第166話 カーバルでの滞在
「よいしょっと、この部屋か…」
俺は職員に案内された部屋に辿り着き、背負っていた大荷物を床の上にどっかりと降ろす。
「おぉ、広いへやじゃのう、しかし、ベッドが全くないが、床でごろ寝をするのか?」
後から部屋に入ってきたシュリが声を上げる。
「いや、ここはリビングみたいで寝室は別にあるみたいだな、後で皆の寝室を割り当てるか… って、シュリ、まだその大皿を持っていたのか?」
振り返ってシュリに答えると、シュリは先程貰った骨付きあばら肉の大皿を持ったままであった。
「まだまだ、残っておるし、わらわ一人で食う訳にはいかんのでのう、貰って来たのじゃ、皿は後で返せばよいそうじゃ、主様も食べてみるか?」
そう言ってシュリは大皿を掲げる。
「一人で食う訳にはいかんって、もう半分も食っているじゃねぇか」
「では、主様はいらんのか?」
「いや、俺も食う」
そう答えると、大皿から一本の骨付きあばら肉を手に取って口元へと運ぶ。
「あっ、確かに甘辛くて美味いな…」
「そうじゃろう!そうじゃろう! 主様もレシピを憶えて作って下されっ!」
「分かった分かった、今度試してみるよ」
俺はシュリに答えて、骨付きあばら肉を齧りながら、部屋の中を確認して回る。
「キング・イチロー様、荷物をお持ちしましたが、どちらに置けばよろしいでしょうか?」
後から荷物を持って来たアルファーがそう尋ねる。
「おぉ、まだ部屋を見て回りきってないから、邪魔にならない所へ置いといてくれ」
俺はあちこち回ってうろうろしながらアルファーに答える。
「おっ? ここがキッチンか? 薪をくべる竈が無いな… もしかして、魔熱式なのか!?」
俺はコンロの様な機材の元へ駆け寄って、機材を色々触って確認する。
「これか?」
ノブを回すとカチリと音がして、五徳の中央が赤くなり、熱が伝わってくる。
「おぉ! すげー! マジで現代のコンロみたいだ! いいなぁ~これ、馬車に欲しいな…」
「旦那様、こちらでしたか。馬車にあった食材を運んできました」
リビングの方からカズコとヤヨイが馬車にあった食材を抱えて姿を現す。
「カズコとヤヨイか丁度いい所に来た、お前らもこっち来い!」
「な、なんですか?旦那様」
二人が荷物を抱えたまま、俺の所に詰め寄って来る。
「ちょ、ちょっと、どこかに荷物を…」
そう言って、荷物を抱えて詰め寄ってくる二人を避けた時に、手を突いた機材に違和感を感じる。
「あれ… これってもしかして…アレか?」
俺はその違和感を感じた機材の取っ手に手をかけて、扉を開いている。すると中からさぁ~っと冷気が流れてくる。
「マジか!? 嘘だろ!! 冷蔵庫まであるのかよっ!!」
「れいぞうこ?」
コンロを眺めていたカズコとヤヨイが声を上げた俺の方を振り返る。
「あぁ、そうだ、冷蔵庫だ! 中が冷たくて冷えていて、食べ物を中に入れておけば、生ものでも長期間保存できる代物だ!!」
「えぇ!! 旦那様! そんなものまであるのですか!? それならいつでも新鮮な野菜を保存できますね!!」
料理好きのカズコが目を輝かせる。
「やはり、カーバルはすげぇな… このコンロも冷蔵庫も両方、俺の馬車に付けたくなってきたぞ。街の方で馬車に取り付けられるかな…」
「イチロー様っ! 街に行くんでしたら、このチラシにあるカードショップも行きましょ! カーバル限定カードや、クリーチャーメーカーの別の弾があるはずですっ!」
カローラがキッチンのカウンターからひょっこり顔を出してチラシをチラつかせる。
「おぅ! そうだな! そっちもいかないとだなっ!」
俺は超ご機嫌でカローラに答える。
「また、街に行くのでしたら、かつ丼の材料も買ってきましょうよっ! イチローさん!」
「わう!」
今度はマリスティーヌがポチと連れ立って姿を現す。
「いや、かつ丼の材料は買わん、ってか、お前には他の料理も食べさせてやるから、一度かつ丼から放れろよ!」
「えぇ~ かつ丼、美味しいのに」
そう言って、ポチを撫でながら残念そうな顔をする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、何故こういう事態になっているかと言うと、時は査問会の時まで遡る。
「それで協力と言うのはなんなんだ?」
「ドラゴンやヴァンパイア、それに蟻族にフェンリル、ハイオークと… 全て敵性生物だと言われておるが、逆に言うと敵性なので、今までその生態があまり研究されていなかったのが、実情じゃ」
老人たちの好奇心に満ちた瞳が仲間たちに向けられる。
「って、事はこいつらを研究させろという事か?」
「そうじゃ! 是非とも研究させてほしいっ!!」
まぁ、純粋な知的好奇心からそう述べるのであれば、研究協力もやぶさかではないが…
「普通のドラゴンならいざ知らず、こんなに可愛いドラゴン娘を調べる機会はないからのぅ~ ぐふふ…」
「そうじゃのう、わしもぷりちーなヴァンパイア幼女を調べる事を、何度、夢見た事か…」
「フェンリルもまだ人化できないということであるが、人化できるようになれば、犬っ娘が拝めるわい」
「私は、ガチムチのオークを調べたかったのだけど…残念だわ…」
「いやいや、このえろむっちむちのオークも良いではないか」
「私はあの蟻族の娘の隅から隅まで調べたいのぅ~」
どう見ても純粋な知的好奇心などではなく、純粋な性的嗜好です、本当にありがとうございました状態だ。
「あ、主様よ…」
シュリは断ってくれと言わんばかりの不安な顔で、俺を見上げる。
「シュリナール嬢ちゃん、研究に付き合ってくれるなら、お給料と、毎回、骨付きあばら肉を御馳走するぞい?」
その言葉にシュリの身体がピクリと動く。
「あ、主様よ…」
シュリは引き受けてくれと言わんばかりの期待に満ちた顔で、俺を見上げる。お前という奴は…
「私は…やりたくないかな…」
逆にカローラはそうぼやく。
「では、カローラ嬢ちゃんは何が欲しいのかな? おじじにいってごらん」
まるで誘拐犯が物で子供を吊ろうとする姿である。
「イ、イチロー様…こ、怖い…」
カローラは脅えて俺の服を掴んで縋りついてくる。
「先程、カードゲームをしていたから、カードが欲しいのかな? おじじは、一杯カード持ってるぞ?」
カローラの身体がピクリと動いて、顔を老人へと向ける。
「第一弾とか最初の方の弾も…?」
「あぁ! もちろんじゃ! ホワイトロータスや初版のゴールドアイズドラゴンもあるぞ!」
「イ、イチロー様…こ、怖い…私、スーパーレアを手に入れられるかも知れないっ!!」
お前もか…カローラよ…
俺はバカバカしくなって呆れ交じりのため息をつき、老人たちへ向き直る。
「分かった、分かった、本人が許可したら研究に協力する。但し、エロい事は絶対にダメだ!」
「安心せい、わしらのは、もう小便以外に出んよ」
「なんだか、より信用できなくなったわ…」
俺は顔を引きつらせて苦笑いをする。ってか汚い弁明の言い方をするなよ。
「まぁ、安心せい、そこらはちゃんと弁えておる、でなければ七賢者とは言われておらんよ」
いや、そんな性癖が丸出しだから、カーバルに異端者として追放されたんじゃないのか?
「まぁいいや、何かあったら直ぐ引き上げるから… んで、他の連中は兎も角、俺とマリスティーヌはどうしていたらいいんだ?」
「そうじゃのう… そのパンツ履いてない娘は、勉強したいなら学園に通わせてもよいぞ、わしがみっちり手取り足取り教えてやるぞ」
そう言って両手をワキワキさせる。
「どうする? マリスティーヌ」
「そうですね、師匠に教わっていない事を学びたいですね」
俺はマリスティーヌの意志を確認して老人に向き直る。
「では、マリスティーヌはパンツを履かせて通わせる」
「なんじゃ…残念じゃのぅ…」
老人は手を降ろして残念そうに項垂れる。
「で、俺自身はどうしてたらいいんだ?」
「お前さんか…お前さんはこの学園で特別講師をやってみんか?」
俺はその言葉に目を丸くする。
「いや、唐突な話でちょっと頭が混乱しているんだが、そんな簡単に俺を講師にしてもいいのかよ」
「名目上は、お前さんが講師をするように見えるが、その実、各国から来た生徒に、お前さんが人類の敵であるかどうかを確認させると言う意味合いじゃな、わしらはお前さんの仲間の研究に忙しくなるし、お前さんには関わっておる時間がないからのう~ 生徒に任せるという事じゃ」
「でも、俺に講師を任せるって…何を教えたらいいんだ?」
まぁ、可愛い女生徒には、個人的に大人の恋愛(実践編)を教えたいが…それは隠れてやろう…
「あぁ、頭でっかちにアマちゃんばかりだから、世間の厳しさを教えるという事で、初心者冒険術でも教えてくれ、ちゃんと給金は払ってやるぞ」
随分と待遇が良いな…恐らくはシュリたちだけがちやほやされて、俺が帰るとか言い出さない為の根回しのつもりなんだろうな…
「分かった、引き受けよう」
特にデメリットも感じられないので、講師の話を承諾する。
「そうか、それは良かった…最後に老婆心ながら忠告しておくが、お前さんはもう少し、周りからどうみられておるか注意した方がよい、紹介状の中でも、皆お前さんを心配しておった。その事を含めて、生徒からの視線に注意する事じゃな」
そう言って、老人たちはこの部屋を立ち去って行った。
こうして、俺達はこのカーバルにしばらく滞在することになった訳である。
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