第186話 変容する学園内の様子

「おっかしいぃなぁ~」


 俺はブツブツと独り言を漏らしながら、学園内を歩く。


 先日の決闘大会の片付けも終わり、カズコを元に戻すための高山植物も手に入れたし、俺達が採取から戻って来た時にはアルファーがグランドワームも倒して手に入れていた。


 何もかもが順調に事が進んでいるはずであった。


 がしかし… 先日の決闘大会にて、華麗に全戦全勝を決めたはずなのに、女生徒からの熱い視線を感じない…本来なら…


 きゃー! 爽やかで華麗な最強教師のアシヤ・イチロー様よぉ~!(ハート)イチロー様の華麗で麗しい決闘を見て、火照って熱くなった私の身体をイチロー様のその尊いお身体で冷ましてぇ~♪(ラヴ)


 ってのがあっても良いはずだが…どうした事だ…そんな事が全く起きない…俺の予想では今日一日、俺のマイSONが乾く暇が無いはずだが…


 それどころか、なんか妙に避けられているというか…俺が通るたびに人混みがモーゼの様に別れていく… 少しやり過ぎて女生徒からすれば尊くなりすぎたのか?


「イチロー…お主、何をいっておるんじゃ?」


 ふいに背中から声をかけられて振り向くと、そこにはここの学園長であるロリコン爺さんの姿があった。


「何だ…爺さんか…ようやく女生徒から声を掛けられたと思ったのに…」


 俺はちっと舌打ちをする。


「お主、わしだと分かった瞬間舌打ちとは随分と失礼な奴じゃのう… それより…妄想を垂れ流しで学園内を歩かない方が良いぞ…」


 爺さんに心配そうな顔をされて言われる。


「えっ? また、垂れ流していた!? 一体、どのあたりから?」


「えっ? わしが再現するのか!? コホン…仕方ないのぅ… 『きゃー!爽やかで華麗な最強教師のアシヤ・イチロー様よぉ~!(はーと)』から『俺のマイSONが乾く暇が無いはずだが…

』までだ…」


 爺さんはご丁寧に俺が想像する女生徒の仕草から後で俺が愚痴る姿まで踏まえて再現する。くっそ…女生徒の仕草がめっちゃムカつく…


「くっそ…また殆ど全部じゃねぇか…」


 俺は恥ずかしさに手で顔を覆って項垂れる。


「ま、まぁ…若い時は様々な妄想をするものじゃ…わしもそうじゃった…だから、気を落とすでない…若さ故の過ち…という奴じゃ」


 爺さんは憐憫の眼差しで俺の肩を叩く。爺さんの若い頃と同じってのが納得いかない…


 そんな所へ小さな陰が飛び出してくる。


「アシヤ先生っ! あっ! 学園長!!」


 俺に話しかけるつもりで飛び出してきたディートは、すぐそばに学園長の姿も見つけて、緊張して身体を強張らせる。


「おう、そなたはディートフリードであったな、学園生活をエンジョイ&エキサイティングしておるか?」


 爺さんは身体をこわばらせたディートの両肩をパンパンと叩く。


「えっ? ええぇ!? あっ、あっはい…」


 ディートは自分の想像していた学園長の態度とは全く異なる、実物の学園長の気さくでフランクな態度に困惑して目を丸くする。


「ハハハッ! そう硬くなる出ない!」


 そう言いながら、爺さんはわしわしとディートの頭を撫でる。


「ディート、俺に何か用事があったみたいだが、なんだ?」


「えっ、えっと… その… 花…そう! 例の高山植物… マリスティーヌさんも手伝って下さったので、ホースフラワーの開花に成功しましたっ!」


 ディートはキョドりながら、俺に向き直る。


「ほぅ、ホースフラワーを? 開花時期を過ぎておるのに、花を咲かせることができたのか!? すごいのぅディートフリード」


 俺より前に爺さんの誉め言葉を受けて、ディートは一層キョドり出す。


「じゃあ、後は薬を調合するだけか~ 済まないなディート、報酬は何がいいか考えて置いてくれっ! あっそれと、俺の依頼で手間を掛けさせて分、お前の発表会に手助けが必要なら、手伝うから言ってくれよ」


 俺はディートの手をとって、謝辞の意味での握手をする。


「わ、分かりました…考えておきます…」


 ディートは照れるように顔を伏せる。


「所で、爺さん」


 俺は爺さんに向き直って尋ねる。


「なんじゃ」


「今から爺さんの所にシュリを迎えにいこうと思っていたんだが、どうして爺さんがこんな所にいるんだ? 実験はどうしたんだよ」


「あぁ、その事か、シュリちゃんが骨付きあばら肉の食べ過ぎで動けなくなったから、お主を呼んできてくれと頼まれてのぅ~ くっそ…これだけ貢いでもシュリちゃんはわしではなく、お主の方を選ぶとは… 腹立たしぃ…」


「おい、爺さん…爺さんも本音がだだ漏れになってんぞ…ってかたく… シュリの奴…どんだけ意地汚いんだよ…」


 シュリは美味い物は好きだが、マリスティーヌの様にあまり食べ物には意地汚くなかった筈だ…


「いや、シュリちゃんが先日、お主の骨付きあばら肉が美味かったというもので、ちょっとかなり嫉妬して対抗心を燃やして、通常の三倍の量の骨付きあばら肉を出したのじゃ、するとのぅ…シュリちゃんがお持ち帰りして、皆もの食べさせるというので…ここで食べなければ捨てるといって、わしの愛の籠った骨付きあばら肉を完食させたのじゃ…まさか、こんな事になるとは…」


 爺さんはてへぺろと茶目っ気を出してそう語る。


「全部、爺さんのせいじゃねぇかっ! ってか、大人気なさすぎるわっ!」


「なにをいう! そもそもの原因はお主が可愛いおなごを独り占めしておるからであろうがっ!! シュリちゃんから聞いたぞ!? なんでもダークエルフの十姉妹を孕ましたとか、マセレタやフェインのケモミミ少女まで侍らせておるとか… ケモナーの禿爺が血の涙を流しておったぞ!!」


 くっそ!シュリの奴…俺の個人情報をだだ漏れさせやがって… でも、流石に学園内で叫ばれると気まずいな…


「血の涙を流されても…知らんがな…」


 俺は泳ぐ目を爺さんから逸らせながら答える。


「まぁよい…そのうちわしにもシュリちゃんの様な娘を拾ったり、十姉妹に遭遇したりする機会があるはずじゃ… それよりも、早うシュリちゃんの所へ行ってやれ…死に際の様にお主の名前を呼んでおる…」


「いや、食い過ぎで俺の名を呼ばれてもなぁ…」


 なんだか酔っぱらいの面倒をみるのに近いな…だが、爺さんにはそんな機会は訪れないと思う。


「ふぅ~ さっさとシュリの所へ行ってやるか…」


 そう言って、ディートと別れてシュリの所へと進んでいく。その途中、思わぬ人物とすれ違う。いつものうざい王女だ。今日の取り巻きは二人か…フフフ…


「くっ!」


 俺の姿を見て、何か言いたげにしていたが、俺の隣には、学園都市のトップである学園長の姿がある。学園長の目があるので、いつもの調子で俺に突っかかってくることは出来まい。逆に、普段の言動を学園長に報告されるのではと、縮こまって気づかれないように通り過ぎようとしている。


「そう言えば…」


 俺はわざとらしく王女に聞こえるように声をあげる。すると、王女は今までの自分の言動を学長に報告されるのではと思い、ビクリと肩を震わせる。これは楽しい~


「なんじゃ?」


「シュリの奴って結局、何本の骨付きあばら肉を食ったんだよ?」


「ん? なんじゃその事か、48本じゃが?」


「48本って…フードファイターかよ…」


 俺がそう答えると、後ろで駆け出す音が響く。肩越しに振り返って見てみると、例の王女が取り巻き二人を連れて、全力ダッシュで逃げ出している。めっちゃおもろい。


 そんな会話を交わしながら、俺たちはシュリの元へと辿り着く。部屋に通されて俺の目に映ったものは、ドラゴンボーリングに出てきた爆発前のエクセルのような姿になったシュリの姿であった。腹がパンパンに膨らんでうんうんと唸りながらソファーの上で横たわっている。


「おいおい! シュリ大丈夫なのよかよっ!?」


 想像以上の状態に、俺は慌ててシュリの側へと駆け寄る。


「あ…あるじ…さま…なのか…」


 シュリは油の切れた人形の様な動きで俺に向き直り、たどたどしい口調で口を開く。


「おい、どうしちまったんだよシュリ…」


「わ…わらわは…もうだめじゃ…長くは…ない…」


 なんでコイツ…いつも死にかけてんだよ…最強種族のドラゴンだろ?


「おいおい、食いすぎぐらいで死ぬわけねぇだろ? それよか、元のドラゴンの姿に戻れば高々48本の骨付きあばら肉なんて、簡単に胃袋に収まるだろ?」


「も、元の…姿に…戻ると…寒くて…死ぬ…」


 シュリの言葉に俺は呆れて盛大にため息をつく。


「はぁ~ 食い過ぎで死ぬとか、寒くて死ぬとか…お前も忙しい奴だな…ほれ、負ぶってやるから、帰るぞ…今日一日は横になって、さっさと骨付きあばら肉を消化しろっ」


 俺は食い過ぎで動けないシュリを抱え上げて、背中に背負う。うーん、腹が出っ張り過ぎていて、乳が背中に当たる感触を楽しめないな…


「すまぬのぅ~ わらわがこんな身体でなければ…主様に苦労を掛けぬのに…」


「だから、お前の口調でそんなババアみたいな事を言うなっ ってかつまらん事を言ってないでじっとしてろ」


 俺はシュリを背中に背負い、シュリがこんな原因になった爺さんをキッと睨むと、爺さんの研究室を後にする。


 背中にシュリを背負って、子持ちの様に学園内を歩くのは、今後の愛の布教活動に影響するが、俺がシュリの保護者である以上仕方がない。


 出来るだけ、目立たないように廊下の端を歩くが、元々の俺の麗しさと、先日の決闘大会の活躍もあって、嫌が上でも目立ってしまう。


 だが、俺はこんな姿を見られて、口さが無い奥様連中の様にひそひそ話でもされるかと思っていたが、周囲の俺達を見る目は、俺の想像とは全く異なり、何だか暖かい慈愛に似た眼差しを向けられる。それどころか、俺達に手を振ってくる者までいる。


「一体、何なんだ?」


 俺が周囲の状況を理解できずにそう呟くと。生徒達がシュリに応援の声を送ってくるのが聞こえる。


「シュリちゃん、がんばってっ!」

「シュリちゃん、応援してるわよ!」

「ファイトよ!シュリちゃん!」


 主に女生徒たちがシュリを応援する。


「シュリ、お前、応援されてんぞ、なんかしたのか?」


「わ、わらわも訳が分からん、何故、わらわが応援されておるのじゃ?」


 肩越しにシュリの顔を見ても狐に摘まれたような、不可解な顔をしている。これは本当に事情を知らなさそうだ。


「まぁ、みんなに応援されてんだから、部屋に帰ったら横になって、さっさと胃袋の中の物を消化しろっ、分かったな?」


「あい、主様、分かった…」


 その日は珍しくシュリは素直に答えたのであった。




  

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