第194話 「先生! お願いしますっ! なんでもしますから!」


 私の名前はリンホ・バッビング、このカーバル学園都市に留学している女学生です。この憧れのカーバル学園都市に私の様な、田舎貴族が留学出来るなんてホント夢みたい。


 食事はどれも美味しいし、素敵な衣装も一杯っ! 今まで見た事の無いような便利な道具もあって、ここに住む人々は皆、物語から出てきたような美しい方々ばかりで、まるで天国の様…こんな幸せな場所があるなんて思いもしなかった。


 こんな地上の楽園の様なカーバルに強いて欠点を上げるとすれば、勉強が難しいことぐらいかな? 授業の内容も、見た事も聞いた事も無いような物ばかりで、頭が混乱しちゃうよぉ~


 でも、そんな私の苦手な勉強も定期テストが終わったばかりだから、これからは気掛かりなく、また学園生活を満喫できるっ!


 今日もどこへ遊びに行こうかと、るんるん気分で廊下を歩く。するとこの学園で仲良しになったジャーヴィーとの姿が見える。


「ねぇ! ジャーヴィー!」


「あっリンホじゃないの」


 私の声に亜麻色の髪をふわりと靡かせてジャーヴィーが振り返る。


「ねぇねぇ! ジャーヴィーっ! 今日はどこへ遊びに行こうか? どこか良い所ある?」


 ジャーヴィーはいつもの様に私の提案に喜んで笑顔で応えてくれると思っていた。でも、ジャーヴィーはいつもの様な笑顔ではなく、憂いを含んだ顔をする。


「リンホ…」


「どうしたの? ジャーヴィー… 何かあったの?」


 私はジャーヴィーの顔を覗き込む。


「いえ、私の方は何でもないわ…それよりも貴方の事よ」


「えっ? 私の事?」


 私は首を傾げる。


「えぇ、貴方、学内の掲示板に、指導教官室にすぐに出頭するように書かれていたわよ…」


「わ、私が!?」


 ジャーヴィーの言葉に私は驚いて目を丸くする。


「そうよ…しかも、貴方を呼び出しているのは、何人もの女性と関係を持っていると言われている、あのアシヤ先生よ…」


「わ、私が…あのアシヤ先生に!?」


 何人もの女の子を誑かしているあのアシヤ先生に、私が呼び出されていると聞いて、身震いをする。


「どうするの?リンホ…」


「どうするって…アシヤ先生は学園長推薦の講師だから、出頭を拒否することは出来ないわよね…」 

  

 私は胸元に寄せた拳を握り締める。


「じゃあ…行くのねリンホ…」


「えぇ…いくらアシヤ先生も学園内…しかも指導教官室で事を起こさないでしょ…」


 私は自分に言い聞かせるように口にして、指導教官室へと踵を返す。


「リンホ! 気を付けるのよ!」


 私はジャーヴィーに見送られながら指導教官室へと歩き始める。


 そして、指定された指導教官室の扉の前まで辿り着き、一度、深呼吸してから、慎重に扉をノックする。


「誰だ」


 扉の向こうから声がする。男性の声だ。


「リ、リンホ・バッビングです!」


「入れ…」


 今この時に来ることが分かっていたかのように、中から短い返事が返ってくる。


 私はゴクリと唾を呑み込んでから、取っ手に手をかけて扉を上げて中へと進む。すると、狭い指導教官室の窓際に外を眺める様にアシヤ先生の姿が見えた。


「ア、アシヤ先生…ですよね… 私に何か用でしょうか?」


 私はたどたどしい口調で尋ねる。


「とりあえず、そこの椅子に座りなさい…」


 私の問いに、アシヤ先生は外を見たまま答える。私が席に座らないと話が始まらない雰囲気だったので、私は言われるがまま座席に腰を降ろし、先生の話が始まるのを待つ。


「リンホ君…」


 アシヤ先生は呟くように口を開く。


「は、はい…何でしょう? アシヤ先生…」


 私は様子を伺うように恐る恐る答える。


「先日の定期テストの結果だが…」


 私はアシヤ先生の言葉に、ゴクリと唾を呑む。


「このままの成績では、君はこの学園を退学しなければならない結果となった…」


「そ、そんな!!」


 先生の言葉に、私は心臓が口から飛び出そうな程驚き、声を荒げてしまう。


「慌てることは無い…まだ確定事項ではないのだから…」


 そう言って、ようやくアシヤ先生がこちらを振り返る。


「確定ではない… ではまだこの学園に残る術はあるのですね!?」


「あぁ…あるとも…だが…君の心次第だがね…」


 アシヤ先生はそう答えながら、私の前の席に腰を降ろし、顔の前に手を組んで私を静かに見つめる。


 私は胸の内で考える。この学園での楽しい日々の事を… この学園で食べた美味しい料理、購買部で見た素敵な衣装、そしてこの学園で出来た掛けがえの無い友人… もはや、この学園から去る事なんて考えられない!! 私はずっとここで暮らしていきたい!!


「先生! お願いしますっ! なんでもしますから! 退学だけは許してくださいっ!」


 私はアシヤ先生に縋る様に訴えかける。


「なんでも…するんだな…?」


 アシヤ先生の口元がニヤリと笑う。


 私はその口元に少し身震いをする。


 ホントは…ケッコンするまではダメなんだけど… 学園に残る為には、ハグされたり、ほっぺにキスぐらいは我慢しないと…


「なんでも…します…」


 心を決めた私は、目の前の私を見つめるアシヤ先生に向き直る。


「ククク…」


 すると、急にアシヤ先生が笑いだす。そして、おもむろに立ち上がり、私に手を翳す。


「エアバインド!!」


 アシヤ先生が声を上げた瞬間、見えない空気のロープが私を椅子に縛り付けて、身動きが出来なくなる。


「えっ!? 先生!! こ、これは!?」


「さっき、なんでもするって言ったよな… だから、俺の好きにさせてもらう…」


 先生の言動に、私はハグやキス以上の、想像もできない事をされるのではないかと、恐怖で脅え始める。


「いやっ! 先生!! 止めて下さい!!」


「ダメだ、止めないね… それより、そろそろ入って来いよ…」


 先生は私を通り越して、後ろの扉に声をかける。すると、カチャリと扉が開き、一人の少年が姿を現す。


「ディ、ディート君!? どうして貴方がここに!?」


「おい、ディート、例の薬をこの娘に」


 ディート君は私の言葉に答えず、先生の言葉にまるで操り人形の様に無言で動き出し、私の目の前に立って、懐から小さな小瓶を取り出す。


「さぁ…飲んで…」


 ディート君は小瓶の蓋を開け、私の口元へと寄せる。


「ディート君! やめて! こんな事! 目をさまっ んぐっ!!」


 私が喋って口を開いたところに、ディート君は小瓶の液体を流し込む。


「かはっ! かはっ! ディ、ディート君…一体、何を飲ま… なに!? なによこれ!! 熱い!! からだが…熱い!!」


 ディート君の薬を飲まされた途端に、身体全身が熱くなってくる。こんなに熱くなったことなんて…ない…


 私は今までにない状況に肩で息をしながら、再びアシヤ先生を見る。


「ど、どうして…こんな事をするんですか… 何をしようとしているんですか… ア、アシヤ先生… ディート君まで巻き込んで…」


「リンホ君…君は退学したくないから、何でもするっていったよな…だから…」


 アシヤ先生は、ゆっくりと私に近づいて来て、クイっと私の顎を持ち上げる。


「だから…何を…」


 私は先生の目を見る。


「だから、勉強するんだよ…」


「勉強… 何の…」


 私は先生に問い返す。


「テストの結果が悪かったから、テスト勉強にきまってんだろっ!」

 

 先生は私の顎を解放して、見下ろしながら答える。


「へっ?」


 すると先生は引き出しから答案用紙の束を取り出して、パタパタと私の前で降り始める。


「いくら何でも、この点数はヤバすぎるだろ…10点 9点 7点 1点って…お前ノブタ君かよっ!」


「くっ!!」


 私は先生から顔を背ける。


「しかもボーナス問題の『カーバル学園都市を作ったのは誰ですか?』の答えに…『大工さん』って… 学園長の名前ぐらい覚えていろよっ! あの爺さん、泣くぞ? ってか普通ならこれだけで退学になってもおかしくないぞ、ディートも見てみろよ」


「いやぁぁぁぁ!!! やめてぇぇぇ! 見ないでぇぇぇ!! ディート君!私の恥ずかしいものを見ないでぇぇぇ!!!」


 私は魔法で動けない身体を精一杯揺らしながら叫ぶ。


「ん? あれ? よく見たら、お前… 自分の名前すら、スペル間違えてんじゃん…しかも、『リンホ・バッビング』が『チンコ・ボッキング』って… おまっ…ヤバすぎるだろ… 真面目にやってんのか!?」


 アシヤ先生の言葉に、今まで無表情を貫いていたディート君も私に背を向けて肩を震わせ始める。


「コロシテ…コロシテヨ… お願いだから! もう! 殺してよ!!」


 私はあまりの恥ずかしさに死にたくなって叫ぶ。だが、すぐに私は気力を失い、ガクリと項垂れる。


「いや、殺さない、ってか死ぬ気で頑張って勉強しろ!!先程飲ませた薬は眠気を払う興奮剤だから、明日の追試の為に、今夜は徹夜で勉強してもらうぞっ!」


 そして、私はアシヤ先生とディート君の二人係で、一晩中…滅茶苦茶勉強させられた…




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「やったぁ!!!! 追試に合格したわっ! これで退学せずに済むわっ!」


 リンホ・バッビングは追試結果の張り出された掲示板の前で、喜んではしゃぐ。


 そんな彼女を遠目で見る二人の姿があった。


「ディート、協力してくれって言われたから協力したけど、なんであの娘を助けるんだ?」


「彼女はたまに気を掛けて僕に話しかけてくれるんですよ、でも僕から声をかけづらくて…だからアシヤ先生にお願いしたんですよ…」


「そうか…まぁ、これぐらいは教師の仕事の内だから、カズオの件での報酬は別に考えておいてくれ」


 イチローはそう言うと何処かに歩いて行ったのであった。


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