第185話 イチローのキャンプ飯

「主様、先程の分は馬車の屋根の上に積んで来たぞ」


「わぅ!」


 シュリがポチの上に跨って再び俺の所へとやってくる。


「おぅ、じゃあ、コイツを運んでもらおうか。ディート、これで最後でいいんだな?」


 俺は麻袋で根元を包んだ高山植物をシュリに手渡しながら、ディートに尋ねる。


「えぇ、あまりとり過ぎると、ここの群生地が消えてしまうので、これぐらいでいいでしょう、これでも20株程採取しましたから、何とかなると思います」


 ディートは唇を少し青くして、寒さに震えながら応える。


「えらく寒そうだな、ディート、お前は早く馬車に戻って、暖かい物でも飲んでろ、後は俺がやっておくから」


 ディートは寒さの為か、口を開くのも億劫なようで、コクリと頷いて、すぐさま身を翻して、馬車の方へと小走りで駆けていく。


 そんなディートの背中を眺めていた俺とシュリであるが、シュリが唐突に口を開く。


「主様よ…」


「なんだ? シュリ、また充魔が切れそうなのか?」


「いや、そうではない… 主様にしては、あのディートという少年に対して優しいなと思ったのでな… もしや…おなごはわらわの監視があるので、男の子ならと…考えておるのでは無かろうな…」


 ジト目で俺を睨んでくる。


「ちげぇよ!! なんで、直ぐそっちに物事を考えてんだよっ!」


「主様の今までの行動を見ておれば、股間で考えておるようなものじゃからのう~」


「ちょっとまて、俺の玉袋には右と左の金玉の代わりに右脳と左脳が詰まってんのかよ…」


 まぁ、マイSONは自我を持っているがな…あれは俺とは別人格だ…


 そんな事を愚痴りながら、俺はパッパッと身体の土を払って、馬車に向かって歩き出す。


「でも、カズオや城におるケロースにはそこまで親切ではないじゃろ?」


「カズオやケロースみたく異常な大人と、ディートのような子供とを同じ扱いをするわけねぇだろ…」


「ん~ でも、わらわはディートと同じぐらいの背丈をしておるが、優しくされた記憶がないのじゃが…」


「お前は、いくら姿が若くても、口調はババアだし、思考はオカンだろうが… まぁ、俺がディートに対して、特別な感情がないという事はないが…」


 俺の言葉にシュリが俺の顔を覗き込むように身を乗り出してくる。


「一体、どの様な感情なのじゃ?」


「うーん、弟がいればあんな感じなのかなって…」


 俺はポツリと口にする。


 俺はこの異世界に来る前は、一人っ子だった。だから結構好き勝手にやっている事が多かったが、友人たちと遊んだ時、その友人が弟を連れてくることがあった。今まで交友関係で同等の者としか遊んだ事がない俺は、その友人の弟をどう扱ってよいか分からなかった。しかし、その弟を連れてきた友人は、俺達と遊ぶ中で、何かとその弟の事を気にかけていた。弟の方も兄の事を信頼して頼り切っていた。


 俺はその様子を見て、弟の事を気に掛ける友人の事を大人だと思いカッコいいとも思った。また、子分の様な弟の存在を自分も欲しいとも思った。だが、その時には両親に弟が欲しいと言い出せる状況ではなかったので、前世の俺は弟を手に入れる事が出来なかった。


「なんだか珍しい事を言うのじゃのぅ…主様…」


 先程まで、猜疑心でジト目だったシュリが少し目を丸くする。


「そう言えばシュリには兄弟はいないのか?」


 俺はポチの上に乗るシュリを見上げて尋ねる。


「おるかも知れんし、おらんかも知れん…なんせ、わらわは独り立ち出来る様になって、すぐに両親の元をでたからのぅ~ だが…」


「だが、なんだよ?」


「カローラから聞いた話では、弟妹というものはあまり良い物ではないという話を聞くからなのぅ… 『姉より優れた妹が存在する気持ちが分かる?』って言われたのじゃが…」


「いや…アイツの場合は特別だ…なんせ、長女の癖にずっと引き籠り生活をしていてニートだったんだからな…」


 カローラ、アイツはジャッギポジションだったのかよ…後から正史でも北方三兄弟っていわれてハブられていたからな…


 そんな他愛もない会話をシュリとしながら、俺達は馬車に辿り着き、最後の植物の株を屋根の上に積み込んで、暖かい馬車の中へと入る。


「ふぅ~やっぱ、中は暖かいな~」


「わらわもこの魔熱ベストが無ければ、死んでおったかも知れぬ」


 俺もシュリも暖炉代わりにしている竈の所へ行って、暖を取り始める。


「イチロー様、お疲れ様でした。ではすぐに学園に戻りますか?」


 ヴァンパイア兄弟からハブられているであろうカローラがカードを触りながらソファーに座って尋ねてくる。


 …そんなんだから妹に色々と追い抜かれるんだよ…と心の中で思ったが、ガン泣きしそうなので口に出さずに黙っておく。


「いや、身体が冷え切っているし、腹も減ったから、何か口にして身体を温めてから出ようと思う」


「かつ…」


「しねぇよ」


 かつ丼と言いかけたマリスティーヌの言葉を遮る。


「まぁ、オートミールを持ってきてないですから仕方ありませんね…」


 マリスティーヌはショボーンとする。


「で、何にするんですか?」


 とりあえずお腹が空いていたマリスティーヌは瞳を輝かせて聞いてくる。


「あぁ、採取する前に仕込んでおいたんだが、もうできているかな?」


 俺はそう言って、炊事場に置いてあるミトンを手にはめて、竈の上にあるオーブンの扉を開く、それと同時に香ばしい骨付きあばら肉の香りが馬車内に広がっていく。


「おぉ、わらわの大好物の骨付きあばら肉じゃ!」


「シュリ、お前、あの爺さんの所で毎日食っているのに飽きないのか?」


 ジュージューと脂のはねる音でシュリは瞳を輝かせる。


「あの骨付きあばら肉も良いがわらわにとっての一番は主様が作ってくれる骨付きあばら肉じゃ」


 御世辞ではなく本気で言っている様だ。


「じゃあ、食うぞ! いただきます!!」


 シュリ、カローラ、マリスティーヌ、ディート、ポチ、そして俺の6人で骨付きあばら肉を食べ始める。先程まで、突き刺すような寒さの中で作業していた俺達は、ジュージューと音を立てるアツアツの骨付きあばら肉をハフハフと言いながら頬張っていく。

 表面のカリっとした歯ごたえの後、中の肉汁が口内に溢れだし、口いっぱいに骨付きあばら肉の上手さが広がっていく。それをヤヨイが入れてくれたホットレモネードで脂のしつこさを消す様に流し込む。


「うめぇ~!!」


「本当に美味しいですねっ! これ!!」


 先程まで落ち込んで、唇を青くしていたディートも瞳を輝かせて喜ぶ。


「イチローさんの骨付きあばら肉は絶品ですねっ! 最初に食べたのがかつ丼でなければ、毎日作ってましたよっ!」


 マリスティーヌも気に入ったようだ。だが、毎日は許さん。そもそもマリスティーヌを拾う切っ掛けになったのが、シュリによる骨付きあばら肉のヘビーローテーションだからな…


 こうして帰路の前に食事を済ませたのは良いが、後片付けが問題だ。いつもはカズコやアルファーの役目であるが、今日はいないので俺の役目だ。


「この世界にもフッ素加工があれば、洗い物も楽なんだがな…」


「アシヤ先生、そのフッ素加工とは?」


 気を遣わなくても良いのに洗い物の手伝いをするディートが尋ねてくる。


「あぁ、俺の故郷にあった焦げ付かない調理器具だよ、油無しでも鉄板に食材が付かないから料理の後の洗い物が滅茶苦茶楽になる」


「世の中にはそんなに便利な物があるのですね…」


「まぁ、もう戻れない場所だがな…それより、ディート」


 俺はオーブンパンを洗い終わると、ディートに向き直る。


「なんですか?アシヤ先生」


「採取した植物だが…室内でなく、屋根の上でいいのか?」


「はい、冷えているのが当たり前の環境で育っていましたから、急に暖かい馬車の中には煎れない方が良いかと」


 ディートは俺が洗ったオーブンパンの水分を布でふき取りながら答える。


「なるほど、色々と気を遣わないといけないんだな… うーん…」


 俺は色々思いめぐらしながら考え込む。


「なにか問題でも?」


「収納魔法とかあれば、開花時期に素材を回収して必要な時に取り出せるかな…と思って」


 良くゲームとかで使えるあの便利魔法があれば、一々苦労しなくても楽になるのだが…今の俺は生憎その魔法を憶えていない。


「収納魔法? 一体それはなんですか?」


「えっ? もしかして、収納魔法って、存在しないのか?」


 ディートの反応に盛大に驚く。てっきり俺が憶える機会がなかっただけで、収納魔法が存在するものだと考えていたからだ。


「はい、聞いた事がありませんね…一体どのような魔法ですか?」


「実際、俺も憶えている訳でも、誰かが使っている所を見た訳でもないが… その…異空間を作り出して、そこに物を保管する魔法だ。いつでも取り出しが出来て、重くも無くて嵩張らない…って感じだけど…聞いたことある?」


「いや、ありませんね… でも、あれば便利そうですね…」


 そっか…無いのか… 異世界だけどゲームみたいにはいかないものだな…


「まぁいいや、寒いけど、あとひと踏ん張りして帰るかっ!」


 食事を済ませた俺達は、スケルトンホースを走らせて、学園都市へと急いだのであった。





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