第192話 愛の逃走劇
俺はすぐさま玄関扉の所まで駆け出して、扉を出た外の廊下をキョロキョロと見渡す。しかし、カズコの姿は見えない。
「くっそ! カズコの奴! 今更、男に戻る事から逃げ出しやがってっ!」
「イチローさんっ、別にそんなに慌てなくてもいいのではないですか?」
マリスティーヌが首を傾げて声をかけてくる。
「ディートさんの言葉通りなら、いずれ元の姿に戻るのでしょ?」
「確かにその通りなんだが…」
マリスティーヌのいう通りに、確かに自然と元の姿に戻るし、カズオがカズコだからと言って、特別に困る事はない。ただ、カズコの姿で俺にモーションを… うん、やっぱ俺が困るわ
「マリスティーヌさん、確かに自然治癒もするのですが、元に戻る時は、性転換した時の様に一気に姿が変わるのではなく、徐々に戻っていくのですよ…だから…」
マリスティーヌに説明していたディートはそこまで言って、続きを言い難そうに口ごもる。
「それが何か問題でも?」
元のカズオの姿を知らないマリスティーヌはキョトンと首を傾げる。
「問題大ありなんだよ… マリスティーヌは元のカズオの姿を知らないから言っておくが、カズコを男っぽくしたのが元の姿じゃねぇからな… カズコの元の姿のカズオは普通のオークだぞ…」
「いや、私はその普通のオークも見たことがありませんので…私に物心がつく前に師匠が駆除して回ったので…ゴブリンぐらいなら遠目で見たことがありますが…」
「そのゴブリンをでっかくしたような姿が元のカズオの姿なんだよ… だから、想像してみろよ… 今のカズコの姿から、徐々にでっかいゴブリンみたいな姿に戻っていくところを…やべ、サブイボが経ってきた…」
マリスティーヌは今一ピンと来ていないようであるが、俺を含めて、シュリとカローラもサブイボが出た所を擦っている。
「とりあえず、今はカズコを確保して、さっさと治療薬を飲ませるぞっ!」
俺はシュリやカローラ達にそう告げてから、ディートに向き直る。
「ディート、本来ならすぐに報酬を支払うべきなんだが、今は緊急事態だ。俺達はカズコの探索に向かうので、ディートは報酬は何がいいか考えておいてくれ!」
急転する事態に唖然とするディートであったが、俺の言葉を聞いてコクリと頷く。その後は俺はポチに向き直る。
「ポチ! カズコを追跡するぞっ! 奴の臭いを追ってくれ!」
「わぅ!」
ポチは俺の言葉に応じて、任せてくれと言わんばかりの顔をする。
「シュリ、カローラ! お前たちも付いて来い! アルファーとマリスティーヌはここに残って、カズコが戻ってきたら捕まえておいてくれ!」
皆が了解したと頷いて答える。
「じゃあいくぞっ!」
俺はポチ、シュリ、カローラを連れ立って駆け出して行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(いや…)
(いやよ…)
(ようやく手に入れた、美しい女性の身体…)
(あたしはこのまま、カズコとなって生きるのよっ!!)
カズコはディートが治療薬の話をして、懐から治療薬を取り出した時、元のカズオに戻る事から逃げ出す為、密かに後退り、そして部屋の外へと駆け出していた。
どこに逃げればいいのか…そしていつまで逃げればいいのか全く分からず、ただひたすらに学園内を駆け出していた。
「カズコさん! そんなに取り乱してどうされたのですか!!」
そんなカズコに声を掛けたのは、この学園の生徒タケルであった。
「タケルさん!!」
声を掛けられたカズコは、タケルの胸に飛び込む。
「カズコさん!? どうしたんですか? こんなに震えて…」
「あたし…追われているの… 怖いわ…タケルさん」
カズコは潤んだ瞳で、タケルの胸から上目づかいでタケルの顔を覗き込む。
「カズコさん…追われているって… まさか!? 奴が!!」
タケルはカズコの言葉で悪い予感に眉を歪ませる。
「どうしたんだ? タケル? ってそこにいるのはカズコさんか!?」
「えっ!! カズコさん!?」
「どうしてカズコさんが…」
二人の声に気が付いたタケルの同級生のスザク、キリオ、カノン、シロウといった者たちが姿を現し、尋常ならざるカズコの様子に二人に駆け寄る。
「みんな!! どうやらカズコさんが奴に追われている様なんだ!!」
タケルはカズコの肩を抱いたまま、皆に向き直って状況を告げる。
「「「なんだって!!」」」
一同の声がハモる。
「奴は再びカズコさんを毒牙にかけようと言うのかっ!!」
「くっ!! 俺のカズコさんを…!」
「決闘大会では一度破れたが…でも!!」
状況を理解した生徒達は怒りで顔を歪ませ、拳を強く握り締める。
「なるほど…状況は理解した…」
そんな彼らの背中にまた別の声がかかる。
「ゲンブ! レイ! サガラ! セイジ! どうしてお前たちが!!」
名前を呼ばれた生徒達は気障なポーズを決めながら、カズコたちの元へと歩んでいく。
「ふっ知れた事よ…」
「カズコ嬢の危機とあらば黙ってはいられない…」
「今度こそ真の力を発揮してカズコさんを守って見せる!!!」
「それが…真実の愛ってもんだろ?」
「みなさん! あたしの為にっ!!…」
カズコはまるで物語のヒロインのような仕草で声をかける。
その時、遠くの廊下から、騒がしい音が響いてくる。
「わぅ!」
「主様! あそこじゃ! あそこにカズコがおるぞ!!」
彼らにとっての悪の権化アシヤ・イチローとその悪の配下の魔獣ポチ、ロリBBAシュリ、ダークネス腹カローラの姿が見える。
「タケル…お前はカズコさんを連れて逃げろ…」
気障な生徒の一人が、アシヤ・イチロー達に向けて一歩踏み出す。
「ゲンブ!! お前っ!!」
タケルが声を上げる。
「俺達の事はどうでもいい… スザク、キリオ、カノン、シロウ! お前たちはタケルについて行ってカズコさんを守るんだ…」
「大会では出せなかった本当の実力…見せてやるぜっ!」
「ふふ…ここにいたら巻き添えにしてしまうからな…」
「だから、お前たちは早く逃げろ!」
他の三人もアシヤ・イチロー達に向けて一歩踏み出す。
「済まない…お前たち…」
タケルは彼の意図を汲み取り、カズコの手を引いて走り出す… 行き先も解らぬまま
そして、彼らの姿が完全に見えなくなったところで、彼らのいた所から轟音が響き渡る。
「タ・タケル…さんっ…」
その轟音にカズコは不安げな瞳をタケルに向ける。
「カズコさんっ! 振り返っちゃダメだ!! 振り返ったら、みんなの思いを無駄にする!!」
タケルは歯を食いしばり、前だけを向いて走り続ける。
だが、いくら広大なカーバル学園都市で有っても無限ではないので端というものは存在するし、行き止まりも存在する。彼らはいつの間にか、学園の端の行き止まりへと追い込まれていたのである。
「くっ! 行き止まり!? どうして!! もしかして俺達は誘導されて追い込まれたのか!?」
タケルは行き止まりの壁を激しく叩きつける。
「タケルさん…これからどうなるの?」
カズコは不安げな瞳でタケルの顔を見つめる。
「くっ、遂に奴らが追いついてきたようだ…」
「タケル…お前はカズコさんと後ろに下がっていろ!!」
タケルと一緒に逃げていたスザク、キリオ、カノン、シロウの四人が、カズコを守る様に追手に向けて一歩踏み出す。
「くっそ! カズコの奴! こんな所まで逃げやがって!!!」
「カズコ! もう諦めるのじゃ!! さっさとこちらにくるのじゃ!」
「カズコ… 私に手間かけさせた事…分かっているの?」
「わう!」
アシヤ・イチローの一向は追い詰めた事で、駆け足を止めて、カズコににじり寄る様に歩き出す。
「先ず…俺から行くぜ…」
そんなアシヤ達に先ず、スザクが進み出る。
「俺のカズコさんに対する愛の邪魔は許さんぞ!!」
その言葉と共にスザクの身体からオーラが吹き出る。
「塵も残さん! イクゾ!! 浄波滅焼闇!!!」
掛け声と同時にスザクがアシヤ達に飛び掛かる!
「闇の炎に抱かれて…」
「本当の闇を喰らいなさい」
スザクの決めセリフの途中でカローラが呟く。すると彼女の髪が漆黒の霧となって辺りに吹き出し、突進してくるスザクを包み込む!
「馬鹿なっ!」
漆黒の霧に締め付けられたスザクは信じられない気持ちの声を上げた後、霧から解放されてドサリと地面に落ちる。
「ス、スザクゥゥ!! 次は俺の番だ!!」
そう言うとキリオが腰から剣を抜き放つ。
「聖なる邪剣よ!!! 我が声に応じて、その刀身に氷の炎を纏え!!!」
その声と共に刀身に炎の様な水色のオーラが吹き出す。
「愛の心にて、悪しき存在を断つ! いけぇぇぇ!!! 断悪光牙剣!Vの字切りぃぃぃぃ!!」
キリオは上段に剣を構えて、アシヤ達に飛び掛かる。
「わぅ!!」
「えっ!?」
しかし、魔獣ポチがキリオの斬撃を牙で受け止める。
「ポチ、怪我するからポイしちゃいなさい」
アシヤがそう告げると、魔獣ポチは剣を加えてキリオの振り払うように投げ捨てる。
「ぐっ!!… Vの字切りが完全にはいったと思ったのに…」
「キリオォォォォ!!! 畜生!!! キリオの死は無駄にはしねぇ!!!」
キリオは死んではいないが、カノンが仲間の死に涙しながら進み出る。
「行くぜ! 俺の全力!! 我が猫獣人の血の力を100%…いや200%解放する、『猫絶対時間(キャットエンペラータイム)』!! 」
「止めろ! カノン! お前はそれを使うと寿命が1秒当たり1時間縮むんだろ!?」
仲間のシロウが叫ぶ。
「構わないさ…カズコさんの為なら!!!」
カノンは瞳を赤く輝かせてアシヤ達に飛び掛かる。
「行け、シュリファイアー」
「あい、あるじさま」
次の瞬間、飛び掛かってきたカノン目掛けて、ロリBBAシュリの口から炎が吐き出され、カノンの身体が炎に包まれる。
「カノン!!」
「あちっ!あちっ!あちっ! 毛が焼けて熱いぃぃぃ!!」
猫絶対時間発動時に生えてきた体毛に火が移り、カノンはその火を消そうと地面に転がり回る。
「カノン…くそぉぉ!! 俺の本当の力を見せてやる!」
シロウは右腕の包帯を取り除き、その右腕から漆黒のオーラを吹き出す。
「見えるか!? 貴様の火遊びとは一味違う、魔を秘めた本当の炎が… 魔眼の力をなめるなよ!!」
そして、残った左手で顔を半分覆い隠す。
「ククク、もう後戻りはできないぞ… 巻き方を忘れちまったからな…」
「イチロー様! 凄い中二力です!」
「あぁ、確かに…痛いよな…」
シロウの言葉にアシヤとカローラが顔を引きつらせる。
「喰らえ!! 魔王炎殺黒竜波ぁぁぁぁ!!!!」
シロウの右腕から漆黒の竜の様な炎がアシヤ一向目掛けて撃ち出される。
「シュリフレイム」
「あい」
それに対して、シュリから赤色の炎が吹き出され、シロウの魔王炎殺黒竜波と激しく衝突して、眩しい光と共に対消滅する。
「なん…だと!?」
「おまけでシュリファイアーじゃ」
追撃のシュリファイアーが撃ち出され、シロウは先程のカノンと同じように地面にのたうち回る。
「スザク!! キリオ!! カノン!! シロウ!!!」
残されたタケルが絶叫する。
「さて…残ったのはお前たちだけだぞ…」
邪悪な笑みを浮かべながらアシヤ・イチローがタケルたちに近づいてきた…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます