第168話 出勤前のあわただしさ

「もう、こんな時間か、早く飯を食わんと」


「シュリ…私、まだ眠い…」


 カローラは欠伸をしながら眠気眼を擦る。


「何を言っておるのじゃ、カローラ、お主も今日から研究に付き合うのじゃろ?」


「そうだけど…眠い… どうして、夜行性の私が朝から行動しないとダメなの…」


「あぁ、確かにカローラはヴァンパイアじゃが、それはヴァンパイアの性質よ言うよりか、夜更かしする生活習慣じゃろうが」


 シュリがぐずるカローラの前に朝食の皿を並べる。


「夜更かしと言えば、私と一緒にずっとカードゲームをしていたマリスティーヌ?」


 そう言って、カローラはフォークでブラッド・プディングをぶすりと突き刺す。


「あの小娘なら、ポチと一緒にもう学園に行ったぞ、朝食を済ませておらんのは、カローラ、お主と主様だけじゃ」


「イチロー様も?」


「みんな、おはよう…今日もいい天気だね…」


 俺は得意の爽やかイケメンキラキラ王子様フェイスとイケメンモデルポーズを採りながらリビングに躍り出る。


「あ、あるじ…様… どうしたんじゃ…その恰好は…」


「ふっ、今日からこの俺が、大勢の女生徒の前に立つんだ…これぐらいの装いは必要だろ」


 これはこのまま乙女ゲーのスチルでも通用しそうなキラキラのフェイスとポーズを二人に見せる。


「あっ! イチロー様、それってイアピースの王女からもらった『麗し』の衣装?」


「あぁ、あの『麗し』の主様の衣装か」


 あの気恥ずかしい『麗しの英雄アシヤ・イチロー』のカードを思い出して、鳥肌が立ちそうになるが、ここは学園の女生徒を落とす為にぐっと堪える。


「そうだ…今の俺は『麗し英雄アシヤ・イチロー』だ…」


「そうか、分かった分かった、主様、とりあえず、洗い物が片付かんので、はよう朝飯を食ってくれ」


 くっそ、せっかく俺が決めているのに、俺の美しさを全く気にかけないって…お前は俺のオカンかよ…


「食えばいいんだろ…」


 俺はどっかりとソファーに座ってフォークで目玉焼きの目玉を突き刺す。


「それと主様、分かっておると思うが、盛りの猫のように学園のおなごに手を出すでないぞ! 何かあれば、すぐさまアソシエ殿に連絡して、カミラル王子が鬼の形相でやってくるぞ」


「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか、だって女生徒がいるんだもん、ちょっとぐらい黙っていてもいいやで?」


 俺はイケメンフェイスでシュリにえなり口調で言い寄りながら、おねだりをしてみる。もしかしたら、この『麗しの英雄アシヤ・イチロー』モードならシュリを垂らし込めるかも知れない。


「主様、だから早う食えと言うておるじゃろ、カズコもアルファーもこれから研究の手伝いに行かねばならんのじゃ、洗い物が終わらん。それに主様もその肝心な講義に遅れるぞ」


 くっそ、シュリの奴、完全にオカンモードじゃないか…


 俺は仕方なく、黙々と朝食を採り始める。そして、朝食を採りながら考える。


 俺は講義でシュリは研究の手伝い。という事はシュリの目は届かない状態だ。では、シュリにバレずに好き勝手出来るんじゃないか…


 ククク…なんだ…やりたい放題じゃないか…このシュリの目の届かない状態で、女生徒の食べ放題を喰らい尽くしてくれるわ!


「主様よ…いい加減、その妄想をただ漏れさせる癖は直した方がよいぞ…」


「えっ? うそ!? 俺、また漏らしてた!? どこから?」


「俺は講義でから、喰らい尽くしくれるわまでじゃ…」


「また全部かよ…」


 俺は拳を握り締めて歯ぎしりする。


「それにあのおじじに頼んで主様がおなごにちょっかいを掛けないか見張りを付けてもらうよう頼んでおいたから、無駄じゃぞ」


「くっそ、シュリ、お前あのロリコン爺さんを垂らし込みやがって…」


 俺は愚痴を漏らしながら飯を掻っ込む。


 そんな感じで珍しく慌ただしい朝を迎え、それぞれの仕事に向かう。



 俺はこれから冒険者の心構えを教える講義を始める訳であるが、直接、教室に向かう訳ではない。昨日のロリコン爺さんと打ち合わせと生徒に対する紹介があるので、一度、教員室へと向かう。


「おう、来たか同志イチローよ」


 教員室に着くなり、ロリコン爺さんが声を掛けてくる。


「同志と言うのは止めてくれ…俺がロリコンだと思われる…」


「何を今更! 何も恥ずかしがることはないぞ」


 そう言って、ロリコン爺さんは昔からの友人の様に気安く肩を組んでくる。


「付け加えて言うと、爺さんと仲良く思われるのも恥ずかしいんだが…」


「そんな事を言ってよいのか? わしに嫌われると今から査問の結果を変えてしまうぞい」


 そう言って、頬を指でグリグリと弄ってくる。うぜ~…マジうぜ~… でも我慢しなくちゃいかんのだな… 


「仕方ねぇな…」


 そう呟いて、項垂れながら我慢してロリコン爺さんと教室へと向かう。


「あの教室じゃ、各国のクソガキどもがイキリ顔でふんぞり返っておる。お前さんの腕の見せどころじゃな、だが…」


 ロリコン爺さんが鋭い目つきをして俺を睨む。


「わしが目を付けた女生徒もおるでのぅ… そのおなごには手を出すなよ…」


 そっちの警告かよ…


「出さねぇよ、爺さんの好きなのはロリっ娘だろ? だから、スレンダー巨乳好きな俺とは棲み分けができるから安心しろよ」


「なら良かった、お互い夢色の学園ライフを満喫しようではないか!」


 そう言って、俺の背中をバンッ!と叩いてくる。


 そうして、教室の中へと入っていく。初対面の印象は重要なので、もちろん俺は対女用決戦兵器『爽やかイケメンキラキラ王子様フェイス・麗しの英雄アシヤ・イチロー』仕様を装う。

 

 その仕様が功を奏したのか、俺が教室に姿を見せるなり、軽いどよめきが起きる。それも特に女生徒からだ。


「まぁ、素敵な御方だわ」


「あの装いと気品あふれる御姿…何処かの王族かしら…」


 そんな女性の声の中に、一部オタクっぽい男子生徒からもヒソヒソ声があがる。


「アレって…カードのデザインになったアシヤ・イチローだよな…」


「『淫乱魔剣士アシヤ・イチロー』のあと『麗し』になったけど、本物だったんだ…」


 くっそ! まだ、『淫乱魔剣士』の噂が残っているのか…でも、俺が言うのもなんだが、あのカードはめちゃ使えるからな… 女性キャラカードに対しては無双できる俺と、男性キャラカードに対しては無双できるプリンクリンと揃えれば、一般デッキでは無双出来るからな…


「えぇっと、皆もの! 静かに! 静かにするのじゃ!」


 ロリコン爺さんが騒めく生徒達に声を上げる。


「え~ 冒険の心得を教える新しい教師を紹介するぞ!」


 流石にこの都市の七賢者の代表だけあって、生徒達は波をうったようにシーンと静まり返る。


「ドラゴンの破壊の女神シュリナール、鮮血の夜の女王カローラ、ウリクリを追い詰めた魔人プリンクリン、獣人国家連合の同盟、べアールの蟻族撃退など、様々な武勲を上げ、大陸南東部に人類の平安をもたらした、英雄アシヤ・イチローじゃ!」


 ロリコン爺さんの説明に生徒達からどよめきの声があがる。


「おぬし等は貴族作法や領地経営など、すでに様々な学問を学んでおるが、今は乱世、想定しない荒事についても学ぶことが重要じゃ!」


 ロリコン爺さんの言葉に納得したような顔をした者もいれば、ひそひそ話に夢中で聞いていない者もいる。若干、気に入らない顔をする者もいる。


「ちなみに…この英雄アシヤ・イチローに、個人的に仲良くしたい者がいれば、わしのところに来い、こっそりとイチローの事を教えてやるぞい」


 そう言ってニタリと笑う。この爺さん、俺を出汁にしやがったな…


「ほれ、今度はお前さんが挨拶する番じゃ」


 爺さんが俺に向き直る。俺はコホンと咳ばらいをして身なりを軽く正し、イケメンフェイスで生徒達、主に女性たちに向けてだが… 向き直る。


「この私が先程紹介を受けたアシヤ・イチローだ。戦う事しか能の無い私であるが、若き君たちの為に、君たちの知らない冒険などの荒事を教えていければと思う。どうぞ、よろしく…」


「キャー素敵よぉ~!」


 女生徒の歓声があがる。ふっ、俺の流し目が完全に決まったな…


「では、わしは横で見ておるから、早速、最初の授業を始めるがよい」


 こうして、俺は最初の授業を始める事になった。





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