第182話 勝利の宴

「くっそ! バカバカしい大会が終わったばかりで疲れてんのに…ちょっと目を離した隙に…」


 俺は水で溶いた小麦粉に卵を混ぜ込んでいく。


「いいじゃないですか~ イチローさん~ 今日の夕食はかつ丼にしましょうよぉ~」


「しねぇよぉ!! それよか口動かす前に手を動かせ!! って!添えては猫手にしろっていってんだろ! 指切るぞ!! あぁ!もういい! カズコ!代わってやれ! マリスティーヌは山芋をすってろ!」


 千切りキャベツをするマリスティーヌの手つきが危なっかしいので、カズコに交代させて、マリスティーヌには山芋をすりおろさせる。


「主様、頼まれたものを買って来たぞ」


「買ってきました、キング・イチロー様」


 買い物に行かせていたシュリとアルファーが戻ってくる。


「おぉ、帰って来たか、どれどれ?」


 俺は二人が買ってきた袋を開いて調べた。


「イカにエビ、魚のフィレ…そして難しいと思っていたが、海藻みたいなものも買って来たな」


「主様、そんな海藻をどうするのじゃ?」


 シュリがキッチンのカウンターの上にひょっこり顔を出して尋ねてくる。


「あぁ、これはな、魔法でこうやって、水分を飛ばしてやると…」


 掌の鮮やかな緑の海藻が、あっという間にパリパリになっていく。


「そんなパリパリになった状態が美味いのか?」


「いや、風味付けに使うもんだよ、こっちの魚のフィレも水分を飛ばしてやって…」


 俺の手の中で魚のフィレが、鰹節の様になっていく。前に削り節を作った時は干物を代用品として使っていたが、やはり雑味が多かった。フィレなら雑味は少ないであろう。ただ、熟成させていないので旨味は少ないと思うが…


 さて、どうしてこんな事になっているのかと言うと、再びマリスティーヌがやらかしたからである。俺達が大会の表彰式で浮かれている隙に、密かに一人だけ部屋に帰って、またかつ丼の準備を始めていたのである。ロース肉、溶き卵、小麦粉まで準備していた所に俺達が帰ってきて、マリスティーヌをとっちめた後、別の料理にする為にみんなで奮闘していた訳である。


 ちなみに、カローラとヤヨイは二人して卵と油と酢を混ぜていてマヨネーズを作成中である。


「では、わらわは後は食事が出来るまで待っておけば良いのか?」


「いや、シュリ、お前にはまだ重大な役目がある!」


 カウンターの上に顔を出すシュリに答えると、部屋の扉がノックされる。


「ん?なんだ? まだ誰かが決闘したりないって行って来たのか?」


 フィレの乾燥に忙しい俺の代わりにシュリがとことことノックされた扉の所へと向かう。


「誰じゃ?」


「あ、あのディートですが…」


「あぁ、ディートか、シュリ開けてやれ」


 俺の言葉にシュリが扉を開けてやると、目の下に隈を作ったディートが姿を現す。


「おぅ、ディートか? もしかして、お前も今更決闘とか言い出すんじゃないだろうな?」


 俺の言葉にディートは意味が分からないと首を傾げる。


「決闘?何の事ですか? 僕は依頼されていたものをずっと研究していて、ある程度の結果が分かったので、報告しにきました」


「あぁ、済まなかったな、で、腹減ってないか?飯食っていくか?」


「いや、僕は食事を食べに来たわけでは…」


 きゅうぅぅぅぅぅ~


 ディートがそう言ったとたんに、腹の虫が鳴り響く。


「ほら、やっぱ腹が減ってるんじゃないか、食ってけ、食った後で報告を聞くから」


 俺はそう言うとかき混ぜた小麦粉の生地の入ったボウルを持ったままリビングへと移動して、食事の準備を始める。


「さてと…」


 俺はボウルをとりあえずテーブルの上に置いて、爺さんの部下に頼んで作ってもらった調理道具をテーブルの中央に載せる。


「イチロー様、これは?」


 マヨネーズ作りが終わったカローラが不思議そうにテーブルの上の調理器具のプレートを見る。


「あぁ、コイツはホットプレートだ。魔熱式の物があればよいのだが、生憎、そんな薄型のものはないそうだ」


「魔熱式ではないというと、どうやって温め…」


 カローラは話している途中でなんとなく察したようで、視線をシュリに向ける。


「えっ!? またわらわなのか!?」


「おう、そうだ、そこの管から炎を吹き込んでくれ」


 そう言って、プレートを回して、ストローのような吹き込み口をシュリに向ける。


「なんでじゃ! そこのキッチンにある魔熱式のコンロで焼けばよいじゃろうが!」


 プリプリになって怒る。


「そんなんじゃ楽しくねぇだろ、焼きながら作るのが良いんだよ、シュリに一番最初にやるから、ほれ」


 手をくいくいと動かしてシュリに炎を吹き込むように促す。


「なんでわらわばかり…しかし、主様の言わんとする事もわからんでもないからのぅ…」


 愚痴を言いつつもやってくれるのがシュリ。いい女だが、少々…いやかなりババ臭いというかオカン臭いのが玉に傷だな…


 シュリがふぅーと炎を吹き込んでプレートが熱くなってきたところで油を満遍なく塗って、マリスティーヌがすりおろしてくれた山芋を混ぜた生地をプレートの上に広げていく。


 じゅぅぅぅぅ~


 リビング内に生地の焼けるいい音が響く。


「イチローさん、イチローさん、これからどうするんですか?」


「あぁ、この上にイカやエビを載せ、カズコの切ってくれたキャベツを重ねて、更にその上から薄切りにしたロース肉を載せる」


 この異世界で手に入れたものばかりであるが、ちゃんとあの料理のように見えてくる。


「なんだか具だくさんで美味しそうですね~」


 マリスティーヌが瞳を輝かせる。


「ふぅー! ふぅー! ふぅー!」


 シュリが必死に炎を吹き込みながら、俺を睨んでくる。


「なんだよシュリ? 何か言いたいのか?」


「あぁ~ イチロー様、この位置では料理の状態が見えないので不満に思っているみたいですね」


 カローラが通訳してくれて、シュリも頷くように小さく頭を動かす。


「じゃあ完成までの楽しみにしておけ」


 俺はシュリにそういうと、二本のこてを取り出し、生地の様子を伺う。うん、もう良さそうだな。


 生地の下側が焼けた事を確認すると、二本のコテを使って生地の下面をプレートから剥がして、気合を入れる。


「よっ!!」


 そして、二本のこてをつかって一気に生地をひっくり返す。生地は途中で折れたり潰れたりせず、そのまま綺麗に裏返しになって、良い色に焼けた裏面が見える。


「「「おぉぉぉぉ!!!」」」


 その様子に皆が関心して歓声を上げる。


「ふぅー! ふぅー! ふぅー!」


「あー シュリが自分だけ見れなかったっていってますよ、イチロー様」


 一人だけ仲間外れにされたシュリが恨めしそうに俺を見る。


「分かった、分かったよ、今度、吹き込み口の角度を修正してシュリも見られるようにしてやるから…」


「ふぅー! ふぅー! ふぅー!」


「いや、吹き込まなくて済むようにしてくれと…」


「知らんがな」


 俺は睨みつけてくるシュリを無視して、料理の完成にいそしむ。時々、こてで裏面の焼け具合を確認する。


「よし! 焼けたな! 最後にコイツにソースとマヨを塗って~ その上から削り節とアオサをかけて~♪」


 俺は焼き上がったものにソースとマヨ塗、その上から、魚のフィレから作った削り節と海藻を乾燥させたアオサを手でもみほぐしてまぶしていく。


「よし!!! 海鮮豚肉お好み焼きの完成だ!! おあがりよ!!」


「おぉ! こんなものをつくっておったのか! 美味そうじゃのぅ~!!」


 火力係から解放されたシュリが、プレートの上にあるお好み焼きを見て瞳を輝かせる。


「おつかれさん! シュリ! 一番最初にお前に取り分けてやろう」


 俺はこてでお好み焼きを切り分けて、シュリの取り皿の上に載せてやる。


「ほれ、ディート、お前の分だ」


 ディートにも切り分けて取り皿に載せてやる。


「あ、ありがとうございます」


 あまり人との食事に慣れていないようなディートであったが、物珍しいお好み焼きを食い入るように見ている。


「では、全員に取り分けた所で食うか、いただきまーす!!」


「「「いただきまーす!」」」


 この日、俺は異世界ではじめてのお好み焼きを作り、皆で堪能した。二枚目をリクエストされた時には、シュリも積極的に炎を吹き込んでいた。



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