第200話 便利そうに見えて実は危険
「ディートはまだ出てこないのか?」
俺は焼きトウモロコシを齧りながら呟く。残念ながら醤油味ではなく、バターと塩のみの味付けだ。まぁこれはこれで美味しいが…
「では、次に48番!」
司会がそう告げると、ステージの端から、低い背丈のディートが漸く姿を現す。ディートは手ぶらでステージ中央付近まで進むと、ご丁寧に爺さんたちに一礼してから観客に向き直る。
「では48番! 発表内容を!」
司会がディートに発表を促す。
「48番です。 僕は新しいタイプの調理器具を開発しました」
手ぶらのディートが会場の観客に向けてそう告げる。会場の観客のみならず、司会、審査員の爺さんたちも頭を傾げる。
「48番… その新しい調理器具とはどこにあるんですか…?」
司会がディートに対して忘れ物でもしてきたかのように、気を使って尋ねる。
「少々お待ちください、今から出しますので…」
ディートはそう言うと左手を自分の左ももに当てて輪を作り、そこに手を突っ込んで、何もない空間から台の様なものを取り出して、ステージに設置して、更にホットプレートの様なものを取り出して、台の上に載せて、ホットプレートを操作する。
その上で更に卵を取り出して、ホットプレートの端でコンコンと叩いて、目玉焼きを作り始めた。
卵の白身がホットプレートの上で白濁していき、十分火が通った所で、ディートは更にフライ返しと皿を取り出して、目玉焼きを皿の上に載せる。
「僕が開発した新しいこの調理器具は、従来の魔熱式のコンロと比べて、大幅に薄型にする事に成功して、また鉄板自体も油いらずで焦げ付かずに調理することが可能です。またこの鉄板部分も交換する…」
「ディートフリードォォ!!!」
ディートが説明している途中で、審査員席にいるロリコン爺さんが血相を変えて、ディートの名前を叫ぶ。ディートは憧れているロリコン爺さんから、突然に血相を変えて名前を呼ばれたので、青い顔をして肩をビクつかせる。
「な、何でしょう…ルイス学園長…」
ディートは叱られる時の子供の様に動揺しながら、爺さんに答える。
「ディートフリードよ! お主は一体、今、何をした!!」
ロリコン爺さんは、普段は全く見せない険しい顔つきでディートを見る。
「あ、あ、新しい…魔熱式…コンロで…卵を…焼きましたが…」
険しい顔つきで睨みつけてくるロリコン爺さんに、ディートは脅え切ってしどろもどろになりながら答える。
「その前じゃ! ディートフリードよ! お主、どこから道具を出したのじゃ!!」
「そ、それはこの様に収納魔法を使って…」
ディートが再び左手を腿に当てて輪を作り、その間の空間から何か取り出そうとした瞬間に、爺さんたち全員が突然に立ち上がる。
「休憩!!! 一時休憩!!」
「一度、幕を降ろせ!!」
ディートと爺さんたちのやり取りを唖然と見ていた司会は、すぐさま気を取り直して、ステージに幕を降ろし始める。
「イチロー様、一体どうしたんでしょうね?」
カローラが事態を掴めずに首を傾げる。
「あれは、ちょっとマズいですね…」
マリスティーヌがフライドポテトを食べながら呟く。
「ちょっと、俺、様子を見てくるわ、みんなはここで待っとけ!」
俺は齧りかけの焼きトウモロコシをシュリに渡して、ステージへと駆け出していく。そして、ステージの端の階段からステージに登り、幕を潜って中へと進む。
すると、項垂れたディートを真ん中に、取り囲むように七賢者の爺さんたちが立っていた。
「おい、ディート! 爺さんたち! どうしたんだ!? 大丈夫か!?」
「なんじゃ、イチローか…」
ロリコン爺さんはチラリと俺を見ただけで視線をディートに戻す。
「どうしたんだよ爺さん… ディートが何か仕出かしてしまったのか?」
俺はそう言いながら、ディートの側へと歩いていく。口ではそう言ったものの、俺は何でこの様な事態になっているかは検討がつく。ディートが次々と品物を取り出した時から、爺さんの顔色は変わっていった。つまり、ディートがものを取り出す為に使った『収納魔法』が恐らく禁忌に当たる物だと検討がつく。
「ディートフリードがしでかしたと言うよりは… うーん、そうじゃのう… わし等の監督不足が原因じゃのう… 事前にもっと話をして注意するべきじゃった…」
「その言い方だと…やはり、ディートの使った『収納魔法』が原因なのか?」
俺はそう言いながら、ディートの肩にやさしく手を置き、そのすぐ側に立つ。その肩に置いた手からディートが震えるのが分かる。
「そうじゃのう… 『収納魔法』は素晴らしい魔法じゃ、一見すると人々の暮らしを大いに改善するとっておきの魔法のように思える…のじゃが…」
「一般化された時に、悪用される危険性の事か…」
俺の言葉でディートの肩がピクリと動く。
「そうじゃ… 盗みを働く泥棒に、危険物を運ぶ破壊工作… 戦の時の兵站… 悪用しようと思えばいくらでも悪用することが出来る魔法じゃ… 『収納魔法』がもたらす利便性よりも害悪が大きすぎる… 事前に話を聞いておれば… ステージの上で使わせたりはせん買ったのだが…」
爺さんはそう言って、はぁ…と溜息をつく。
「申し訳ございません…ルイス学園長… 僕はそんな事まで思いつきませんでした…」
ディートはわなわなと肩を震わせて爺さんに謝罪の言葉を告げる。
「いや、ディートフリードよ、お主が謝る必要などない、逆に本来なら賞賛されるべき事なのじゃ… 『収納魔法』は多くの者が、開発しようとその人生を捧げて叶える事の出来なかった夢の魔法… そんな状態だからこそ、誰もが諦めてた存在… それが…」
そう言って爺さんがディートを見る。
「ディートフリードが成しえてしまった… 誰もが諦めていた夢の魔法…『収納魔法』を… 『収納魔法』が存在する事が広まれば、人類に寄与する為よりも悪事に働く為に開発するものが出てくるだろう… いや、そうではないな…ズバリ言おう、ディートフリードが狙われると…」
そう言って爺さんたちは頭を抱えだす。
確かにそうだわな…盗みをするにしろ、テロをするにしろ、戦争の兵站にするしろ、普通に運輸業を牛耳るのにも使える。ディートを誘拐してその技術を独占しようとするのは当然だよな…
では、その技術を一般公開すればどうかと言うと、ディート自身は無事になるが、今度は世界が混乱することは目に見える。
ファンタジー定番の『収納魔法』がまさか世界を揺るがす危険な魔法とはな…
「これは困ったことになったのぅ…」
爺さんが頭を抱えて困り出す。するとステージにかかる幕を潜って司会が姿を現す。
「あのぅ~ 外の観客たちや発表の順番待ちの生徒が騒ぎ始めているんですが…そろそろどうするか決めてもらえませんかね?」
困った顔で告げてくる。
「そうじゃのう… このままここで考えておる訳にはいくまい…とりあえずは発表会を済ませて、その後じっくりと対策を考えるとするか…」
「ぼ、僕はどうすればいいのでしょう…」
青い顔をしたディートは縋るように声を上げる。
「そうじゃのう… イチローよ、しばしディートフリードの側について、守ってやってもらえんか?」
「あぁ、分かった、任せておけ」
俺は二つ返事で答える。
こうして、学術研究発表会は続けられる事となった。
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