第177話 ディート少年の憂鬱

「ふぅ…」


 僕は取り過ぎた食事の為に、満腹感で苦しくなった腹部を擦りながら、自室の椅子に腰を降ろす。


 付き合いで作り過ぎて食材を無駄にしない為に進められた食事とはいえ、些か食べ過ぎた事を後悔する。普段の冷静な自分であれば、あの様な日常生活のリズムを崩す様な食事の取り方はしない物であるが、あの場の空気に当てられてつられてしまったのだ。


 このまま椅子に座っていては、満腹感により身体を動かすことが億劫になってくると思われるので、アシヤ先生から預かった品物を懐から取り出してテーブルの上に置く。


 アシヤ先生から預かった代物は油紙で包まれており、直接どんなものが入っているのか分からない。僕は引き出しからマスクと手袋を取り出し身に着けて、更に包みを魔法で隔離空間で包み込む。


 その時、唐突に部屋の扉が開け放たれる。


「まぁ! いつ来ても小汚い部屋なのねぇ~」


 アドリー国のリドリティス王女とその取り巻き4人が姿を現す。僕の苦手な人物だ。


「あぁ、そうだね、だからわざわざ入って来なくてもいいよ」


 本当に来てほしくない、それどころか顔を合わせたくないほど苦手だ。どうして、彼女の様な性格の人物は、好ましいとは思わない場所や人物の所に来て、わざわざその事について公言するのであろうか… いやだったら、行かない会わないを実行すればいいだけなのにどうして逆の行動をするのだろう?その行動原理が理解できない。


 僕は呆れてため息をつきそうになるが、以前ため息をついた事でネチネチと嫌味を言われたので、ぐっと堪えて呑み込む。


「そうはいかないわ、ディート、貴方、あの野良犬教師の所に行ったそうね、そんな事をして点数稼ぎでもしているのかしら?」


 リドリティス王女はあおり口調で言い放ってくる。そして彼女の言葉に続いて取り巻きの5人…いや今は4人か、その取り巻きも『そうよそうよ』相槌を打ち始める。


「何の点数稼ぎが分からないけど、学園のルイス学長から直接にアシヤ先生の話を聞いて欲しいと言われたんだよ」


 何のことについて、彼女が僕を糾弾しているのか分からないが、ルイス学長からの正式な依頼という事を告げて、自身の正当性を弁明する。


「それが点数稼ぎだと言っているのよっ!」


 そう言って、手に持っていた扇子で僕を指し示す。取り巻きの4人が彼女の言葉に合わせてパチパチと拍手を始める。


「だから何の点数稼ぎなのか説明してくれないかな? それと何故点数稼ぎなるものが悪いのかも説明してくれると有難い」


 ここまでくると彼女が簡単にこの部屋を立ち去ってくれない事が分かったので、マスクと手袋を外して彼女たちに向き直る。


「貴方はこの学園の責任者である、かの七賢者の代表であるルイス・ウルリッヒ・チャップリン学長に取り入って、学園内での立場の確保や、これから行われる学術研究発表会の結果を忖度してもらおうと画策しているのでしょっ!」


 彼女は裁判での弁護士にでもなったかのように、ポーズを決めながら決定的な悪事の証拠を認めさせるように僕に言い放つ。


 僕は彼女の発言に、再びため息をつきたくなる。


「僕が学長の頼みを聞くのは、学長に取り入る訳でもなく、学術研究の結果に忖度してもらう訳でもなく、僕が学長に拾われてここで学ばせてもらっている恩返しだからだよ」


 僕がそう答えると、彼女はまるで特上の獲物でも見つけた様に瞳を輝かせる。


「まぁ! 野良犬のあの教師の所にどうして行くのかと思えば、貴方も野良犬だったのねっ!」


 彼女のその言葉が僕を酷くイラつかせる。


「僕の事は兎に角、ルイス学長によって選任されたアシヤ先生の事をその様に悪し様に言うのはどうかとは思うよ」


「あら? 野良犬を野良犬と言ってどこが悪いのかしら?」


 そう言ってくすくすと笑い始める。


「では、君はルイス学長が野良犬を、この栄えあるカーバル学園都市の講師に選任したというんだね?」


 今まで言いたい放題であった彼女であるが、その発言が遠回しにこの学園の代表であるルイス学長を非難している事にようやく気が付いて顔を青くし始める。どうしてこんな当たり前の事なのに気が付かなかったのだろうか…


「も、もしかしたらルイス学長があの野良犬の毛並みの悪さに気が付いてないかも知れないから、私がこうして密かに噂を流して気が付くようにしているのよっ」


 先程の自信満々の態度から打って変わって、気まずそうに口を開く。


「なるほど、それもルイス学長が人の見る目が無い、節穴だと言っているんだね…」


 僕がそう返すと、彼女はしまったと言わんばかりに目を丸くして口を開き、慌てて僕を指し示していた扇子で口元を隠す。


「いえ、そんな事はないわ… 学園長の目が節穴だなんて言ってないわよ…」


 彼女は僕に言い返す材料が無くなったのか、イライラとし始め焦りを見せる。


「で、この話をつづけるのかい?」


 もう彼女との会話を終わらせたい僕は、会話を継続するのかを彼女に尋ねる。


「いえ、そろそろお茶会の時間ですから、この辺りで失礼するわ…」


 この部屋に来た時の自信満々の態度とは真逆の、戦意喪失して消沈した態度で、取り巻きの4人を引き連れて退出していく。


 そして、彼女たちの姿が完全に消えて、扉が閉ざされた時に、僕は今まで我慢していたため息を大きくつく。


「ようやく終わった…」


 僕は脱力したように椅子に腰を降ろす。そして気持ちが落ち着いた後、おもむろに机の上に置いたままであった、アシヤ先生から預かった品物を見る。


 正直に言うと、恩義のあるルイス学長からの直接の依頼であるが、このアシヤ先生の仕事も、学術研究発表会の発表内容が定まっていない僕にとっては、先程のリドリティス王女の存在と同じく面倒ごとだ。出来れば今は構っている暇はない。


 僕は少し緩和された満腹感を感じるお腹を擦る。


「でも、あの食事は美味しかったし、楽しかったな…」


 一人の部屋で僕の声だけが空しく響いた。


 

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