第190話 餃子パーティー
「くっそ! ちょっと目を話した隙に、またこんなものを買ってきやがってっ!」
俺はそう言いながら、ボウルの中身を混ぜ続ける。
「すみません、キング・イチロー様… 私がまだ買い物に慣れていなくて…」
アルファーが小麦粉を練りながら、頭を下げてくる。
「いや、アルファーにどうこういうつもりはねぇよ、まだまだ、人間社会での常識が分からない所があるんだからな、それよりも問題は…」
俺は視線をアルファーから問題の人物に移す。
「おい! マリスティーヌ! お前、何べんいったら分かんだよ! ちゃんとかつ丼以外の料理も食べさせてんだろうがっ! それなのに何でかつ丼の材料ばかり買ってくんだよっ!」
俺の怒声に、練った小麦粉の生地を小さく丸めているマリスティーヌはビクリと肩を震わせる。
「いや~わ、私も少しは他の物も作ろうとは思っているのですが、あまり作り方を分かっていないので…結局かつ丼に…」
マリスティーヌはバツが悪そうにてへへと笑って答える。
「くっそ! まぁそう言う事にしておいてやるよ… それで、今何枚ぐらい出来たんだ?」
「ちょっと待って下さい…えっと…ひぃふぅみぃよぉ… 150ぐらいですかね?」
マリスティーヌは拳大に広げた生地の束を数えて答える。
「じゃあ、マリスティーヌはそのまま生地を作っていけ、手の空いているやつは、俺と一緒にタネを包んでいくぞ」
俺はキャベツのみじん切りやミンチ肉を混ぜ込んだタネを入れたボウルを抱えて、リビングのテーブルまで進み、周りのソファーに腰を降ろす連中に声を掛ける。
「いいか見てろよ」
俺は匙でタネをすくって、マリスティーヌの広げた生地の上に置き、生地の淵に水を付けてひだを作りながらタネを包んでいく。
「こんな感じに包んでいけ」
出来上がったものを掌に載せて、皆に見せる。
「おぉ… 主様、意外と器用に作るのぅ~」
先日の一件から落ち着いたシュリが、俺の完成品を見ながら、感心した声を上げる。
「えぇぇ~ そんな器用にできませんよ、イチロー様~ どうせなら、もっと大きなものを作りましょうよ、その方が楽でしょ?」
「カローラ、餃子はこの大きさだから良いんだよ、ほら、口動かさずに手を動かせ」
愚痴を漏らすカローラにそう告げている間に、カズコがせっせと作り始めて完成したものを俺の前に差し出す。
「旦那様、こんな感じでよろしいでしょうか?」
そこには見事に包まれた餃子があった。
「やっぱ、流石だな…カズコは… いつも飯を作っているだけあるな」
「うふふ♪」
俺に褒められた事を嬉しがるカズコは頬を染める。あぁ…元がカズオでさえ無ければ…
そんなカズコの作った餃子と俺の作った餃子を、アルファーがひょいと摘まんで、マジマジと見始める。
「なるほど…わかりました。この様に包めばよいのですね」
そう言うと、アルファーは自分もこねこねと作り始め、完成品を作って俺の前に差し出す。
「これで良いでしょうか?」
そこには機械で包まれたような見事に餃子があった。
「おぅ、これでいい、アルファーも凄い上手だな…」
これはあっという間に俺の餃子包み力を追い越されてしまいそうだ。しかし、これだけ手練れがいれば、無事に餃子パーティーが出来そうだな…
「むっ、これは結構難しいのぅ… わらわも負けてはおれん…」
シュリもカズコやアルファーの完成品を見て、まだまだ不完全な自分の餃子を見て、せっせと包み始める。シュリの包み方もカズコやアルファーの物と比べると出来が悪いが及第点だ。もともとシュリはオカン力が高いから、すぐに出来の良い物を作れるようになるだろう…問題は…
俺は自分でもせっせと餃子を包みながらカローラに視線を向ける。
「うわっ…具が溢れてくるし… 生地が破ける… お腹に入れば一緒なんじゃないの…?」
ダメだ…コイツ…何とかしないと… 不器用すぎる…
「おい、カローラ、お前は包むのはいいから、マリスティーヌと一緒に生地を広げていけ」
「わ…分かりました…イチロー様…」
カローラは自分でも不器用で向いていない事が分かっていたのか、マリスティーヌの方にすり寄って、生地作りに手を伸ばす。
「ちょっと待て、カローラ、具で手がべちゃべちゃだろうが、手を洗って拭いてからにしろ」
「はぁーい」
俺が注意すると、ぱたぱたと足音を立ててキッチンに手を洗いに行く。見た目はあれでも中身はちゃんとした成人女性なんだから不思議だ…
そんな時に部屋の扉がノックされる。
「だれじゃ?」
「おーい! 今、手が離せないから、勝手に扉を開けて入ってくれ!!」
俺はせっせと餃子を包みながら、ノックに対して返事する。すると俺の声に呼応してしばらく間をおいてからカチャリと扉が開かれる。
「ア・アシヤ先生…失礼致します…」
扉の隙間からディートが顔を覗かせて出てくる。
「おぅ、ディートか良い所に来たな、これから飯を食うんだが、お前も食っていけよ」
俺はいつも通りにディートに声を掛ける。
「い、いや、僕は別に食事を食べに来たわけでは…」
ディートはいつも通りに遠慮しがちに答える。
「だから、遠慮すんなって、食ってけ食ってけ」
そう言ってディートを部屋の中に招き入れて、テーブルの上を見ると、カズコ、アルファー、そしてシュリの頑張りもあって、既に結構な数の餃子が出来上がっている。
「おぉ、結構出来てるな…じゃあ、焼き始めるか…シュリ、また頼めるか?」
「また、わらわが火を噴くのじゃな… まぁ、仕方ないのぅ…」
今日のシュリは素直によっこいしょっと立ち上がり、既に設置してあるホットプレートの吹き込み口に回り込む。
「いつもすまねぇな、シュリ、今回も一番最初に食わせてやるからな」
シュリに声を掛けながら、俺は鉄板に油を塗っていく。そして、鉄板があったまるのを待ってから、完成した餃子を次々と鉄板の上に並べていく
ジュッジュジュ~
鉄板の上からいい焼き音が立ち始める。その音に皆の視線が鉄板に集まる。
「よしよし、いい感じだ」
俺は餃子の熱の入り方を眺めながら、羽付きの肝になる、差し水をかき混ぜる。重要なのは水10に対して小麦粉1の比率だ。しかもダマにならないように良くかき混ぜる。
「よし!」
俺は掛け声と共に、鉄板の上に餃子に満遍なく差し水をかけていく。
ジュオォォォォォ!
差し水の弾ける音と共に、大量の水蒸気が湧き上がり、俺はすぐさま蓋をして蒸し焼きを始める。
「ふぅ! ふぅ! ふぅ!!」
シュリが火を噴きながら唸り声をあげる。
「もう、音だけで美味しそうだって、イチロー様」
カローラがシュリの言葉を通訳する。
「そうだろそうだろ? でも、上はもっちり下はパリッとさせるには我慢が必要だ。もう少し頑張れ、シュリ」
シュリは俺の言葉に答える様に火を吹き込み続ける。
蓋をされた状態の餃子に、固唾を呑んで皆の視線が集まる。
ジュオォォ…ジュォ…ジュジュ…
蓋の中から響く、水蒸気の音が段々小さくなってくる。
「そろそろか?」
俺は蓋を取って持ち上げると、もあっとした湯気と同時にパリッと焼き上がった羽付きの餃子が姿を現す。
「完成ですかっ!? イチローさん」
マリスティーヌが口元に涎を垂らしながら声を上げる。
「いや! まだだ!! 最後の仕上げにこれを入れる!!」
俺はカーバルで見つけた小瓶を、鉄板の淵から餃子を囲むように注ぎ込んでいく。
「なんですか!なんですか! この芳ばしい香りは!! 涎がとまりませんよっ!!」
「いいだろう? やっぱ仕上げにごま油を使って焼き上げないとな!! この一手間で味が断然変わってくる!!」
皆が身を乗り出して、鉄板の上の餃子を覗き込む。
「よし! カズコ、皆の分の取り皿を渡していってくれ、後、餃子のたれもな」
「はい! 旦那様!」
カズコに指示を飛ばして、俺は人分づつの餃子を取り分けていく。こてで餃子の底をさらって、皿の上のぽんっとひっくり返して載せると、いい感じの焼き加減になった餃子の羽が上に来る。
「先ずはシュリ、ほら、お前の分だぞ」
「おぉ!! これはまた美味そうな料理じゃ!」
シュリは渡された餃子に瞳を輝かせる。
「どんどん、配っていくぞ!!」
俺は餃子を次々と取り分けて皆に配っていく。
「じゃあ、食うぞ! 頂きます!」
「「「いただきます!」」」
頂きますの声と同時に皆が、餃子を頬張り始める。俺も餃子のたれをつけて餃子を一つ口に放り込む。
パリッ! もきゅ! じゅわぁわぁわぁ~
羽根のパリっとした砕ける感覚に、餃子上部の水蒸気で蒸されたもちもちした感じ、それに噛み千切った後に餃子の中から溢れ出てくる餃子の旨味いっぱいの汁、そして口の中に広がるごま油の香り…
「うめぇ~!! 異世界の材料で作ったから心配だったけど、ちゃんとした餃子になってる!!」
俺は餃子の中から溢れ出てくる汁の熱さに、ハフハフしながら声をあげる。
「おいひい!! でも、あつひ! おいひい! でもあつひ!!」
マリスティーヌもハフハフいいながら餃子を頬張る。
「このシャバシャバのソースもよく合いますねっ! こんなの食べた事がないですっ!」
ディートが珍しく楽しそうな顔をしている。
「そうだろ、そうだろ! 何個か食べたら、味変するために、このラー油も入れてみるといいぞ、ただ辛いから入れすぎには気をつけろよ!」
そう言って、ディートにラー油を進める。
「お、美味しいけど… 口の中がべろべろに…」
カローラがどうやら、口の中を火傷したようでコクコクと水を飲み始める。
「くぅ~ん…」
「おっ、ポチ、もう食っちまったのか… まぁ、ポチの身体の大きさなら一口だな… 一度皆が食べ終わったら、もう一度焼きなおすから待ってくれ、シュリもいいな?」
「あいわかった、主様! わらわももっとお代わりしたいのじゃ!」
シュリがいつもの笑顔で答える。
「よーし! どんどん、焼いていくぞ!!」
こうして俺達の餃子パーティーは盛大に盛り上がったのであった。
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