第176話 マリスティーヌの問題行動

 俺自身、なんだかんだもありながらも、この学園都市カーバルでの講師生活に慣れてきている。実際に野盗やモンスターの被害がある領地の王族や貴族は熱心に俺の講義に耳を傾けるし、俺の『麗し』モードの魅力に囚われた女生徒も、疑いなく俺の言葉を受け入れている。


 また、俺の講義は大体午前中にあるので、講義が終わった後、変な事をされていないか確認する為に、仲間の所を回って回収して回っている。


 カローラは相変わらず、色々な血を飲まされているようだ。今は人間のものではなく、他の動物、哺乳類に限らず、爬虫類や鳥類、魚類まで飲まされている様だ。カローラ自身もカードの為に鳥類あたりまではあまり文句を言わずに飲んでいたが、魚類になると流石にその生臭さにへきへきしている。それでも髭爺さんが魚の雌雄を識別できるのか、また産卵をしたメスと産卵をしていないメスに血の味の違いが分かるのかをテストさせられていた。

 そんな実験でも、文句を言いながらログインボーナスの様に貰えるカードの為に、毎回えづきながら血を呑んでいる。立派だよカローラ… 努力の方向性を間違えているがな…


 シュリの方は、あのロリコン爺さんが広くて暖かい場所を用意しているというのに、元のドラゴンに戻る事を魔熱ベストを脱ぎたくないという理由で拒否しているようだ。別に変な事をされる訳でもないし、流石に毎回骨付きあばら肉とご褒美を準備するロリコン爺さんが気の毒なので、俺からも説得しているが、シュリは頑なに元の姿に戻る事を拒否している。

 うーん、参ったものだ。そう言えばカーバルに着いてから風呂に入れるようになったが、以前の様に一緒に風呂にも入らなくなったな…もしかして思春期でもきたのか? でも、カローラも一緒に風呂入らなくなったな… もしかして、二人とも太った事を気にしていたのであろうか… まぁ、シュリに関しては最近乳がデカくなってきたから目のやり場に困るが…そのうち元に戻るだろう。


 次にポチについてだが、未だにちゃんとした人化を憶えられていない。人化自体は出来るのだが、その人化した姿があの知らないおっさんだけなので、俺の「知らないおっさん、ダメ、ゼッタイ!」の言葉を守って人化をしていない。あのおっさんが言った別の人材を連れて来てポチにちゃんとした人化を憶えさせるという約束であるが、それがまだ果たされていないのだ。

 あのおっさんに伝手がないのかと言えば、どうやらそうではないらしく、ポチを迎えにいく度、あのおっさんが赤点のテストを隠す子供の様に俺から目を逸らせるので、心当たりはあるようだ。恐らく、俺の女好きの噂を何処かで聞いて、口説かれるのではないかと出し惜しみをしているのであろう。

 そんな事はお見通しで、俺はおっさんを安心させて女の子を連れて来させるために、『大丈夫だ、手を出さない』と告げたが、シュリが『手は出さんでも、下半身は出すじゃろ』と余計な俺の本音を告げたので、おっさんの俺への警戒度がマックスになってしまった。くっそ!シュリの奴目…


 そして、アルファーとカズコの二人であるが、迎えにいっても何の実験を行っているのかさっぱりと分からん。それは別に俺の研究に対する理解力が足りないからではなく、なんというか、普通にお茶をしている…いや、違うなカズコとアルファーをホステスにして爺さんたちがキャバクラごっこをしている様にしか見えないのだ。

 俺も最初はそのキャバクラごっこを止めさせようと思ったが、アルファーがそのキャバクラごっこで、給仕が上手になってきたので何とか納得しているのである。納得しているといっても無警戒にホステスをさせている訳ではない。エロい事をされたらすぐに反撃する成り俺に伝えるなりするように指示している。

 実際の所、俺がハニバルで過労で眠っている時に飲ませてもらったロイヤルミルクの話をして、自分たちにも分けて欲しいとせがまれたそうだ。あの爺ども…あんな歳でまだエロさ全開かよ… その事を相談された俺は、アルファーに冷蔵庫の中にあったミルクを渡して、ロイヤルミルクと思わせろと指示した。お陰で結構な臨時収入になった。


 そして、最後にマリスティーヌの様子であるが…


「アシヤ・イチロー講師」


 俺が皆を迎えに行くために学園内の廊下を歩いていたところ、背中から呼び止められる。立ち止まり振り返って見ると、この学園の講師と思われるおっさんがいた。


「はい、なんでしょうか?」


「えっとですね、マリスティーヌさんの事でお話があるのですが…」



 一応、俺がマリスティーヌの保護者なので神妙な態度で話を伺う。


 マリスティーヌがこの学園の七賢者たちの下心でオブラートされた善意で授業を受けさせてもらっている状態であった。森で世捨て人のレヴェナントと二人暮らしであったマリスティーヌがどれだけの学力を持っているのか分からなかったので、簡単なテストを受けた後、念のために小さな子供と初等部に通学していた。そこで授業を受けながらテストをして、実績が認められれば次のクラスに上がるという授業の受け方をしていた。

 そして、つい先日、初等部から中等部、そして高等部の授業に出る事になったと聞かされていた。その報告に俺は最初驚いた。確かに他人に対する丁寧な対応は躾されていたが、知識に関してはあまり教育されていないであろうと思っていたからである。そこに僅か数日で初等部から高等部まで進学したのである。

 その状態からの今の講師からの話である。もしかして、流石に高等部の授業にはついて行けないという事であろうか?


「マリスティーヌ? あいつがどうかしましたか? もしかして、授業についていけないとか?」


「いえいえ、マリスティーヌ嬢は優秀ですよ、知的好奇心旺盛で、なんでも乾いた砂に水を捲くように知識を吸収されてますよ」


 俺は直接マリスティーヌの授業風景を見た事無かったので知らなかったが、あついはそんなに優秀だったのか… では、どんな問題を起こしたのであろうか? もしかして、またノーパンでいるのか?


「では、それ以外で何か問題を起こしているんですか?」


 俺がそう尋ねると、学園の講師は困った顔をしてぽりぽりと頭を掻く。


「いや、マリスティーヌさんが熱心なのは良いことなのですが、授業中の質問が多くて授業が進まなくなるのです…」


「質問が多い? それは授業を受けるうえで知っておくべき前提の基本的な事を聞いてくるとか?」


 もしも基本的な事が出来ていないなら、再び中等部からやり直す必要があるな。


「いえ、基本的な事というよりは、我々が常識だと考える前提条件について本当に正しいかどうかを尋ねてくるのですよ」


「常識だと考える前提条件? 例えばどんな感じですか?」


 俺はとりあえず話を聞いて、軽くマリスティーヌを注意するつもりであったが、なんだか話が込み入ってそうなので、真剣な赴きで尋ねる。


「例えば、神は人々を幸せにするために存在するというと、『具体的に幸せとは?』と聞いて来て、苦しみ等が無いことと答えると、次は『苦しみとは』と聞いて来て、病気だったり貧困だったりと答えると、『では健康でお金持ちは絶対的に幸せで、貧しい人や持病を持っている人は絶対的に不幸なのですか?』と…次から次へと質問されて…」


 そういって困り果てた顔をする。


 なるほど… 知的好奇心旺盛なのは良いことだが、これはマズいな… まんまソクラテスの問答法じゃないか… マリスティーヌに悪意や自己顕示欲が無いのは知っているが、これやってたら人に嫌われて毒杯飲む事になるぞ… 折角手に入れた養殖用の女だ。死ぬようになる事は避けたい。


「分かりました。私の方からマリスティーヌの言って聞かせて、授業の邪魔をさせないように致します。なので安心してください」


 俺がそう答えると、講師は胸のつかえがとれたように胸を撫で降ろす。


「そういって下さると安心します… どこまで彼女の質問に答え続けられるか心配でしたので…」


 授業の邪魔もあるけど、生徒の前で恥を掻きたくないってのもあったのか。


 俺は講師に別れを告げて、自室へと戻る。この時間ならすでにマリスティーヌの奴は戻っているか?


 部屋に辿り着き、扉を開けて中へ進むと、奥のキッチンからカズコが鼻歌交じりに料理する音と、風呂場からは誰か入浴している音。そして、リビングのソファーの上で、ゴロゴロしながら、お菓子を食べて熱心に本を読むマリスティーヌの姿があった。


 マリスティーヌはかなり読書に熱中しているようで、俺が戻ってきた事に気が付いてない。俺はいつも通りに『麗し』の衣装を緩めながらマリスティーヌの背後に近づいていく。


 するとマリスティーヌの読んでいる本は、シュリやカローラがよく読んでいる小説の類ではなく、ここの図書館から借りてきた学術本のようだ。俺はマリスティーヌの背後に立ち手刀を振り上げる。


「チェストォ!!」


 俺の手刀が無防備なマリスティーヌの頭に直撃する。勿論手加減はしているがかなり痛いはずだ。


「いたぁぁぁぁぁい!!!」


 マリスティーヌはすぐさま頭を抱えて、涙目になって振り返り、痛みに苦しむハムスターの様にのたうち回りながら俺の姿を見る。


「イ、イチローさんじゃないですかっ! どうして、私の頭を殴るんですか!!」


「本を読みながら、飲み食いするなっ!」


 俺は子供を叱りつける様に声をあげる。


「で、でも…いつも皆さんも同じことをなさっているではないですか~」


 おっと、早速例のアレが始まったか…


「それと、マリスティーヌ、お前の授業の先生から話を聞いたぞ、授業中何度も質問をするな」


「えぇっ!? どうしてですかっ! 授業は分からない事を教えてもらうところでしょ?」


「ちょっと、マリスティーヌ、そこに座れ、話がある」


 そう言って、俺はソファーに腰を降ろし、向かいのソファーを指差す。マリスティーヌは俺の指示に従い、頭を押さえながらトコトコと歩いて座る。


「マリスティーヌ、確かに授業は分からない事を教えてもらうところだ」


 俺の言葉にマリスティーヌがコクコクと頷く。


「だが、それは同じ授業を受けるみんなも同じだ」


 その言葉にマリスティーヌははっと小さく顔を上げる。


「お前が質問ばかりする事によって、みんなの授業を邪魔しているんだ。それが悪いことだと分かるな?」


「はい…すみません… 私、どんどん物事を知りたくなって、なんていうか…こう、前しか見えていませんでした…」


 そういって、両手で視野が狭くなる仕草をする。


「先程の本も一緒だ。あれは俺やお前の本じゃない、この学園の本だ。お前はただ借りているだけだ。それをお前が食べ物で汚しちゃいかんだろ」


「はい…」


 マリスティーヌは漸く俺の言わんとしている事の全体像が分かったのか、反省してハムスターの様に縮こまる。


「次からすんなよ、後、知りたくなったことは、すぐに質問せず、メモっておけ、それで俺や七賢者の爺さんたちに聞きに行けばよい、多分、答えてくれるだろ」


 俺の言葉にマリスティーヌの顔が開いていく。


「旦那様ぁ~ お食事ができましたよ~♪」


 キッチンの方からカズコの声が響く。


「じゃあ、飯にするか、マリスティーヌ」


「はいっ! イチローさんっ!」


 マリスティーヌは笑顔で答えた。


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