第175話 串カツパーティーとイチローの依頼

「えっと、この学園の生徒みたいだけど…俺になんのようだ?」


 身長の低い少年に合わせて、俺は少し腰を屈めて視線を落とす。


「えっと、僕はこの学園のルイス学長から、アシヤ・イチロー臨時講師の抱える問題を解決するように言われてきたのですが… 貴方はアシヤ・イチロー臨時講師で間違いないですね?」


 見た目は灰色のぼさぼさの髪型で、気怠そうな青い瞳をした小さな少年であるが、その見た目の幼さから反して、結構しっかりとした受け答えをする。


「俺はアシヤ・イチローで間違えないが…君は?」


 一応、あのロリコン爺さんの関係の生徒なので、丁寧な受け答えで接する。


「僕はこの学園で錬金術の研究を行っている、院生のディートフリード・レグリアスです」


 そう言って握手の手を差し出してくる。


「お、おぅ…よろしくな」


 俺がその手に握手で答えると、その後ろから、麻袋を抱えたアルファーとマリスティーヌが姿を現す。


「あっ、イチローさんっ!」


「キング・イチロー様、只今戻りました。マリスティーヌさんに頼まれて、無くなっていたオートミールを買ってきました」


「やっぱり、お前が犯人だったのか…マリスティーヌ」


「うぅっ…」


 怒りのあまり、握手した手を握り締めてしまって、少年が呻き声を漏らした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「イチローさん…これ何本差していけばいいんですか?」


 一口大に切った食材に串を差しているマリスティーヌが、疲れて来たのか不服そうに声を上げる。


「何本って、そこにある食材全部に差していくんだよっ! お前がこんなにやらかしたんだから自分で責任をとれっ!」


 俺は、このカーバルで買える調味料を合わせて味見しながら答える。


「主様よっ!」


 今度はベランダで作業をしているシュリが声を上げる。


「なんだ?」


「マリスティーヌの作業が責任の取り方というのなら、わらわはなんの責任を取らされておるのじゃ」


 ベランダで石に火を噴いて過熱しているシュリが口を尖らせて愚痴を述べる。


「シュリ、お前は最近食べ過ぎで太ってきたから、少しは運動して痩せろ…」


「いや、わらわは、食べても体形を維持するようにやっておるぞ!」


 そう言って、ふんと鼻をならせて胸を張る。俺はその様子をチラ見しながら、ソースを持ってリビングのソファーに腰を降ろす。


 だから、その胸についている乳もどきを小さくさせるためにやらせてんだよ… くっそ! 俺は乳首がついていない乳は乳だと認めんぞ!! そんなのはただの脂身だ!!


「所で、アシヤ先生」


 俺の隣に腰を降ろす少年が声を掛けてくる。


「なんだ? えっと…」


「ディートフリードです。ディートと呼んでください。それで、僕までお食事を頂いてもいいんですか?」


 ディート少年は、居づらそうな素振りで尋ねてくる。まぁ、初対面の人の部屋でいきなり食事なんて、少年にはハードルが高いな…がしかし…


「いや、是非とも食っていってくれ、困った奴が大量に飯の準備をしたせいで、大変な事になってんだ、こんなにあると食い切れん…だから、人助けと思って食ってくれ」


 人助けと言えば、居づらさに対する免罪符になるだろう。


「はぁ…では、そう言う事でしたら、僕も頂きます…で、これはどうやって頂いたらいいのでしょうか?」


 目の前には串が打たれた食材と、小麦粉を溶いた生地、パン粉の山、そしてソースと取り皿。


「あぁ、ちょっと待ってくれ、アルファー! そろそろ、油の鍋持ってきてくれ!」


「キング・イチロー様、わかりました。人類に対しては、高温で危険ですので気を付けてください」


 そういって、アルファーが魔熱コンロで温めていた油鍋を運んできて、リビングのテーブルの上に設置する。


「おぉ、すまねぇなアルファー、次はシュリ! 炎で温めた石を持ってこい!」


「わかったのじゃ! で、この石をどうするのじゃ?」


 シュリが鍋の中で吐いた炎で温めた石を、鍋ごと持ってくる。


「あぁ、コイツを油の中に入れて…よし、これでオッケーだ」


 俺はトングで石を油鍋の中に入れていく。


「石なんぞ油で揚げてどうするのじゃ?」


「このテーブルで魔熱コンロを使えればいいんだがな、無理なんで、石の熱で油の温度を保つんだよ」


「ほほぅ~そういう事じゃったのか、してこれからどうするのじゃ?」


「シュリだけじゃなく、みんな見てろよ」


 そう言って、串を打った食材を手に取り、小麦粉の生地に潜らせ、次にパン粉をまぶす。そしてそれを油鍋の中に入れる。すると、ジュワワと小気味良い音を立て始める。


「おぉ! なるほど、自分で揚げながら食べていくのかっ!」


 俺が串カツを上げていく様を見てシュリが声を上げ、皆も感心した顔をしていく。


「それで、揚がったものをこうしてソースにつけて、パクっと…ハフハフ~ うまぁ~!!」


 俺が揚げたての串カツを美味そうに食う様子に、皆がゴクリと唾を飲む。


「これで食い方が分かっただろ! みんなも食ってけ!!」


 そう俺が声を掛けると、マリスティーヌを筆頭に、シュリやカローラが食材を掴んで串カツを上げていく。その光景に、驚いたのか気が引けているのか、ディートが動揺して動けずにいる。


「おい、ヤヨイ」


 俺は早速串カツを揚げて、俺の世話をしようとするヤヨイに声を掛ける。


「俺は自分で揚げていくから、お前は客人のディート分を揚げてやってくれ」


 俺がそう告げると、ヤヨイは下顎の骨を大きく開いて『ガーン!』と効果音が尽きそうな顔をする。カローラはカローラでヤヨイに給仕してもらう事を諦めたのか、なんの迷いもなく自分で串カツを揚げている。強く生きろよ…カローラ。


「ディート、お前、肉食うだろ? ほら、ヤヨイどんどん揚げてやってくれ」


「あ、ありがとうございます…でも、自分で出来るので大丈夫です…」


 そう言ってたどたどしい手つきで串カツを揚げ始める。


 そんな感じで、ディートを加えたメンバーで串カツパーティーを行った。途中、油の温度が下がってきて、シュリに再び石を温めて貰ったり、材料を追加したりしたが、皆満足したようであった。


「あ~ 美味かった美味かった、これで炭酸飲料でもあればもっと良かったが仕方ないか」


 そう言って俺はパンパンになった腹を擦る。


「旦那様、レモネードなら準備出来ますが如何ですか?」


 カズコが後片付けをしながら尋ねてくる。


「あぁ、貰おうか、ディートも飲むだろ?」


「レモネードとは?」


「あぁ、甘酸っぱい飲み物だ、油もの後に飲むとスッキリするぞ」


「では、頂きます… それと…」


「ん?」


 ディートが何か言いたそうなので、向き直る。


「今日、僕が来た本題なのですが、いったいどのような問題を抱えておられるのですか?」


「あぁ、あの爺さんから聞いてなかったのか…ちょっと」


 俺はちょいちょいとディートを手招きして、内緒の話がある事を示す。この俺の講堂に手ディートは少し目を丸くしてから、俺に耳を寄せてくる。


「な、なんですか?アシヤ先生」


「ディート、あそこの女がいるだろ?」


 そういって、キッチンで後片づけをアルファーとヤヨイに任せて、レモネードの準備をしているカズコを指差す。


「えっと、カズコ…さんでしたっけ? あの女性がどうかしましたか?」


「実はな…あいつ…元々はオークのオスなんだ…」


「えぇ!!」


 想定外の事実に驚いてディートは思わず声を上げるが、俺は急いでその口を塞ぐ。


「マジ驚くだろ? 本当の姿は今とは似ても似つかない、ごつくて不細工なんだぜ…」


「でも、女性らしい温厚で献身的な性格でしたよ…」


 ディートはまだ真実を受け止められないのか、困惑した顔で囁いてくる。


「そこは…元々なんだよ…恐ろしいことに…」


「えぇぇ~!?」


 ディートは小声で驚く。


「だからな、アイツを元の姿に戻して欲しいんだよ…」


「戻して欲しいって…どうしてそんな事になったんですか?」


 俺は森で起きた事件のあらましをディートに説明する。


「なるほど…フナイグの森で未知の植物を食べて、ああなったと… それなら錬金術の研究をしている僕の分野ですね。で、その植物はのこってますか?」


「あぁ、一応調査用に保管してある。調理方法のレシピもあるぞ。そいつを渡す」


 こうして、俺はディート少年にカズコを元の姿に戻す依頼をしたのであった。



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