第191話 滅茶苦茶驚愕する真実
「見て下さいよ、ほら、口の中が皮がめくれてベロベロですよ」
そう言ってマリスティーヌが口を大きく開いて、アツアツ餃子で火傷して、口の中が薄皮がめくれてベロベロになった状態をシュリや、カローラに見せている。
「なんじゃ、マリスティーヌよ、お主軟弱じゃのぅ~ あれぐらいの熱さにそんな事になるとは」
「私も火傷して捲れたけど、もう治ったわよ、マリスティーヌ、回復が遅いんじゃないの?」
一般人のマリスティーヌに対して、ドラゴンであるシュリと、ヴァンパイアであるカローラがマウントを取り始める。
お前ら、火を履くドラゴンと、無限の再生力を持つヴァンパイアだろうが…一般人のマリスティーヌ相手にイキるなよ…
「あぁ、そうでしたね、直せばよかったですね」
マリスティーヌはそう言うと口に手を翳して治療魔法を使い始める。
「えっ? マリスティーヌ、お前、もう治療魔法を使えるようになったのか?」
俺は少し目を丸くしてマリスティーヌに尋ねる。
「はい、先日のシュリさんのタックルで、治療魔法ぐらい憶えておかないと、この先やって行けそうにありませんでしたから、必死になって憶えましたよ」
「あの時、俺がマリスティーヌを回復させてやったが、臨死体験していたからな…」
俺とマリスティーヌが会話している横で、シュリがバツが悪そうに、少し頬を赤らめて顔を逸らす。
そこにヤヨイが食後のお茶を運んできて、俺やディートのお茶を配っていく。
「あっ、そういえばディート、俺に用事で来たんだったよな」
「えっ、あっ、は、はい!」
口元を押さえていたディートは俺の声に驚いたように顔を上げる。もしかして、ディートも口の中のベロベロを直していたのか?
「それで、何の用だ?」
俺が改めて尋ねるとディートの顔が引き締まり真剣な顔になる。
「アシヤ先生… 以前より、アシヤ先生に頼まれていた品が完成いたしました…」
「「「えっ!?」」」
ディートの言葉に驚いて声を上げたのは、俺だけではなく、俺の周りにいた皆も驚いて声を上げ、振りかってディートに注目する。
「俺に頼まれていたものって、性転換を治療する薬の事だよな… 本当にもうできたのか?」
完成するのはまだまだずっと先だと思っていた俺に、ディートは真剣な眼差しで頷く。
「はい、完成いたしました。これも原因物質を保存していただけではなく、摂取する前の調理方法まで詳細に教えて頂きましたので、厳密な原因物質の特定が出来ましたし、治療薬の原料となる素材も集めて頂きましたので、治療薬の生成は安易に進める事ができました」
「………」
カズコは複雑な思い詰めた顔をしてディートの横顔を見ている。
治療薬の生成と言えば、魔女が大釜でネルネルして時間をかけて作るものだと思っていたが、ディートは俺が考えていた以上に優秀な人材だったんだな。
「そうか…すまない…いや、ありがとう、俺の仲間の為にこんなに急いで薬を作ってもらって… それでその治療薬の現物はどこに? ディートの研究室に行って注射か何かで摂取したらいいのか?」
「いえ、今こちらにお持ちいたしました」
ディートはそう言うと、懐に手を入れて漁り、三本の小さな小瓶を取り出す。皆の視線が小瓶に集中する。
「これが…治療薬… 三本あるという事は順番に飲むのか?」
俺は小瓶の一本を手に取り、眺めながら尋ねた。
「いえ、全て同じものです。なので一本だけでも効果がありますが、より回復時間を早めたい場合には、追加で飲むために三本用意してきました」
すると、身を乗り出して治療薬の小瓶をマジマジと見ていたシュリが、小瓶を手に取りながらディートに質問する。
「それでは、一本だけ飲もうが三本とも飲もうが、遅いか早いかの違いだけで、性転換の治療薬になのるのじゃな?」
「はい、種族によっても回復時間に開きがあるので…その途中の状態が長く続くようであれば…と思い三本用意してきました」
ディートはシュリの好奇心の言葉に丁寧に答える。
「じゃあじゃあ、これはカズコの様なオーク専用の薬ではなく、汎用性の薬で、どんな種族でも使えるものなの?」
カローラもシュリと同様に治療薬に興味を抱いたのだが、治療薬を手に取って明りに小瓶を透かしながら、ディートに尋ねる。
「どんな種族でも必ず…と言うと、植物系や昆虫類などで実験はしていませんので、なんとも言えませんが、基本的な脊椎動物であれば大丈夫かと思います。後、特に後遺症などもありません」
ディートはカローラにも丁寧に解説する。
「なるほど、そうなんだ」
「問題なさそうじゃな」
ディートの話を聞いて納得したカローラとシュリが、そう言って自分の目の前に小瓶を掲げる。
きゅぽんっ
次の瞬間、二人から小瓶の蓋を放つ音が響く。
「えっ?お前ら何開けてんだよ?」
とっさの事で唖然としながら二人に声を掛けると、シュリとカローラの二人は有無を言わさず、小瓶の中の治療薬を煽り始める。
「ちょっ! おまっ!」
ごきゅっ ごきゅっ ごきゅっ ぷはぁ~!
シュリとカローラの二人は風呂上がりのビールでも飲み干す様に、一気に小瓶の治療薬を俺の目の前で飲み切ってしまった。
「ちょっ… ちょっ… お、お、お前ら!!! 一体、何考えてんだよぉ!! お前ら二人して、男になりたかったのかぁぁ!?」
治療薬が美味かったのか知らないが、二人は治療薬を飲み干した余韻に浸っているシュリとカローラの二人に、酷く困惑しながら声を荒げる。
「ア、アシヤ先生っ! 落ち着いて下さいっ! この治療薬は特殊な食べ物で性転換してしまった症状を治すだけで、性転換薬ではないんですっ!」
ディートが立ち上がる俺の裾を引っ張って必死に説明してくる。
俺はその言葉に更に混乱して、ディートとシュリとカローラの間に視線をキョロキョロとさせる。
「えっ!?えっ!?えっ!? 一体、どういう事?」
俺は訳が分からず困惑する。
「いやぁ~ 主様…あの時、わらわはカズオの作った料理を摘み食いしておってのぅ~ 実はわらわも性転換しておったのじゃ」
「イチロー様、私もです… シュリがこっそりと持ってきてくれたので、二人で摘み食いをして、私も男に…」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
あっけらかんと、とんでもない真実を語り出す二人に、俺は盛大に驚きの声を上げる。
「でも、お前ら、カズコみたいに姿が全然かわってないだろっ!?」
俺は震える指先で二人を指し示しながら尋ねる。
「わらわの姿は元々、元のなった人間の姿に化けておるだけじゃからのぅ~ 性別が変わっても姿は変わらん」
「私も、存在マテリアルが欠乏していて、その存在マテリアルで通常状態を維持できる性徴が始まる前の幼体で固定されていますので、性別の特徴は出にくかったんです…まぁ、余計なものは生えてましたが…」
二人の説明は確かに理屈が通っている…
その言葉にあの時の状況を思い返してみれば、俺が馬車に戻って、カズコの事を神が我に与えたもうたご褒美だと思っていた時、シュリとカローラは何故か二人して、ロフトのベッドの所にいた…ならば、カズオがカズコになっていくことも知っていたはず…
また、あの後、カーバルにつくまでの間、一緒にロフトで二人と寝る事も無かった。
その他にも、いつもは一緒に風呂に入って、髪の毛を洗ってやるのが、常であったが、カーバルについてからは、一度も一緒に風呂に入ってない…思い返せば、シュリとカローラだけで風呂に入っていた…
今から思い返せば、二人の不可解な行動が幾つもあったことが思い返される。
「ちょっと待てよ…あの時、お前らはロフトの所にいたよな…って事は、カズコがカズオだって事は元々知っていたんじゃないのか?…」
俺が二人にその事を尋ねると、二人してマズいって顔をして目を逸らす。
「それどころかよぉ… 自分たちが性転換したのは摘み食いをしたせいじゃないかと思って、カズオが味見して性転換するのを確認してたんじゃねぇだろうな…?」
俺の言葉にシュリとカローラの顔が見る見ると青くなっていき、いたずらが親にバレた子供の様に、脂汗を流してガタガタと震えだす。…どうやら図星のようだ。
俺は、目の前のシュリとカローラが、雨の日に捨てられて、寒さに震えながら目の前に人間に拾ってもらえるのか、そうでないかと待ち受ける子猫の様に見えて来て、先程まで感じていた怒りや困惑といった感情が覚めていくのが分かった。
そして、俺は二人を前に大きな溜息をつく。
「もういいよ…怒ったりしないから…」
二人はまだビクビクとした上目づかいで俺を見上げる。
「ある意味、お前ら二人も被害者のようなものだし、いきなり性転換して混乱していたのも分かる。それと… 男になったら俺から捨てられるとでも思っていたのか?」
俺の言葉に二人はピクリと肩を震わせる。
俺と一緒に過ごして、人間界の料理の味を知ってしまったシュリは、もう野生には戻れないだろうし、カローラも城を奪われた状態では、行き場を失ったニート状態だ。そんな二人だから俺から捨てられまいとして、性転換した事を黙っていたのだろう…
「もっと俺の事を信用しろよ…女だったら残して、男だったら捨てるような人間なら、とうの昔にカズオを捨ててるだろ? だから、男になったからって捨てたりはしねぇよ」
俺はそう言いながら二人の頭をワシワシと撫でてやる。
「あ、あっ…あるじさまぁぁぁっ!」
シュリは不安げにしていた顔を開かせて、瞳を涙で潤ませながら、抱きついて顔を埋めてくる。
「イ、イチロー様… 今まで…めちゃくちゃ怖かったです…ようやく…人心地がつきました…」
カローラは遭難していた人がようやく救助されたかのように安心した顔で俺にしがみ付いてくる。
シュリは保護した動物が懐いて野生に帰りたくないって感じで可愛げがあるが、カローラの方はこのままニート生活が続けられるって感じがしてちょっとモヤる。
しかし、まぁ…今回の御付きの骨メイドがヤヨイだから、もし仮に今回の旅の途中で捨てられるような事があれば、ヤヨイは俺についてくると思う。その場合はカローラは一人で捨てられる事になるのか… カローラは生活力がないから、一人になったら、例えヴァンパイアであっても野垂れ死にしそうだな…だから、死活問題で結構必死だったのかも知れない…
「俺は怒っていないが、性転換の原因を確かめる為に、カズコを生贄にした事はちゃんとカズコに謝れよ、ってか、最後にカズコに薬を飲ませたら、この騒動は終わりだな…」
二人にそう言い聞かせて、俺は二人から視線をカズコの方に向けようとする。
「あれ? カズコは?」
キョロキョロと辺りを見回してもカズコの姿が見えない。
「キング・イチロー様、カズコさんなら、先程、部屋の外に出ていかれましたよ」
アルファーがあっけらかんとした感じに答える。
「くっそ! カズコの奴! 逃げ出しやがった!!!」
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