第202話 魔素災害

 どす黒い霧状の魔界の魔素は、あっという間にその原因となった王女を包み込み全く姿が見えなくなってしまう。それどころか、まるで汽車か昔の蒸気船の煙突の様に天に向かって、どす黒い霧を吹き出しながら、先程の光の柱と同じように広がっている。


「マズい!!! あれはヤバいぞっ!!!」


 本能的にヤバさを感じた俺は、ディートを後ろに下がらせて身構える。


「いかぁぁん!!! アレはいかんぞぉぉぉぉ!!! このままでは魔界が現世に顕現する!!!」


「このままではカーバルが!!! 生徒達が魔界に呑み込まれる!!!」


 爺さんたちも椅子を蹴って立ち上がり、魔界の魔素を吹き出したあの王女に向かって身構える。


「会場の皆さぁぁぁん!!!! 緊急事態が発生いたしました!!! すぐさまこの場所から非難してくださぁぁぁい!!!」


 さすが爺さんの部下の司会、素早く事態を読み取り、生徒達に避難を促す。


「とりあえずは、わし等であれを押しとどめるぞ!! 皆の者! 準備はよいな!?」


「任せておけ!」

「ここはわしらの楽園じゃ!」

「再びここを建てるような同じ苦労はしたくはない!」

「好みの生徒がおるからのぅ~」

「私も、まだまだガチムチを堪能しておりませんわ!」

「ケモナーもな!」


 爺さんたちがまるで事前に打ち合わせをしていたように、魔素の発生源を等間隔で取り囲み、シールド魔法を発生させて、魔素の浸食がこれ以上広がるのを食い止めようとする。


「流石! 亀の甲より年の功だな! あっという間に抑え込みやがった!!」


 最初会った時から、ただ者ではないと気が付いていたが、これ程に緊急の事態に即座に対応して、あの暴力的に吹き出す魔界の魔素を封じ込めるだけの力を持っているとは思わなかった。


「あっでも、あれを見て下さい!」


 ディートが声を上げて指差す。


「学園長たちのシールド魔法までもが浸食され始めてます!! このままでは持ちませんっ!」


 学園長たちが施しているシールド魔法はただの物理的な障壁のシールド魔法ではなく、魔法的な作用も遮断する高等なシールド魔法であるが、そのシールド魔法までも、壁のひびから黒い水がしみ出す様に浸食され始めている。


「くぅぅ!!! わしらのシールドが浸食され始めておる!!! 波長をランダムに変えて、尚且つ両隣の者と、波長を融合させて浸食を遅らせるぞ!!!」


 代表のロリコン爺さんが皆に声を飛ばす!


「無茶言うわい!!」

「年寄の身体には堪える!!」


 爺さんたちは少し苦悶の表情を浮かべるが、即座に対応して浸食速度が遅くなる。


「ちょっと、これは黙って見ている訳にもいかんな…ディート! 気を付けながら付いて来い!」


 俺はディートに声をかけると爺さんたちの元へと駆けていく。


「おい! 爺さん! 大丈夫か!?」


「おぅ、イチローか…」


 爺さんは眉間に深い皺を刻み魔法を継続させながら、チラリと俺を見て答える。


「なんか俺に手伝えることはあるか!? 俺もシールド魔法で手伝おうか?」


 緊急事態であるが、爺さんたちが息を合わせてシールド魔法で封じ込めているので、いきなり魔法を使わず、指示を求める為に俺も手助けを申し出る。


「いや…この場はわしらだけでなんとか押しとどめておる!! だが、未だ解決方法が見つかっておらん状態でお主まで、魔力を使わせるわけにはいかん!」


 爺さんがそう答えると、他の七賢者の爺さんたちも目で頷く。


「分かった! で、解決方法の糸口は何か掴んだのかよ?」


 俺が尋ねると、爺さんは少し項垂れて険しい顔をする。


「前…ずっと前に見た時には… 魔界と繋ぐ魔道具が壊れると共に、魔界からの魔素の浸食はとまったのじゃが… 今回の件は未だ噴き出しておる… この魔素の濃さではその魔道具が壊れおるのか、そうでないのかも分らん状態じゃ…」


「確かに…強引に魔界の魔素を引き出す魔道具なら、壊れたら普通止まるわな… でも、止まらないという事は… どうなんだ? 壊れていないのか、それとも別の方法の物なのか…」


 爺さんの言葉に俺も考察しながら答える。そもそも魔界の魔素が溢れだすって…魔界とは魔力に似た魔素に満たされた世界なのか?


「ちょっと、いいですか?」


 俺が頭を捻っていると、俺の後ろに控えていたディートが手を上げる。


「なんじゃ! ディートフリード! お主、まだこんな所にいたのか、早う逃げい!」


「いえ! 僕もこのカーバルの生徒です! この学園を守る為にお力になりたいのです! まぁ、浅はかな考えを提案するすべしかありませんが…」


 ディートの決意に満ちた瞳に、爺さんは開きかけた口をぐっと閉める。


「で、何か提案があるのじゃな? ディートフリードよ!」


「あっ、はい! 魔界の魔素が溢れる前にリドリティス王女が使っていた魔法が、解決に繋がると思うんです!」


 ディートが自身に満ちた瞳で答える。


「あの娘が使っておった、天候・気候魔法が…? どういう事じゃ! 説明してみぃ!」


「はい! 天候の変化とは気温も大いに影響しますが、気圧も影響します!! そして、気圧の差は空気の流れ… つまり風を起こします!」


 ディートは爺さんに向かって熱弁する。


「気圧の差…そうか!! 魔界の魔素がこちらに流れてくるのは、気圧ではなく、魔素量…つまり魔圧の差で流れてくるということか!!」


「そうです!! だから、こちらの魔圧を高めれば、魔素の流入を押さえる事ができるはずです!!」


 なるほど、こちらの側の圧力を高めて魔界の魔素を押し返すって事か…


「じゃあ、俺も加わって、魔力を注ぎ込めばよいか?」


「いや、お主の申し出は有難いが、お主一人だけでは絶対量が足りん! おいお前!」


 爺さんは俺の申し出をサラリと流して、後ろにいた司会に声を飛ばす。


「はい! 学園長!」


「お主は、わしの研究倉庫にある魔力伝達ロープを持ってこい! 全部じゃ! それをわし等に繋ぎ、学園の生徒全員の魔力を注ぎ込んで魔界の魔素を押し返すぞ!!」


「はい! 分かりました! 学園長!! そこの五人! 俺に続け! お前たちは危険が及ばない場所で生徒達を集めて準備しておけ!」


 骨付きあばら肉の買出しをさせられていた爺さんの部下だが、思った以上に有能そうに指示を飛ばしていく。爺さん、こんな奴にパシリなんてさせるなよ…人材が勿体ない…


「なるほど、ここの生徒は魔力持ちの貴族が多いからそれを使って魔圧を高めて、魔界の魔素を押し戻そうって考えか」


「そうじゃ! 母校の危機を救う為じゃ、魔力ぐらい惜しくは無かろうて…」


 爺さんがそう言い終わった時…



 ガンッ!!!



 何かを叩きつけるような轟音が鳴り響く。


「なんじゃ!?」


「一体、なんの音だ!?」


 突然、響く轟音に皆が辺りを見回す。


 ガンッ! ガンッ! ガンッ!


「みなさん! あ、あれ!!」


 ディートが驚愕して見開いた目で、ある一点を指差す。


「なっ!?」


「おいおい! うそだろ!?」


 シールド魔法で包まれた魔界の魔素の発生源の中から、シールド魔法の衝撃を叩きつける巨大な拳が見えた。


「ま、まさか… 正真正銘の魔族… 魔界の悪魔までがこちらの世界に出てきたというのか!!」


 爺さんの驚愕の声が響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る