第189話 小さなシュリのものがたり

「はぁ… 失神している間に、久しぶりにお師匠様の夢を見ましたよ… なんだか川向うで、私を追い払うように手を振っていて… 変な夢でした…」


 マリスティーヌは大きなため息をついて、身体を脱力させて、そう語る。


 それは夢ではなく臨死体験だと言いたくなったが、隅っこで、まだ顔を赤くしながら縮こまって座っているシュリがいるので口に出さずに心の中で思うだけにしておく。


「とりあえず、マリスティーヌ、回復の為になんでも注文して食っていいぞ。身体の方は一応回復魔法をかけてやったけど…」


「えっ!? 本当ですか!! イチローさん、なんでも注文していいんですかっ!」


 ぐったりしていたマリスティーヌは、俺の言葉に息を吹き返したように元気になり、瞳を輝かせて身を乗り出してくる。


「あぁ、飯ぐらいなんでもいい、これだけの人数がいればみんなで分ければ色々食えるだろ」


 そう言ってマリスティーヌに店のメニューを渡してやる。


 今、俺達は学園内の自室ではなく、学園外のレストランに来ている。それと言うのも、シュリがリビングのテーブルを破壊したせいで、部屋の中で食事を採れる状況ではなく、落ち着いたシュリを連れて外で食事をする事になったのである。

 一応、部屋の方は学園内の業者によって床のフローリングを修復しており、破壊された家具は骨メイドのヤヨイが清掃中である。

 まぁ、床のフローリングについては、学園の業者が直してくれるが、壊れたテーブルに関してはすぐさま用意も出来ないそうないでの、飯を食った後に買って帰らないといけない。テーブル代と修理代はこちら持ちだ。俺の講師代と、皆の実験協力代の事を考えれば安い金額ではあるが…


「では、どれにしようかなぁ~♪ もう面倒だから食べたいもの全部頼んじゃいますね~ あと、かつ丼は…」


「ねぇよ、そんなもん… あってもお前の分だけだがな…」


 もし仮に似たような物が有ったら、マリスティーヌが全員分頼みそうだったので、先に釘を刺しておく。


 マリスティーヌが中心になって注文する料理を決めて、後のメンバーがそれ以外で個人的に食べたいものを注文していく。


「旦那様は何を注文なさりますか?」


 俺の左隣に腰を降ろすカズコが身を摺り寄せながら聞いてくる。


「いや、俺の好きそうなのを適当に頼んでくれといたらいいよ」


 そう言って、カズコを適当にあしらう。カズコとは適度に距離を取りたいからな…


 その後、メニューはアルファーにも回って、何を頼んでよいか分からないアルファーを横からマリスティーヌが説明して、半ば勝手に決めている。


 俺はそんな光景を流して、視線を右隣にまだ顔を真っ赤にして縮こまって座るシュリに目を向ける。


「シュリ…もう落ち着いたか?」


 俺が言葉を掛けると、シュリは涙目になりながら目を伏せる。部屋にいた時のように、のたうち回って暴れはしないが、まだ完全には落ち着いていないようだ。


 まだ、シュリはこんなことになっているが、大体の事情はカローラとマリスティーヌの言葉から検討はついている。


 今、カローラ城で保護している作家のニシゾノ・ハルヒであるが、出発前に執筆していたのは『初恋はじめました』だけではなく、ハニバルでシュリと一緒にいた間に、シュリから聞いた話を纏めた『小さなシュリのものがたり』という書籍も出版したようなのだ。


 しかも、モデルというよりは、本名もそのままで、しかも内容は恋愛小説のようである。ようであると言っているのは、まだ俺が目を通していない為、詳細な内容を知らないからだ。


 その本が、このカーバルでも先日、販売開始され、著名作家であるニシゾノ・ハルヒの新作という事で、この学園の女生徒の多くが手にして読んだのである。


 なるほど、殆どの学生が読んでいるなら、皆、本の主人公がこの学園にいるシュリの事だと気が付き、声も掛けるわな…


 俺に対しても反応があるという事は、恐らく俺の事も書かれているのであろう…いい巻き添えである。お陰で女漁が上手く行かなくなってしまった…


「シュリ…まだいじけているの? いい加減、機嫌を直しなさいよ… 貴方の憧れのあのニシゾノ・ハルヒに主人公として小説を書いてもらったのよ?」


「うぅぅぅ…」


 まだ伏せ顔のシュリにカローラが煽る様に声を掛けると、シュリは更に顔を赤くして縮こまる。


「こら、カローラ止めてやれ」


 俺は見るに見かねてカローラの煽りを止めに入る。


「えっ? イチロー様?」


 俺が止めに入った事にカローラは目を丸くする。


「俺も『麗し』の俺のカードが発行された時は、今のシュリみたく、顔から火が出る様に恥ずかしくて、表にでるのが嫌になった… だから、シュリの気持ちは良く分かる…」


「えぇぇぇ~」


 カローラは声を漏らして、更に目を丸くして、シュリはピクリと肩を動かす。


「人には知られたくない事はある。俺だってそうだし、シュリだってそうだ。だから、俺はシュリの事が書かれた本は読まないから安心しろ!」


 俺がそう言ってシュリに言葉を投げかけると、シュリは呆然とした顔で俺を見上げる。


「あ~ イチロー様…そんな事を言っちゃいますか…」


「何がだよ? 何のことだよ?」


 カローラの言葉の真意が分からず、俺は丸くなった目をカローラに向ける。


「いや…なんていうか…その…別の意味で…シュリが気の毒かな?って…」


 カローラは俺にそう答えて、次にシュリに目を向ける。


「シュリ…貴方もこのままでいいの?」


 先程のあおり口調ではなく、本当にシュリを心配したような顔と口調で尋ねる。


 カローラの言葉に俺を見上げていたシュリは、再び顔を項垂れて黙り込む。しかし、ずっと黙っている様子ではなく、言葉を選んでいる様で口を動かし、意を決したように顔を上げる。


「今は…それでよい… わらわの… 気持ちが落ち着いたら… 読んで貰っても…よい…」


 たどたどしさもあるが、言葉を噛み締め搾り出す様に語り出す。


「ん~ まぁ、シュリがそう言うならそれでいいだろ…」


 とりあえずは、シュリがそれで落ち着くなら良しという事にする。


 なんでか分からないが、俺とシュリの言動に、カローラとマリスティーヌが微妙な顔をしていたが、気にしない事にする。


 そんな所へ、ワゴンに山盛りの料理を満載したウェイトレスがやってくる。


「お待たせいたしました~ ご注文の品をお持ちしましたよ」


「えっ? 全部山盛り? しかもこの品数? マジで!?」


「はい、マジです」


 驚く俺に、ウェイトレスは笑顔で返す。


「これは気合入れて食べないと食い切れないぞ!! 食べ物を無駄にする事はまかりならん! みんな残さず食うぞ!!」


「「「「おー!!」」」


 俺が声を上げると、シュリを合わせた皆が声を上げて、いつも通りの騒がしい夕食となった。



 小さなシュリのものがたり ニシゾノ・ハルヒ


 背が低くてドラゴンである事を気にしているちっちゃなシュリ… そんなシュリは少しおっちょこちょいで、やきもち焼きで、骨付きあばら肉が大好きな女の子。

 そんなシュリが思いを寄せるのは、背か高くてハンサムで、剣も魔法も万能な少しちょい悪のアシヤ・イチロー

 シュリはいつもイチローの側にいて、イチローの事を一途に思い続けているのに、いつも彼は知らんぶり。それどころか、いつも他の女の子に言い寄られて、シュリの心の内は、いつもモヤモヤしてばかり。

 どうすれば、シュリのこの思いがイチローに届くの? いつになったらシュリにふりむいてくれるの?

 そんなシュリとイチロー、そして彼女を取り巻く仲間たちとの日常は続いていく…


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