第195話 見て見ぬ振り

「カズオ…もう大丈夫そうだな…」


 完全に元の男の姿の肉体に戻ったカズオに声をかける。


「へい…旦那…その節は大変ご迷惑をおかけしやした…」


 そう言って、カズオは後頭部に手を当てて頭を下げる。


 あのカズコの愛の逃走劇の後、自室に戻り、カズコに治療薬を飲ませる事に成功したのだが、完全な元の姿に戻るのに約二日を要した。


 その間、男性に戻る変態途中のカズオが、外に出てタケルたちに会いに行きそうにするので、シュリ、カローラ、アルファー、ポチ達に何とかカズオを自室に押しとどめる様にお願いをした。


 俺自身は、まぁ…未だ女性姿の感覚が抜けないカズオに、今まで通りのモーションをかけられて、それがマジサブイボが全身に出る程、気持ち悪かったので、出来るだけ自室から外に出る様にしていた。


 そこでたまたまディートのお願いがあり、とある生徒の勉強を見る羽目になったのだが…あんなおバカな学生がこの学園にいるとは思わなかった。


 そうして、徹夜明けで自室に戻ってきたら、カズオの身体が完全に男に戻っていた訳である。


 ちなみに、カローラの毎日実験に協力するお礼のログインボーナスは、俺が何とか頼んで継続してもらえるように伝えている。でないと、今度はカローラがおかしくなりそうだからな…


 で、今日から再び、全員が爺さんたちの研究の手伝いという名の接待に赴く訳である。


「ヤヨイ、済まないが、もう一杯コヒーを貰えないか、濃い奴を… 昨日は徹夜で眠くてたまらん…」


 俺もディートの薬を貰えば良かったなと思いつつ、ヤヨイに空になったマグカップを差し出す。


「昨夜はここの女生徒に手を出しておらんじゃろうな…」


 シュリがジト目で見てくる。


「出してねぇよ、ディートも一緒にいたんだぞ? 手を出せるわけがねぇじゃねぇか」


「しかし…あるじ様のディートに対する言動を見ておるとじゃな… あるじ様がそっちもいける様になったのではないかと心配なんじゃ…」


 そう言ってシュリは小さく溜息をつく。そんなシュリに俺は顔を寄せて耳打ちをする。


「おい、止めろよシュリ…そんな事を言い出すのは… そんな事を言って、またカズオが変な気を起こして俺にモーションかけてきたらどうすんだよっ! 今朝も思わず、剣に手を掛けようかと思ったぐらいだぞ?」


「確かに…アレはわらわも見ていて鳥肌が立ってきたのじゃ…」


 そして、俺達二人はカズオに視線を向ける。


「それではあっしは、先にお仕事の研究室に行って来やすね、お昼の食事としてチリコンカンを作って置きやしたので、あっしが遅くなったら、温めて先に食べてやしてください」


 そう言ってカズオはフリフリのエプロンを外すと、ルンルン気分で出かけていく。


「ねぇ、イチロー様」


「なんだ? カローラ…」


 カズオを見送る俺にカローラが声をかけてくる。


「あのままカズオを行かせても良かったんですか?」


「良かったもくそも… また拗らせたら嫌だから…見て見ぬ振りをするしかねぇだろ…」


 俺はヤヨイの煎れてくれた濃いめのコヒーに目を落としながら答える。


「しかしながら、カズオさんは大したものですね、キング・イチロー様」


 今度はアルファーが声をかけてくる。


「あの女性体の服を、一晩で男性体の物に繕いなおしてしまうのですから」


 アルファーの言葉に、マグカップを握る手の力がぐっと籠る。


 アルファーの言葉通りに、カズオは自分の身体が男性に戻る途中で、今まで来ていたカズコの衣装を繕いなおして、カズオの身体でも着れる様にしたのだ。


 そして、先程、カズオはルンルン気分でその衣装を纏って出かけた訳である…


「…まぁ、わらわたちは…カズオならああいう事をするであろうと予想はついておったので、覚悟は出来ていたが…初見の者には些か刺激が強いというか…衝撃的じゃろうな…」


 シュリも朝食の皿に視線を落としながら口にする。


「えっ? でも似合ってましたよ? カズオさん」


 マリスティーヌがサンドイッチに口をモグモグとしながら口にする。


「あ~ マリスティーヌ、お前は耐性があるというより、森の中で過ごしていたから、そういった偏見?がないのか…」


 何を言われているのか分からず、マリスティーヌは首を傾げた後、ミルクでサンドイッチを流し込む。


「とりあえず、アルファーとポチ、お前たちはカズオと同じ場所での手伝いだったな?」


「はい、キング・イチロー様」


「わぅ!」


 アルファーとポチが答える。


「もし、カズオが暴走したら、お前たち二人で止めてくれ…頼む…マジ頼むぞっ」


「分かりました、キング・イチロー様のご命令に応えられるよう努力いたします」


「わぅ!」


 こうして、俺達はそれぞれの場所へと向かったのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「と言う訳で、冒険者は仕事のあぶれたものや、家から追い出された次男・三男などが多い、そんな者たちが野盗などの犯罪者に落ちぶれない為にも、統治者が程度に仕事を与えて自分たちの目の届く範囲に置き、首輪を付ける事が必要だ。また特別に報償を与えたり、優れたものを取り立てて行けば、人材確保にもなるし、それ程でもない人間でも、取り立てられる為に、身振りを良くし、遵法意識を持つようになる」


 最初の頃は、冒険譚を読んで夢見がちなお貴族様の少年少女に、冒険や冒険者がいかに危険なものであるかを教えていたが、今では領主としての視点から冒険者の扱い方を教えている。


 話題が話題なので、最初の頃とは違って、興味本位で授業を受けるのではなく、多くの者が真剣な赴きで俺の授業に耳を傾けて食い入っている。


 キーンコーンカーンコーン♪ キーンコーンカーンコーン♪


 おっと、また授業に熱中しすぎて時間配分を忘れていたようだ。授業終了の鐘が鳴り響く。


「今日の授業はここまでだ。続きは次回だな…」


 俺はそこまで言ってある事を思い出す。


「そういえば、次回の講義は学術研究発表会の後だったな…じゃあ、それまでの間、取り立て以外の方法で冒険者に首輪をつける方法をそれぞれ考えておいてくれ、それが宿題だ」


 そう言いながら、俺は例の五人にアイコンタクトを送る。


 だが、五人は申し訳なさそうに首を横に振る。…今日もか…残念だ…みんなシュリの事で気が引けているみたいだな…という事は、シュリのご機嫌でもとって、もう気を遣わなくても大丈夫アピールをしないとダメだな…


 俺はそんな事を考えながら教壇を降りて、いつもの様にシュリやカローラを迎えに行くのであった。



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