第193話 心の中の願い

「タケルさん…もうあたしたち…」


 カズコが悲しみに暮れた瞳でタケルの背にしがみ付く。


「だ、大丈夫だ…カズコさん、みんなの命は無駄にはしないし… お、俺も…今、全ての力を解放して…奴らを倒す!!」


 タケルが激しく俺達を睨みつける。


「タケルさんっ!!」


 そのタケルの言葉に勇気づけられて背中のカズコも顔を開く。


「なぁ、あるじ様よ…」


「なんだ? シュリ?」


 隣のシュリが低い声色で俺に声をかけてくる。


「なんだか、あ奴ら、わらわたちの事を敵か悪人のようにいっておらぬか?」


「あっ、それ、私も思ったっ! あの人たち、なんだか悪の組織に追い詰められた主人公とヒロインみたいな?」


 シュリの言葉にカローラも賛同する。


「だよな… 愛は盲目というか… らりってるというか… 面倒だよな…」


 俺は小さく溜息をついて、あきれ顔で鼻をかく。


「悪魔将軍アシヤ・イチロー!!!」


 そう言ってタケルは俺を指差す。


「おい、こら、人の事を指差すなよ、それになんだよ悪魔将軍って…」


 俺は呆れながら、耳の穴をほじる。


「例え天がお前を許しても、この僕がお前の悪行を許しはしないっ!!!」


「だから、なんだよ俺の悪行って…身に覚えがないのだが…」


「えっ? それはないと思うぞ、あるじ様…」


「あ?」


「いや、なんでもない…」


 途中で余計なちゃちゃが入ったが俺はタケルに向き直る。


「俺は全身全霊を持って… 死んでいった仲間の為に… 正義の為に… そして! カズコさんへの愛の為に、お前を必ず倒すっ!!!!」


「仲間を勝手に殺すなよ…全員生きてんぞ…」


 その辺りに転がっている奴の仲間は、ただ気絶しているだけだ。



「決闘大会では、あまりに危険すぎて使えなかった技… 行くぞ! 我が最高奥義!!!」



 タケルは身体全身からオーラを迸らせ、様々なポーズの予備動作をしていく。



「持ってくれぇぇぇぇ!!!! 俺の身体ぁぁぁぁぁ!!!」



 しかし、敵を前にこれだけの予備動作の必要な技なんて、使い物にならんだろ…


「その閃光に触れた者は、瞬時に霧の様に霧散する! 漆黒の雷の刃! 全てを切り裂き呑み込め!!!」


 まだ、出さないのかよ…出し惜しみでもしてんのか?



「最終究極奥義!!! エタァァァァーナル!フォース!! サンダァァーストォォォームゥゥゥ!!!! 相手は…」



「いや、お前が死ね…」


 いい加減飽きてきた俺は、技を撃ち出す前に、タケルの前まで歩み寄り、その顔面に拳を食らわせる。



「ぐぶるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 俺の拳を顔面に喰らったタケルは、無様な豚の様な悲鳴を上げながら、ゴロゴロと転がって、そのまま壁にぶつかる。


「タ、タケルさぁぁぁぁん!!!」


 そのタケルの姿を見てカズコが絶叫する。


「カ、カズコ…さん… ボ、ボクたちの…あ、愛は…えい…えん…」


 タケルはそこまで言うとガクリと項垂れて気絶する。


「タケルさぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」


「いや、もうヒロインごっこはいいから…カズコ…」


 俺はカズコに向き直る。


「だ、旦那様…」


 俺の声にはっと振り返り、暫し俺の顔を見つめるが、やがて視線を逸らす。


「なぁ、カズコ…もういいだろ? 十分、ヒロインごっこは楽しんだだろ? だから、そろそろカズオに戻れよ」


「いや! あたしは元の姿に戻りたくないのっ!」


 宥める様に話す俺の言葉に、カズコはすぐさま否定する。


「戻りたくないって…おまっ、ほっといてもいずれ元の姿に戻るんだし、永遠にその姿のままではいられないんだぞ?」


「それでもっ! それでもあたしはもう少しだけっ! もう少しだけ、この姿でいたいのっ!」


「なんでそこまで…」


 あまりにも熱心なカズコの言動に、俺は小さな溜息をついてから問い直す。


「あたし…今までなりたかった、理想の姿になれたんです… そしてタケルさんや他の人たちも、あたしの姿を褒めてくれて… あたしの存在を愛してくれる…」


 そう言ってカズコは自分の両肩を抱きしめる。


「愛は兎も角…だな…俺達もお前の事は仲間だと思って接してきただろ?」


「そうじゃ、わらわも最初は薬をわけてやったじゃろ?」


「そうそう、私もカズオに化粧品あげたし…」


「わぅ!」


 俺たちはそれぞれにカズコに語りかける。


「…確かに皆さんの仲間としての友情は理解しています…でも…でも、あたしは…あたしは愛が欲しいのっ! あたしは愛されたいんですっ!!」


 瞳を涙でキラキラさせながら、まるで少女漫画のヒロインの様な絵図で訴えるカズコに、俺は頭を抱え込む。


 やっぱり、そう来たか…最初にコイツを捕まえた時は、まだ辛うじて普通のオークであったが、化粧をし始めたぐらいから、段々とオネエ化していったんだよな…


 それでついには愛が欲しい…愛されたいかよ…


 俺も女の事に関しては、かなり緩い言動をしているから、カズオの願望に答えてやらない訳でもない。実際、城に住み着いたケロースには定期的に牝馬を与えているからな…


 しかし、カズオの場合には…メスのオークではなく、オスのオークを連れて来ないといけなくなる… その後の展開を考えると悍ましくて実行できない…やべ、サブイボ出てきた…


 ここは何とかカズコを説得…いや丸め込まないといけないようだな…


「カズコ…」


 俺は真剣な眼差しでカズコに向き直る。


「旦那様…」


 カズコはチラリと俺を見る。


「カズコ、お前はそいつらから愛され、お前もそいつらを愛しているんだな?」


「…はい…タケルさんも、スザクさんも…キリオさん、カノンさん、シロウさん…他の皆さんも…みんな、みんなっ! あたしの事を愛してくれていますっ!」


 カズコは胸に手を当てて、前のめりで訴える。


「それは真実の…愛…なんだな?」


 俺は慎重に確認する。


「はいっ! 真実の愛です!!」


 カズコは自信に満ちた瞳で答える。


「では、お前がどの様な姿であっても、その愛は変わらぬはずだっ!!」


「そ、それは…」


 俺の言葉にカズコは顔を逸らす。


「彼らの愛が真実であるというなら、お前は偽りの姿でその愛を受け続けるのか? それがお前の真実の愛なのか!?」


 カズコは思いつめた様に頭を項垂れる。


「カズコ! お前は彼らの真実の愛に応える為に、お前も真実の姿で応えなければならないんじゃないか!?」


 プルプルと肩を震わせていたカズコは、やがて、諦めたのか納得したのか、脱力して肩を落とす。


「分かりました…旦那様…」


 カズコが呟きの様に小さく応える。そして、決意を秘めた瞳で顔をあげる。


「あたし…元の姿に戻りますっ!」


 そのカズコの姿を見て、俺もほっと肩と胸を撫で降ろす。


「よく、決意したなカズコ… 立派だ!」


「旦那様…」


 カズコはぽっと頬を染める。


「じゃあ、部屋に戻って薬を飲んでもらうか…でも、その前に…」


 俺は辺りに気を失って横たわる生徒達を見回す。


「こいつらをほっとく訳にもいかんから、医務室にでも運んでやるか」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その様子を密かに陰で伺うものの姿があった。


「あの野良犬講師… アイツのお陰で私は…」


 その女性は、湧き上がる怒りと苛立ちに、親指の爪をガリガリと噛む。


「アイツさえ…ここに来なければ… 私はずっと学園の中心にいたはず…なのに…今は、メラニーもエマも… 皆、私の元から去ってしまった… ディートも私が取り込んで…今度の学術研究発表会で一位を取るはずだったのに… このままでは…」


 女性の胸の内に、どんどん黒い感情が湧き上がってくる。


「ねぇ…貴方…」


 若い少女の声がふいに女性の背中にかかる。突然の声で、女性は肩をビクつかせながら、慌てて声の向きに振り返る。


「な、何よっ! あなた!」


 すると、そこには驚くほど色白で、黒髪の長髪、黒い衣装を纏った、まるで蝋人形のように生気を感じない少女の姿があった。


「誰? 学生ではないようだけど…」


 突然、声をかけられて驚いていた女性であるが、相手が年端もいかぬ少女と分かると、取り乱した素振りを直して尋ねる。


「僕の事はどうでもいいんだよ… それよりもお姉さん… 発表会で一位を取りたいのでしょ?」


 少女に言われた通り、確かに一位は取りたかった。だが、それは自身により付加価値をつける手段であって、どうしても取りたいと思う程の目的でもなかった。


 だが、その少女の心の奥底まで見抜くような黒い眼差しに、段々とそれが何をおいても取らなければならない物へと変わっていく。


「そう… 私は一位を取らなければならない… この学園の者たち全員を見下す為に…」


 自身で何故こんな言葉を口にするのか、不可解であったが、そんな事は気にならなくなり、それが手段であり目的でもある事だと考えていく。


「では、これをあげる… これならお姉さんが一位になれて…この学園の者たちに見返す事が出来るから…」


 少女は僅かに口角を上げながら、手のひら大の禍々しい香炉と巻物を女性に手渡す。


「じゃあ、頑張ってね…お姉さん…」


 その言葉の後、少女はふっと霧の様に姿を消す。


「あれ? 今のは…」


 まるで夢か幻のような時間であった。


 だが、それは夢でも幻でも無い事を示す様に、手の中には香炉と巻物が残されていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る