第178話 アシヤ・イチローの憂鬱
「くっそ!」
俺はイライラしながら、学園内の廊下をツカツカと音を立てながら肩を怒らせて大股で歩く。
「なんだ! なんだよ! 何なんだよ!!! なんで俺が…」
俺はぶつくさと独り言を言いながら、湧き上がる不愉快さを押しとどめながら歩き続ける。
そんな俺の背中に声が掛かる。
「ア、アシヤ・イチロー!!!」
少し怖気づいた震える声だ。
「くっそ…またか…」
再び湧き上がるイライラを頭を掻き毟りながら押さえて、声の方に振り返る。すると、いつもの如く、この学園の生徒と思われる、ぽっちゃりとしたあまり持てない感じの少年が、震える手でもちなれない剣を持ちながら、俺に向けて剣を構えている。
「ア、アシヤ・イチローッ! ぼ、僕と決闘しろぉぉ!!」
少年は勇気を振り絞って魔法と立ち向かう勇者のつもりで、俺にそう告げる。
「そして、この僕が勝った暁には、貴様が手籠めにしている、あの麗しの…」
そこまでの言葉で俺はギリリと歯を食いしばる。
「あのカズコさんを解放しろぉぉぉぉ!!!!」
もう我慢の限界に達して、怒りが沸騰しそうだ。だが、俺は生まれてこの方総動員をしたこの無い自制心を総動員して、爆発しそうな怒りを押さえる。
「これで何人目だよ… もう数を数えるのもめんどくせぇ…」
「く、く、くくらぇ~!! 淫魔!アシヤ・イチロォォォー!!!」
生徒が震える口調で声を上げ、明らかに不慣れな手つきで剣を振り上げて、俺に向かってトロトロとした足取りで駆けてくる。
「くっそ!!!」
俺は歯噛みしながら、後ろ足を横にスライドして軸をずらし、翻った『麗し』のマントで突っ込んできた生徒の剣を巻き込んでそのまま剣を取り上げ、その生徒の足元に引っ掻けるように足を出す。
「あっ!!」
剣を奪われて、足を引っ掻けられた生徒は、そのままドテンと音を立てて、大の字なって廊下に転ぶ。
「教師である俺に剣を向けた罰だ。この剣は俺が預かっておく」
廊下に這いつくばる生徒の背中にそう告げる。
「くそぉぉぉ!!! くっくやしいぃぃぃ!!! ぼ、僕の…僕の力が足りないせいで…カズコさんを… カズコさんを… 魔王の魔の手から…解放することが出来ないなんてぇぇぇ!!!」
敗北を認めた生徒は、這いつくばったまま、床を拳で何度も叩きつけて、嗚咽に似た叫びをあげ続ける。ってか、なんで俺が魔王になっていて、カズコがその囚われの姫みたいな話になってんだよ…
俺は痛くなってきた頭を抱える。
「魔王アシヤ・イチロー!!」
再びお代わりの別の生徒が、今度は魔法のステッキを構えて俺の前に姿を現す。
「またかよ… 今度は魔法がメインなのか? 次から次へと…」
「すぐさまカズコさんを解放しろ!! その為であったら、僕はお前を倒す事を厭わない!!!」
ステッキを構えたひょろがきが俺を睨み、しばしの沈黙が訪れる。
「ほら、どうした? かかって来ないのか?」
ずっと睨んだままで、一向にかかってこないひょろがきに、面倒な事はさっさと終わらせたい俺は、くいくいと手招きして煽って見る。
「くっそ! 僕の事を舐めやがって!! くらえ! 我が必殺のファイヤーボルトォォォ!!!」
「ちょっ! 学園内で火系魔法かよ!?」
俺は生徒に手招きするために伸ばしていた腕に真空の魔法を発動させて、受け止める。すると生徒のファイヤーボルトは俺の掌に届く前にフッと消え去る。
「なん…だと!? 僕の最強で必殺のファイヤーボルトが…片手で掻き消された…だと!?」
「なんだとじゃねぇよ!! 他の生徒もいて可燃物もある学園内でファイヤーボルトなんか使いやがって!! あぶねぇじゃねぇか!!」
俺は生徒に怒鳴りながら、ツカツカと速足で歩いて間合いを詰めていく。
「ひぃっ!! くるなぁ!! くるなぁぁ!!」
ひょろがき生徒は再びステッキを構えて魔法を撃ち出そうとするが、俺は即座にカウンター魔法を使って、ひょろがきの魔法を打消し、そのままステッキを掴んでとりあげる。
「ぼ、僕の家宝の魔法のステッキが!!」
ひょろがきが前のめりになって、ステッキを奪い返そうとするところに、俺はお留守になった足元に再び足を出して転ばせる。
「ひぃっ!!」
そして、つづけてガラガラになった背中から、ひょろがきの首筋を掴んで、思いっきり魔力吸引を使う。
「教師に手を挙げた罰で、ステッキと魔力は回収だぁ!」
「ち、ちくしょうぉぉぉ!!! 僕の力ではカズコさんは解放できないのか… 僕はなんて無力なんだ… どうして正義が負けてしまうんだぉぉぉ!!!」
ひょろがきの生徒は先程のぽっちゃりの生徒と同じように、床を拳で叩きながら、咽ぎ泣くような叫び声をあげる。
さっきの奴もこいつも…どいつもこいつも…みんなで寄ってたかって俺がカズコを誘拐して監禁するクルッパ大王みたく言いやがって…くっそ! 腹立つ!!
どこの誰がどの様に流したのかは知らないが、俺がカズコを力づくで手籠めにして囲っているという噂が広まって、今朝から何度も何度も何度も…何度も!! 自分は囚われた姫を助ける王子様だと勘違いした生徒達から、カズコの解放を要求する決闘を申し込まれていた。
本当ならば、こんなクソガキどもは、最初の一人目でぐっちゃぐちゃに見せしめにして、他の馬鹿な奴らが後に続かないようにするのだが… 一応、俺は教師で相手はここの生徒だからな… 大怪我をしないように手加減してリリースしてやらないといけない…
「くっそ!」
俺は取り上げた剣とステッキを抱えながら、大股歩きで自室まで向かう。
「帰ったぞ!!」
いくらあいつ等でも流石に自室までには、乗り込んできまい。
「おぉ、主様帰って来たか」
リビングでソファーに座っていたシュリが振り返る。
「イチロー様、お帰りなさい」
「イチローさん、お菓子ありますよぉ~」
一緒に座っていたカローラとマリスティーヌが声をかけてくる。
「くっそ、めんどくさい…」
俺はぐちぐちと愚痴を漏らしながら『麗し』の衣装を緩めていく。
「どうしたのじゃ?主様、機嫌が悪そうじゃが? ほれ、カローラ、お主のカードじゃぞ」
「キィェェェェェ!!!」
俺はすぐさま事情を説明しようと思ったが、再び自分のカードで妨害されたカローラの奇声が鳴りやむまで待つ。
「…カローラの事はさておき、今朝から、ここの男子生徒の連中が、カズコを解放しろと俺に突っかかって来るんだよっ! しかも俺がカズコを無理攫った魔王みたいに言いやがってぇ!!! 相手が生徒だから締め上げる事も出来んしっ!! あぁ、腹立つ!!」
そう叫びながら、今までのストレスを吐き出す様にダンダンと足を踏み鳴らす。
「なんじゃ、その事か」
「イチローさんが留守の間にその事ではたし状を預かってますよ」
「イチロー様、私も攫われたのではないかと聞かれました」
「それはわらわも言われたのぅ~」
シュリ達の言葉に目が点になり、開いた口が塞がらない。
「えっ? マジで? まさか…仲間になった時の話はしてないだろうな?」
「魔法で地面に縛られて、何度もわらわの…感じやすい弱点を攻立てられた事か?」
「服従を誓う代わりに…イチロー様のアレを…飲まされた事ですか…」
「私は今までに味わった事のない物で、動けないほどお腹いっぱいにしてもらった事ですかね…」
俺は三人の言葉に愕然とする。
「ちょっ!! おまっ!! 揃いも揃って、めちゃくちゃ誤解を受けるというか誘うような、抜群な言葉選びをしやがって…」
俺は、自分が先程生徒達にしたように床に倒れ込み、激しく床を叩き始める。
「カズコだけじゃなくて、今度はお前たちの分もアイツらに襲われなきゃいけないのかよっ!!」
「くぅ~ん」
そんな俺を慰める様に、ポチが悲しそうな顔で俺の所にやってくる。
「ポチ…ポチか… 俺の苦しみを分かってくれるのは、もうポチだけだな…」
「わぅ!」
俺に答える様にポチが鳴き、尻尾を振り始める。
「もう、このままポチと二人で旅に出ようか… それで二人でルーデウスの絵を見るんだ…」
「わぅ!」
俺はポチを抱きしめながら、心の平穏を取り戻す為にワシワシとポチを撫でる。
「な、何を言っておるのじゃ、主様…」
「旅に出るといっても、人手が足りませんよ?」
「イチロー様はポチをあのおじさんの姿にして人手を賄うつもりですか?」
三人の言葉に俺のポチをワシワシとする手がとまる。
「それはヤダ…絶対にヤダ… おっさん、ダメ、ゼッタイ…」
いじけた俺の姿にシュリはやれやれと言った顔をする。
「やはり、ポチがちゃんとした女の子に人化できるまで…我慢しなければならないか…」
そして、後日、カーバル学園内で『アシヤ・イチローから美女・美少女・美幼女を救う決闘大会』が開催されたのであった。
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