第180話 俺でなきゃ…

「最初の挑戦者! ステージの上に!」


 爺さんの部下が審判代わりになって挑戦者側に向かって声を飛ばす。すると、俺に女の解放をする割にはオドオドとした感じの生徒がステージの上に上がってくる。


 しかし、なんだ。最初にこの学園で講師を始めた時にはイキリ貴族ばかりだったが、こうして見てみるとなんだか腰抜けが多いな… 目立たないキャラが声を上げただけなのであろうか、それとも貴族という立場で黙らす事の出来ない俺だから怖気づいているのか…


「まぁいい、どうせ倒すなら同じことだ」


 そう言って、俺の目の前に立つ生徒を睨みつける。すると『ひぃっ!』と小さく悲鳴を上げて、足を竦ませる。おいおい、一人目からこんな調子かよ…


「どうした? 棄権するのか?」


 審判役を勤めている爺さんの部下が、生徒の様子に一早く気が付いて、尋ねる。


「い、いえ…カ、カズコさんの為にが、頑張りますっ!」


「よし! 君の目的の女性はカズコ嬢だな!」


 審判役が声をあげると、同じくカズコ目当てだった順番待ちをしている挑戦者達から負けろだの死ねだのと罵声のブーイングが起きる。


「では、両者始め!!」


 審判役が声を上げたとたん、挑戦者の生徒が気の抜けた『たぁ~』といった掛け声を上げて、縺れて転びそうな足取りで駆け出してくる。


 ちゃっちゃとこんな茶番を終わらせたい俺は、軸をずらして前に進み、昨日やったようにマントで剣を巻き込んで奪い去り、足元に足を出して躓かせ、その背中をドンと押してやる。すると、挑戦者はそのまま前のめりになって、ステージの外へと転がり落ちる。


「場外!! 勝者アシヤ・イチロー!!」


 今回の決闘には新たなルールが設定されていて場外に出ると、即座に負けになる。これは時間がかかるから爺さんに飲ませた提案だ。


「よし、次、どんどんやってくれ!」


 俺は審判役の男に告げる。挑戦者側を見ると、新作ゲーム機の販売初日の様な長蛇の列がある。これは決闘やるってレベルじゃねぇぞ! ちゃっちゃと終わらせんと日が暮れるわ!


「では、次の挑戦者!」


「はい! カズコさんを解放しろぉ!!」


 またカズコかよ… しかし、今度の挑戦者は前の奴の無様な失敗を見ていたのかバカみたいに突っ込んでこない。まるで森で出会った熊に威嚇するようにチクチクと剣を突き出してくる。


「熊ならそれで警戒するんだが、生憎俺は熊じゃねぇからな」


 俺はスタスタと近づいていって、剣を大きく振りかぶって挑戦者の剣を叩き落とす。


「あっ!」


 挑戦者が剣に目を落とした瞬間、蹴りを食らわせて場外に落ちていきリングアウトだ。


「勝者アシヤ・イチロー! 次!」


「僕のカローラたんをかえせ!!!」


「お前のじゃねぇよ!!」


 俺はリスキルのように挑戦者を吹き飛ばす。


「次!!」


「シュリたん!ぺろぺろ!!」


「きもいわ!!後、たんをやめろ! たんを!!」


「次!」


「マリスティーヌ! 僕がお兄たんだお♪」


「うそつけ! だからたんを!!」


「次!」


 俺は次々と挑戦者達を蹴散らしていく。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「なぁ、カローラよ」


「どうしたの?シュリ?」


 トロフィーとして展示されている二人が会話を始める。


「見ていておもうのじゃが、よわっちい奴らばかりじゃのう~ 貴族というものはこんなにも弱いやつらばかりなのか?」


「あぁ、その事? 序盤に出てくる連中は弱い人ばかりだよ」


「どうして、そんな事がわかるのじゃ?」


「シュリ、ほら、あそこを見て」


 そう言ってカローラは視線を誘導する。


「ふむ、あの辺りの連中は少しは骨がありそうじゃのう、でもどうして順番の後ろの方で前の方にはいかんのじゃ? 自分で言うのもなんじゃが、わらわたちは早い物勝ちじゃろ?」


「あの人たちは気持ちが急いている人を使って、イチローさんの戦い方を見て研究しているんじゃないですか?」


 マリスティーヌが二人の会話に加わってくる。


「あぁ、なるほど、そう言う事なのか」


「それは面白い考察ですね」


 シュリの言葉の後にアルファーも会話に加わってくる。


「私たち蟻族も何度か威力偵察をかけて、敵情をよく観察していれば勝利できたのでしょうか…」


「アルファーよ、お主が言うと笑えんから止めるのじゃ…」


「まぁ、どちらにしろ、イチロー様には勝てないと思うけど…」


 カローラはそう言ってステージの上に視線を戻した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、学園の校舎の一角では、この大会に参加する上級生の生徒達が、千里の水晶玉を通して試合の様子を伺っていた。


「……?ちょっとアンタ」


 水晶玉を操る貴族の雇った冒険者に、鋭くねちっこい目つきをした上級生が声を掛ける。


「その画面、巻き戻せるか?」


「ん?ああ、さっきの手刀の所だな」


 水晶玉に映し出された映像が巻き戻されて、イチローが挑戦者の横から首筋に手刀を叩きこむ映像が映し出される。


「恐ろしく速い手刀…俺でなきゃ見逃しちゃうね…」


「……………えっ?」


 水晶玉を操作している冒険者は上級生に何か言おうと思ったが、中二病のC3レベルを発症している相手では無駄だと思い押し黙る。


「本気で打てば、あの男の首くらいわけなく落とすだろう…」


 上級生はニヤリと笑いだす。


「奴の手の内は分かった…久々に血が騒ぐぜ…」


 その後、うなじをガードして決闘に望んだこの上級生は、アシヤ・イチローのアッパーカットを受けて一分も持たず、ステージの上に沈んだのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



観客席で、試合の様子を見ていた、女生徒がとなりの女生徒に悲壮な顔をして声をあげる。


「リドリティス王女! 我々が支援していたシュットーがあの男に倒されてしまいましたわ!!」


「うるさいわねっ! 私も見ているから、そんな事は分かるわよ!!」


 リドリティス王女と呼ばれた女生徒はいらいらしながら答える。


「これで…我々が支援していた者は全て、あのアシヤ・イチローの前に破れてしまいました…」


 別の女生徒が膝の上で拳を握り締めて、顔を落とす。


「リドリティス様と私たち3人、合わせて四人の刺客がこうも簡単に破れるとは…メラニーとエマの二人がいれば…」


 また別の女生徒が後悔するようにそう呟く。


「ジェリ! 私の元から去った二人の名前は出さないで!!」


 リドリティス王女が叫ぶ。


「す、すみません…リドリティス王女様…」


 叱られた女生徒は縮こまって項垂れる。


「許さないわ…あの野良犬目…」


 リドリティス王女はステージの上のアシヤ・イチローを睨み続けた。

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