解いた後、ステージ全体を再びシールド魔法をで覆うぞ!!」


「「「おう!!!」」」


 爺さんの声に皆が力強い返答をする。


「ではいくぞ!! 1! 2の! 3!!!! 今じゃ!!!」


 爺さんたちがシールド魔法を解き、中の魔界の魔素が溢れだす!!!


「いけ!!! イチローよ!! お主の出番じゃ!!!!」


「いくぜ!!!!!!」


 俺は剣を構えて、魔素の中に飛び込んだ。

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