第188話 シュリ、ご乱心

「じゃあ、今日の講義はここまでだ」


 授業終了のチャイムに合わせて、教壇の上から生徒に向けて告げる。それと合わせて俺は、5人の女生徒にアイコンタクトを送る。うん、ちゃんと気付いてアイコンタクトの返事を返してくる。でも、今日のみんなは表情が硬いな…


 監視役の爺さんの部下は、俺のアイコンタクトに気が付かずに、今日も何事も無かったと思い込んで、胸を撫で降ろし爺さんの研究室に戻っていく。


 さて、監視役が姿を消した後で、アイコンタクトをした女生徒達が俺の元へとこっそりとやってくる。



 俺のアイコンタクトに王子てやってきたのは、あの面倒な王女の元取り巻きの女生徒だ。


 どういう経緯でこうなったのかと言うと、先ずメラニーが最初の授業で俺に一目ぼれをして、こっそりとコンタクトを取って、その事に気が付いたエマがメラニーの後をつけて来たのを俺が捕まえて、じっくりたっぷり肉体的説得を行い、仲間にしたメラニーとエマの二人でジュリーを呼び出して再び肉体的説得を行った。

 その後、取り巻きの減った王女の機嫌が悪くなり、八つ当たりの増えたヴィクトリアとメラーニャがメラニー、エマ、ジュリーの三人に相談をしに来たところで、一挙に最後の二人を仲間にしたわけだ。

 貞操観念の強い貴族の娘…男女の快楽など知らない身体に、俺のスーパーウルトラスペシャルレアレジェンドちくわ大明神マキシマイズテクニックに掛かれば、まぁこんなものよ… 自分の才能が恐ろしい…


「やぁ、メラニー、エマ、ジュリー、ヴィクトリア、メラーニャ」


 俺は爽やかイケメンキラキラ王子様フェイスで彼女たちに微笑みかける。さて、今日はどこ娘が俺とのランデブーを望んでい来るのか…もしかしたら全員か? 3Pまでならやったがまだ全員との5Pは試してないな… それもよいな…


 俺はフルメンバーによる5Pを期待して彼女たちを見るが、俺の期待とは裏腹に、なんだか、芳しくない沈んだ顔をしている。


「どうしたんだ? みんな…調子が悪いのか?」


 俺が問いかけると、まず初めにメラニーが伏目勝ちで返してくる。


「アシヤ先生…今日はちょっと…」


 彼女が口を開いたのを皮切りに皆、メラニーと同じように口を開く。


「先生…私もです…」

「ジュリーもちょっと…」

「私も先生と一緒にいたいのですが…」

「今日は気分が乗らなくて…」


 五人全員が俺とのランデブーを断ってくる。


 おいおい、一体どうした事なんだ?みんな今まで、薬の処方箋の一日三回食前食中食後の様に、授業前・授業後、昼食前・昼食後、夕食後、深夜と…俺とのランデブーを望んでいたのに、なんで今日に限ってはみんな断ってくるんだ?


「みんなっ!どうしたんだよ!? 全員、俺とのランデブーの順番を楽しみにしていたじゃないか!!」


 俺の言葉に皆、視線を逸らせて項垂れる。


「だって…」

「そうね…」

「アレを読んだ後じゃ…」

「いくら私たちでも…」

「気が引けるわよね…」


 五人が意味ありげに後ろめたさを露わにして、口にする。


「あれを読んだ後って何の事だ?」


 俺は事情が掴めずそう尋ねる。


「あれ? アシヤ先生はまだご覧になってないのですか?」

「当事者なのに?」

「あっ、でも、あれはアシヤ先生がご覧になるような類のものではないですし…」

「かと言って、アシヤ先生がアレの内容をご存じないのはどうかと…」

「でも、アシヤ先生にお渡ししたら、シュリちゃんが…」


 更に謎の言葉が飛び交い、俺は更に困惑する。


「アレってなんだ? それにシュリの名前が出てきたが、どうしてシュリの名前が出てくるんだ?」


 俺はそう尋ねるが、五人は項垂れて押し黙ってしまった。


 どうやらこれ以上尋ねても、事情を教えてくれそうに無いし、ランデブーも出来そうにない…


「仕方ない…今日は諦めるか…」


 俺が諦めてため息交じりにそう言うと、再び彼女たちが顔を上げる。


「そうです、今日は私たちの事はいいですっ!」

「それよりも、早くシュリちゃんのお迎えに行ってあげてくださいっ!」

「私たち、見守っていますからっ!」


 まるで、友人を応援するような仕草で言ってくる。


「なんだか、訳が分からないが今日は素直にシュリを迎えに行ってくるよ…」


 俺は釈然としない思いをしながら、五人の声援を受けて、シュリのいる研究室に向けて歩き出す。途中、別の女生徒にもすれ違うが、俺の姿を見る度にひそひそ話がされる。本当に一体何があったというんだ?


 まぁ、直接、シュリ本人に聞けばよいか…


 そんなこんなで、爺さんの研究室の前に辿り着き、勢いよく扉を開け放つ。


「おい、爺さん! シュリを迎えに来たぞっ!」


 俺は勢いよく研究室の中に入るが、いつもの様に椅子に座って大皿に盛られた骨付きあばら肉を食べるシュリの姿はなく、爺さんが事務机に座って、お茶をしながら読書をしている姿しかなかった。


「あれ? 爺さん、シュリは?」


「おう、お主か、シュリちゃんなら、一時間程前にカローラちゃんが来て、用事が出来たと言って帰って行ったぞ?」


 爺さんはお茶と本を置いて答える。


「えっ? そうなのか? カローラも来ていたのか…」


 なんでカローラも関わってくるんだ?


「そうじゃのう…カローラちゃんが来て、シュリちゃんに耳打ちをしたかと思うと、シュリちゃんは血相を変えて出て行ったぞい」


「血相を変えて出て行った? 爺さん、他に何か知らないか?」


「いや、わしも何も知らん… 悩み事や問題があるなら、わしが相談に乗って好感度を上げようと思ったのじゃが、話をする前に駆け出して行ってしもたわ」


 爺さん、まだそんな事を言ってんのかよ…しかし、隠し事や嘘を言っているみたいには見えないな…


「わかった、自室に戻って見るよ、爺さん」


 そう言って、俺は爺さんに別れを告げて部屋を後にする。一応、その後にカローラも迎えに行ったが、シュリと同じように先に帰ったとの事だった。一体、何事なんだ?


 俺はなんだかモヤモヤとした気持ちを抱えながら自室に辿り着き、おもむろに扉を開けて中に入る。


 すると、入ってすぐのリビングには二人の姿は見えない。部屋にいるのか、それとも外に出ているのか…


 俺はいつも通りに『麗し』の衣装を緩めながら、リビングのソファーへと進んでいく。


「ん?」


 すると、リビングのテーブルの上に一冊の本が置かれているのが目に留まる。


「なんだ?」


 俺がソファーに座りながら、テーブルの本に手を伸ばそうとすると、キッチンから声が響く。


「あっ!」


 その声に視線を向けると、飲み物を入れたコップを持ったシュリの姿があった。


「シュリ、今日は…」


 シュリの姿を見つけて俺が声を掛けようとした瞬間、シュリがコップを投げ捨て、物凄い形相で、俺に向かってダイブしてくる。


 なんだ! なんでシュリが俺にダイブしてくるんだ!?(0.03秒)

 もしかして、女生徒の事がバレたのか!?(0.15秒)

 いや、ちゃんと致した後は風呂にも入って、香水も振って臭いを消していたはず!!(0.27秒)

 では、なんでダイブしてくるんだ!?(0.33秒)

 目がいつものものではなく、完全に獲物を狙う目だ!(0.45秒)

 そういえば、最近、一緒に風呂に入って頭を洗ってやってなかったな…(0.59秒)

 すると、スキンシップに飢えているのか?(0.62秒)

 では、抱きとめて、頭をなでなでしてやれば、いつものように『わーい!』とか言って喜ぶか?(0.77秒)


 俺は一瞬より短い刹那の時間で様々に思いめぐらせる。しかし、俺の感と言うか本能が、このままシュリを受け止めてはならないと警鐘を鳴らす!


「くっ!!」


 俺は必死になって身体を捩り、身を躱すと、シュリはテーブルに落下していく。



 ドゴォォォォォォン!!!!



 けたたましい轟音を立ててテーブルがシュリのダイブで粉砕される。


 コイツっ! 初めてあった時の様に、ドラゴン時の体重に戻してダイブしてきやがった!! あのまま受け止めていたら、俺は今頃… 俺の背中に冷や汗が流れる。


「おい!! シュリィィィ!!! てめぇぇぇ!! なにしやがんだよ!!!」


 俺は体勢を整えてシュリに怒りの罵声を浴びせるが、シュリはそんな俺にいざ知らずと構いなく、テーブルのあった場所で、釣り上げられた魚の様にのたうち回り始める。


「うがぁぁぁぁぁぁ!!! こんなの!!! こんなの!!! わらわではなぁぁぁぁい!!! よむなぁぁぁぁぁ!!! あるじさまはぜったいにぃぃぃ よむなぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そう叫びながら、シュリは赤熱したやかんの様に湯気を出し、顔を真っ赤にしながらテーブルの上にあった本と思われるものを、魚の様にのたうち回りながらビリビリに破り始める。


「な、何だよ…シュリ…何の事だが分からん…」


 最近は食べ過ぎだったり寒過ぎだったりで良く死にかけるシュリであるが、今回のシュリの全く理解できない奇行に、俺は激しく困惑する。一体、何がシュリをここまでさせるのか…


 そんな俺の元へ、シュリの破った本の切れ端がひらひらと落ちてくる。手に取って見てみるとそれは本の表紙の一部の様で、なんとかタイトルらしきものが読み取れる。


「ん?『小さなシュリのものがたり』?何だこれ…」


 すると、俺の呟きに気が付いたのか、のたうち回っていたシュリが再び俺に飛び掛かってくる。


「うがぁぁぁぁぁぁ!!! だからよむなといっておろうがぁぁぁぁぁ!!!!」


 飛びかかってくるシュリに、俺は咄嗟に切れ端を手放して身をかがめる。


 すると、シュリは俺ではなく切れ端に目標をして飛び掛かり、そのまま掴んで切れ端をビリビリに破る。


「うっ…うっ…こんなの…こんなの…わらわでは…」


 そして、シュリは切れ端をその身体で覆い隠す様に蹲って、嗚咽をあげ始める。


「だから…一体、何事なんだよ…」


 そんなふうに俺が困惑して呆然とシュリの姿を眺めていると、寝室の扉がカチャリと開き、その扉の隙間からカローラが顔を覗かせる。


「何かありました?」


「いや、何かありましたじゃなくて、カローラ…お前、騒動が落ち着くまで隠れてただろ?」


「いっいえ、そんな事はあ、ありませんよっ…ただ、ちょっと横になっていて寝ていたので…」


 カローラは目を泳がせながら逸らして、白々しい嘘をつく。


「そんなことより、シュリがあんなことになってんだが、カローラ、お前、何か知ってるか?」


 俺がカローラに尋ねると、カローラは顔を真っ赤にしてうずまるシュリをチラリと見てから、俺を手招きする。そのカローラの意図を察して、俺は屈んでカローラに耳を傾ける。


「実は…ハルヒさんの新刊が発行されたようで、その本のモデルがシュリみたい何ですよ…」


「俺もシュリがビリビリに破いた切れ端から見たんだけど、あの『小さなシュリのものがたり』ってハルヒさんが書いたのか?」


 カローラはコクリと頷く。


 そこへ、自室の扉が開き、この部屋の惨状を全く知らないマリスティーヌが姿を現す。


「ただいまぁ~! あっシュリさん、こんな所でどうされたんですが? それより、シュリさんっ! 見ましたし読みましたよっ! シュリさんの事を書き綴った『小さなシュリのものがたり』を! なんか、あれが青春というか初恋ってものなんですねっ! わたし…げふっ!!!」


 マリスティーヌの言葉の途中で、シュリが飛び掛かって伸し掛かる。


 俺は後から帰って来たアルファーやカズコと力を合わせて、マリスティーヌからシュリを引きはがすのに大変な苦労をする事になった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る