第197話 お祭りの前兆

「あるじさま…」


 誰かが俺の名前を呼びながら、俺の頬をぺちぺちと叩く。


「う~ん…何だよ…もう少し寝かせてくれよ…」


 俺は目を閉じたまま身体を捻って、声の方向に背中を向ける。


「そんな事を言わずに、起きるのじゃ、あるじ様よ」


 今度は俺の身体の上に重みを感じ始める。どうやら俺の上に乗っかってきている様だ。


「俺は徹夜でカローラとゲームをしていたんだ…寝かせてくれよ…」


 今日は学術研究発表会の日であるので、講義の無い俺は、夜通しでカローラとカードゲームを遊んでいたのだ。なぜ徹夜したのかと言うと、ここでの給金が入ってカードを買いに行ったり、カローラが禿爺のログインボーナスで手に入れたカードを使って、色々と新しいデッキを作っていたからである。


「あるじ様… 本当に起きぬのじゃな…?」


 シュリが少し凄味を聞かせてそう言うと、俺の上に乗るシュリの体重がドンドン重くなってくる。


 だが、俺も前回のシュリのボディープレスを見て対策済みなので、そんな脅しには乗りはしない。体表面を空間固定魔法を使って、シュリの重さに対抗する。


「ククク、それで勝ったつもりか…シュリよ…」


 俺は微睡ながら勝利を確信してそう答える。


「…カズオよ、わらわがあるじ様を押さえておくので、目覚めのキスをしてやるのじゃ」


 俺はその言葉に冷や水を浴びた様に、すぐさまバネの様に起き上がる。


「おはようなのじゃ、あるじ様よ」


 シュリの顔が息がかかりそうなぐらいに直ぐ近くにあった。


 俺はキョロキョロと辺りを見回してカズオの姿を確認すると、鼻歌を歌いながらキッチンの所で洗い物をしていた。その姿を見て、俺は安心して胸を撫で降ろす。


「シュリ、今日は休みなのに、どうしていつもの時間に起こすんだよ…」


 俺は安心した事で欠伸をしながら尋ねる。


 するとシュリはすっとテーブルの方を指差すので、その指に促されてテーブルを見てみると、マリスティーヌが出店の屋台で買ってきたようなものをモキュモキュと食べ続けている。


「マリスティーヌがいつもの時間割と勘違いして学園の中に行ったらしいのじゃが、学園が休みの代わりに、幾つもの出店や屋台が立ち並んでおって、色々と買ってきたのじゃ」


「へぇ~ なるほど、それであんなもん食っているのか…って、たこ焼きのようなものや、焼きそば、ちょこバナナもあるのか… どんだけ日本人転生者が来てんだよ…」


 学術研究発表会に屋台が出ている事も驚いたが、それ以上に日本食が売られている事に大いに驚いた。


「なぁ~あるじ様~ わらわを屋台に連れて行って欲しいのじゃ~ いいじゃろ? 一生のお願いじゃ~」


 シュリの一生のお願いは何度目だよと思ったが、今までのお願いがミケを飼いたいと行って来たことと、農機具が欲しいといった事ぐらいなので、今回の屋台も多めに見てやってよいかと思う。俺自身も、たこ焼きや焼きそば、ちょこバナナを美味しそうに食うマリスティーヌの姿を見て屋台に行きたいと思ったのもある… しかし、マリスティーヌの奴はどんだけ食うんだよ…


「分ったよ分かったよ、連れて行ってやんよ、だから降りろ」


 俺はシュリの脇に手を突っ込んで、床の上に降ろす。


「わーい♪ ありがとうなのじゃ♪ あるじ様♪」


 シュリは遊園地に連れて行ってもらう子供の様に喜ぶ。


「はい!はい!はい!! イチロー様! 私も行きたいです! なんでもマリスティーヌの話では、レアカードが貰えるくじ引きがあるそうです!!」


 ミルクを飲んでいたカローラが立ち会って、必死になって手を上げる。


「マジか!? それは是非とも行かねばならんっ!」


「あっ! イチローさん、それなら私ももう一度行きたいですっ!持っていたお小遣いでは買えなかった物もあったので」


 屋台料理を食べ終わったマリスティーヌも手を上げる。


「おまっ、まだ食うのかよ…」


「えぇ、他にもイカ焼きや焼きトウモロコシ…かき氷なんてものもありましたからね…今しか食べられないものですし、全部制覇したいんですよ」


「焼きトウモロコシか…それは俺も食いたいな…」


 しかも醤油が掛かっている奴…これは外せない!


「キング・イチロー様、私も後学のため、ご同行してもよろしいでしょうか?」


 最近、控えめだったアルファーも手を上げて言ってくる。


「おう、アルファーも付いて来い! 蟻族の生活ではなかったものを見せてやるぞ」


 俺の返事にアルファーは口角を上げる。


「旦那…あっしも…」


 カズオの声が背中からするので振り返って見てみると、エプロン姿がカズオが身体を捩らせて上目遣いでもじもじとしている。


「えっと、そうだな…」


 俺はすぐに答えず、頭の中で考える。カズオは先日の件で多くの生徒にPKSD(性的カズオ後ストレス障害)を発症させてしまった… そんなカズオを祭りの場に連れて行けば、楽しい祭り会場は一瞬にして、阿鼻叫喚の地獄の盆踊り会場になってしまう…

 かと言って、カズオから目を話したら、陰で何をしでかすか分らんしな…


「シュリ、先日使った麻袋があっただろ?あれを持ってきてくれ」


「ん?あぁ…なるほど…また薬の時のようにするのじゃな?」


 シュリは俺の言わんとするところを察してくれたようだ。シュリは戸棚を開けて馬車から降ろした荷物の中から、捨ててもよい麻袋とナイフを持ってくる。


「おっ! 流石シュリ、気が利くな」


 俺は受け取った麻袋をナイフで穴を開ける。


「よし、これでいいな…ほいっカズオ」


 俺はぺっとカズオに麻袋を投げて渡す。


「旦那…えっと…これは?」


「前にもやっただろ? 頭に被るんだよ」


 手の中の麻袋をじっと眺めるカズオに説明する。


「頭に被るって…あの教会で悪魔の様な所業をなさった時のようにでやすか…?」


「おまっ、嫌な俺の黒歴史を思い出させんなっ! ってか、お前が先日やらかし姿から、顔を隠せって事だよ…分かってんな?」


「はい…わかりやした…」


 どうやら、カズオも今回だけは素直に受け入れていたようである。


「それと、みんな今日は人通りが多いと思うから、はぐれて迷子になるなよ、もしなってしまった時は、デカいカズオかポチを目印にしろよ」


「わぅ!」


 任せてくれと言わんばかりにポチが尻尾を振って答える。


「じゃあ、俺のさっさと着替えて、屋台に繰り出すか」



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