第183話 調査結果と出発準備

「はぁ~ 食うた食うた~ もうわらわは腹がパンパンじゃ」


 シュリがそう言って、俺の横で妊婦の様にパンパンを擦る。


「主様の料理をこれだけ堪能すると、もう二度と野生の獣の生肉は食う気になれんのぅ~」


 だらけてるだろ…これドラゴンなんだぜ…


 って言いたくなるようなだらけっぷりだ。もうドラゴンではなく狸でいいんじゃなか?ってか、もう野生で食事できないっていうなら、俺が一生飼育しないといかんのか?


 俺は隣のシュリの様子をじっと見る。腹もデカいが乳もデカい…


「はぁ…せめて乳首ぐらいあれば…」


「なんの話じゃ?主様」


「なんでもねぇよ…」


 俺が色気を全く感じないシュリから目を外すと、ヤヨイが食後のお茶を運んでくる。


「おっ、ありがとなヤヨイ」


 ヤヨイに礼を述べると、ヤヨイは『キャッ♪イチロー様にお礼言われちゃった♪』というような、トレイで半分顔を隠す照れ隠しの仕草をして、キッチンの方に駆けていく。


「あれで、骨じゃなければ、十分可愛いんだがな…なんせ骨だしな…」


 そう呟きながらティーカップを口元に寄せて、お茶を啜る。


「アシヤ先生、お食事が済んだ所で、僕の要件を話しても良いですか?」


向かいに座るディートが俺に声をかけてくる。


「おっと、すまんすまん、その事で来たんだったな、で、どうだったんだ?」


 俺はティーカップを降ろしてディートに向き直る。


「はい、頂いた品物を解析して、原因が特定できました」


「おぉ! マジか!?」


 俺は背もたれから背中を浮かせる。


「はい、様々な実験動物で再現実験をしましたから間違いありません」


「それで、治療薬とかできるか?」


 俺が期待してそう尋ねるとディートは顔を曇らせる。


「ちょっと、難しいかもですね… 特殊な素材が必要ですので… ただ…」


「なにかあるのか?」


「はい、どうやら永続的に性転換するものでは無いようですね、体重に比べて摂取量が少ないと、自然に戻る様です」


 やっぱり、そうだったのか…カズコに手を出さなくて正解だった…下手すれば致している最中に… うわ…サブイボが立ってきたっ!


「自然に戻るってどれぐらいかかるんだ?」


 俺はサブイボが出た腕を擦りながら尋ねる。


「そこまでは解析していないですね…ただ、最低限変異する量を同じ体重の違う動物に与えた場合に、戻る時間がかなり違ったとしか…」


「あぁ、そこまで実験してくれていたのか、すまんな…確かに実験の為にオークを捕まえて来るわけにはいかんしな… で…」


 俺はディートの前のめりになる。


「治療薬の方は出来るんだよな?」


「はい、素材の入手が困難なだけで可能です」


 ディートは俺の顔を直視して答える。


「その入手困難な素材と言うのは?」


「雌雄同体のグランドワームの神経節と、高山植物のホースフラワーですね」


 ディートはそう答えると、ティーカップを口元に運ぶ。


「グランドワームは地中にいるから見つけるのと倒すのが面倒なだけだな… 高山植物についてはさっぱり分からん、この辺りの山に生えてないのか?」


「生えているとは思いますが、この辺りの山は寒さゆえにそろそろ閉山時期ですし、そもそも、必要なのはホースフラワーの花なので開花時期は終わってますよ」


「えっ? それならもしかして、一年程待たんとダメなのか?」


 俺は腕を組んで頭を捻って考え込む。このままだとカズコをカズオに戻すには最低でも後一年かかる事になる。その間、俺はカズコの誘惑に耐える事ができるのか? 


 実際の所、俺が避けたり我慢していたとしても、アイツの方から何かと誘惑してくるんだよな… 


 食事の時も、調味料を取ろうとしたら、わざと手を重ねて来たり、風呂上がりにバスタオル一枚の姿で俺の前をうろうろしてみたり、お酒を飲んで『酔っちゃいました…』と言って、俺の肩にもたれてきたりと… 元は男のはずなのになんでこんなにモーションかけてくるんだよっ! 


 確かにアイツは元々女装癖みたいなところはあった。だが、そんな性癖は…多分、特殊な性癖ではない。今まであった人物の中でも同じ性癖をもった者はいた。しかし、そいつらは女装するだけで、乳繰り合う事まではしなかった…俺が見てないだけかもしれんが… 

 しかし、乳繰り合うまでが女装癖なら、致している所は兎も角、女装癖のおっさん同士でカップルになっている所を見かけるはずだ。だが、今までの冒険の中でそんな輩は俺は見たことが無い。


 結論、やはりカズオはおかしい…


「うん、やっぱり一年も待てない」


 俺は結論から導き出される答えを口にする。


「でも、開花時期は過ぎてますよ」


「植物本体さえ手に入れてしまえば、開花の促進を何らかの方法で試してみて、開花を早める事も可能だろ?」


「あぁ、確かにそうですね…」


 ディートは納得したように頷く。


「じゃあ、早速高山に行く準備をするか」


 俺は立ち上がって口にする。


「えっ? これからすぐに出るのですか?」


 ディートが驚いたように目を丸くする。


「あぁ、善は急げと言うし、もたもたしてたら閉山時期になっちゃまうんだろ? それに明日は今日の大会の片付けで休講だしで、丁度都合がいい」


「まぁ、主様らしいな…どれ、わらわも付き合うとするかのぅ…あれ? 腹と胸がつっかえて起き上がれん…」


 シュリがソファーの上でおきあがりこぼしの様にころんころんと動く。


「ドラゴンの癖にたぬきの様にころころしやがって…ほれっ」


 俺はシュリの脇を掴んで起こしてやる。


「いや、今は食後でたまたま腹が膨らんでおるだけじゃ、しかし、すまぬのぅ主様」


 シュリは床に降ろしてもらうと、コート掛けの所へ行って自分のケープ付きコートを着始める。


「はぁ~ シュリはほっておくと、魔熱ベストの魔力切れで動けなくなるから、私もついて行きますよ」


 そういって、カローラもソファーから降りて、シュリの充魔パックに手を当てる。


「シュリ、充魔ができたわよ」


「いつもすまぬのぅ~ カローラよ… わらわが恒温動物であれば、お主にこんな苦労をかけずにすんだのに…」


「それは言わない約束でしょ…シュリ…」


 何二人で、時代劇の貧乏農民ごっこをやってんだよ…ってか、シュリも元々ババ臭いのに老人役は止めろよ…


「イチローさん、私も後学の為についていってもいいですか?」


「あぁ、好きにしろマリスティーヌ。でも、その辺の物を口にするなよ」


「今の私はそこまで意地汚くないですよ~」


 今のって事は森に一人でいる時はそうだったのか…


「キング・イチロー様、私もご同行致します」


 アルファーもコートを羽織って俺の前に進み出る。


「いや、アルファーには別な事を頼みたい」


「別な事とは?」


 アルファーが少し首を傾げながら聞き返す。


「あぁ、お前にはグランドワームを探してもらいたいんだ」


「グランドワーム?」


 あれ?知らないのかな?


「そのあれだ、土の中に住んでいる、でっかい蛇みたいな大きなミミズみたいな奴だ」


「あぁ、巨大ミミズの事ですね、わかります。あれは私たちにとって貴重なたんぱく源でしたので」


 どこかのサバイバーみたいな言い方だな… 


「やっぱり知っていたのか、アルファーにはそいつの捜索を頼みたい」


「分かりました、キング・イチロー様。何体かドローンも使えるようになりましたので」


 アルファーはそう言って、狸の尻尾の様な大きさの第二腹部を見せる。うん、やはり可愛いな。


「わう!」


「おぉ、ポチも勿論連れていくぞ!」


「わうわう!」


 俺はすり寄ってきたポチをワシワシしてやる。


 こうして俺達はすぐに探索に出かける準備を始めたのであるが、カズコだけは黙ったまま、俺達に背を向けてキッチンに佇んでいた。

 



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