第165話 茶番劇

 老人たちの視線がマリスティーヌに集中する。


「私ですか? 私はマリスティーヌですっ」


 マリスティーヌはあっけらかんと答える。


「で、どうしてそなたは今ここに?」


 デブの老人が薄ら笑みを浮かべ、舐め廻す様な目つきでマリスティーヌを見る。


「いや、ここに来る途中のフナイグ近くの森で拾いまして…」


 俺はマリスティーヌが答える前に、俺の口から経緯を伝える。アイツに喋らしたら何言いだすか分からない。


 しかし、しまったな… 今回の件でマリスティーヌは関係ないので、馬車で留守番させる事も考えたが、コイツを一人にしておくと、またかつ丼を作り始めるからな… ロース肉がないからといって安心していたら、骨付きあばら肉でとんかつを作り始めたからな… あの時だけは、ちょっとマジ切れしそうだった…


 だから、連れて来たのだったが…失敗だったな…


「森で拾ったというが、犬や猫でもあるまいし、人の少女…しかも修道女なんぞ拾える訳がなかろう… そんな森があるのなら、私が先に根こそぎ拾いに行くわ」


 今度はガリガリの老人が血走った目で声を荒げる。うん、そうだよな…普通は拾えんわな…でも、拾ったから仕方ない…


「よもや、何処かでかどわかしたのでは無いだろうな? どうなんだ? 少女よ」


 代表の老人が、凄味のある眼差しでギロリとマリスティーヌを見る。


「えっ? かどわかす…って誘拐のことですよね? それは無いですね… 森で生きてきましたが、飢え死にしかけた所をイチローさんに拾って頂いて、ついてきているだけですね」


 そうだそうだ…マリスティーヌ…余計な事を言うなよ…


「飢え死にしかかっていた? という事は食べ物を使って自分のいう事を聞くように脅されているのではないだろうな? 本当に何か酷い事を強要されていないのか?」


 代表の老人は更に強要されていないか、マリスティーヌを問い詰める。


「酷い事は何も強要されていませんね、それどころか水汲みや薪割りの仕事もしなくて良いって言われましたね。あえて強要された事と言えば…」


「ちょとっ! 待て! マリスティーヌ!」


 俺は凄まじく嫌な予感がしたので、マリスティーヌを黙らせようとする。


「パンツを履けと言われたぐらいでしょうか」


 だが、俺の制止は空しく、マリスティーヌの言葉がこの部屋の中に響き渡る。


「なん…だと!?」


 代表の老人が驚愕のあまり目を見開く。


「パンツを…履けと言われただと!?」


 髭老人が拳を握り締め肩を震わせる。


「そのパンツは透け透けの物であったり、その…大事な物が隠れないパンツだったりするのか!?」


 禿老人が血走った目でマリスティーヌに尋ねる。


「えぇっと、このカーバルに到着して、先程、御店で御店の人に見繕ってもらったので、まだどんなパンツなのか見ていないですね」


「なんだと!? 先程、買ったばかりだと!?」


 眼鏡老人が立ち上って声を上げ、老人たちがガヤガヤと騒ぎ始める。


「待てぇ!! 静まるのじゃ 皆の者!!」


 代表の老人が立ち上がり、騒めく老人たちに声をかける。


「皆が疑念に思っている事は、わしも同様じゃ! だから、わしが代表して尋ねる! それでよいか?」


 老人たちは互いに目を合わせて頷いた後、ゴクリと唾を呑み、正面に向き直ってマリスティーヌを見る。


「少女マリスティーヌよ…お主に尋ねたい事があるのじゃが…」


 代表の老人は、躊躇うように一度視線を落とすが、決意を決めて再び顔を上げてマリスティーヌに向き直る。


「お主は今…履いておらぬのか?」


 老人たちの、皿のように見開いた目がマリスティーヌに集中する。


「えぇ、買ったばかりなので、まだ履いてませんよ。見てみますか?」


「ばかっ!! 止めろ!!」


 俺はすぐさま立ち上がり、裾を捲ろうとするマリスティーヌを制止する。


「被告人!! アシヤ・イチロォォォォォ!!!!!!」


 代表老人の今までにない大きな怒声が部屋の中に響き渡る。


「えっ!?」


 突然の怒声、しかも俺の事を被告人という声に驚いて、声の主である代表老人に向き直る。


「被告人アシヤ・イチローよ、人には何人にも強要されずに自由に生きる権利がある…」


 眼鏡老人が宗教ロボットアニメに出てくる指令の様に、腕組みしながら眼鏡を光らせて言ってくる。


「そうだ… 趣味に没頭する自由…」


 髭老人が述べる。


「妄想に耽る自由…」


 老女が述べる。


「ケモナーを愛する自由」


 禿老人が述べる


「おっぱいを愛する自由」


 眼鏡老人が述べる


「幼女を愛でる自由」


 デブ老人が述べる


「全裸でいる自由」


 ガリ老人が述べる。


「そして、パンツを履かない自由だっ!!」


 代表老人がダンッ!とテーブルを叩いて声をあげる。


 ちょっと、こいつら何言っているのか分からない… 俺は今、何の場に立ち会っているんだ!?


「被告人アシヤ・イチローは原告マリスティーヌの何者にも侵されざるべき『パンツを履かない権利』を侵害した!!」


 そう言って立ち上がり、俺を指差しながら糾弾し始める。


「これは人の権利を侵すという、許されざるべき行為だ! これは断罪に値すべき権利の侵害である!!」


「ちょっと、待ってくれ!! 俺はそんな事で糾弾されるのかよっ!!!」


 何か仕掛けてくるとは思っていたが、それは最初は暗殺のようなものだと考えていたが、まさか濡れ衣を着せて糾弾し裁判を仕掛けてくるとは… しかも…マリスティーヌにパンツを履かせた罪とか… これで殺されたら死んでも死に切れんし、そもそも罪が確定した時点で『恥ずか死』できるわ…


「異議があるのじゃ!!」


 そこで、シュリの声が部屋に響く。


「どうしたんじゃ? ドラゴンのお嬢ちゃ~ん あっお腹がすたのかなぁ~ くっそ!骨付きあばら肉はまだ届かんのかっ!」


 代表老人は俺とは打って変わって、デレデレの好々爺の顔に変わる。


「腹は…今はその事はどうでもよいが…まぁ、骨付きあばら肉は後で頂くが…」


 頂くのかよ…


「そうではなくて、主様はマリスティーヌに無理強いはしておらぬ!! それどころかマリスティーヌの身を守る為にした事じゃっ!」


 シュリが全面的に擁護している姿に、俺は目を丸くする。


「どういう事かな? シュリナールのお嬢ちゃん、もしかして、そこの被告人のアシヤ・イチローを弁護するつもりなのか?」


 その時、代表連中の後ろの扉が開き、汗だくになって肩で息をした老人の部下が、パチパチと脂を弾けさせ良い色に焼けた大皿一杯の骨付きあばら肉を持って現れる。


「さぁさ、シュリナール嬢ちゃんや、お待ちかねの骨付きあばら肉じゃ、たんとおたべ」


 代表老人が顎で指示すると、部下の男は、フラフラになりながら大皿をシュリの前に置く。

 

 その状況にシュリは老人・骨付きあばら肉・俺の順に視線を動かしていく。


 俺はシュリを信じている。シュリは骨付きあばら肉の誘惑に負けず、俺に対する擁護の弁明をしてくれるはずだ!


 と思っていたら、シュリが骨付きあばら肉を手に取る。おい…


「えっとじゃな… 主様の為に弁明…するが…」


 一応、俺の弁護もするようだ… どっちかにしろと言いたいが、骨付きあばら肉を選んだら、流石に心が挫けるので言い出せない。


「わらわは… 南の地域に… 住む… この味付け、結構いけるのぅ~ 主様、今度はこんな味付けにして欲しいのじゃ」


 シュリは口周りをべとべとにしながらこちらに微笑みかける。


「分かった…分かったから、俺の弁護を続けてくれ…」


「おぉ、そうじゃった、わらわは南の地域に住むドラゴンじゃったから、この北方の寒い気候にはなれておらんかった… なんじゃ、マリスティーヌも欲しいのか?」


 マリスティーヌがコクコクと頷く。


「ほれ、マリスティーヌも食うがよい、美味いぞ~ でじゃ、準備も心構えもしておらんかったから、わらわはここの寒さで動けんようになってしまったのじゃ」


 シュリはマリスティーヌにも骨付きあばら肉を渡して、自分も食べながら話を続ける。


「それが、被告人が原告の権利を侵害した事とどう関係があるのかね?」


 眼鏡老人がクイと眼鏡を直しながら尋ねる。


「でも、今はシュリナール嬢ちゃんはちゃんと動けているよね?」


 デブ老人がシュリに言葉を掛ける。


「そうじゃ! そこじゃ! わらわは主様がわらわの為に暖かい服を買って着せてくれたお陰で、こうして動けるようになったのじゃ!」


「あら、その服は被告のプレゼントなのね」


 老婆が口にする。


「そうじゃ、だからわらわと同様に、主様は己が欲望の為にマリスティーヌにパンツを履かせようとしているのではなく、マリスティーヌの身を思って履かせようとしているのじゃ」


 シュリはそう言い終わると、再び骨付きあばら肉を手に取る。そんなシュリの発言に老人たちは顔を見合わせて、小声で論議し始める。


「どう思う?」

「わしは嗜好的には、履かないままの方が良いと思うのじゃが…」

「しかし、それは嗜好対象が健康であればこそじゃ」

「そうじゃな、嗜好対象に健康被害が出るのは望ましくない」

「しかも、この地域の寒さは命にも関わるからの…」

「そういうことなら、仕方ないわね…」

「じゃな…」


 老人たちの論議が終わると、一斉に神妙な顔で俺に向き直る。


「え~ それでは被告人アシヤ・イチローに判決を言い渡す」


 代表の老人と目が合う。


「被告人が原告マリスティーヌにパンツを履かない権利を侵害した件についてだが…」


 俺はゴクリと唾を呑む。


「被告人は原告の健康を維持するためにパンツを履かせようとした事を斟酌した上で、今回の判決は…無罪とする!!」


「よっしゃぁぁぁ!!」


 俺はその言葉に立ち上がってガッツポーズをとる!!


「よかったのぅ~主様!!」


「よかったですっ! イチローさん!」


 いや、お前のせいなんだがな…


「これにて、この会は閉会する」


 そう言って、老人たちは帰り支度を始める。


「あれ?」


 代表老人の言葉に俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「なんじゃ、なんか文句があるのか」


 代表老人が手を止めて俺を見る。


「えっと、いや、これで本当に終わりでいいのか?」


「どういう意味じゃ」


「いや、そもそも今回の件って、俺が人外ばかり仲間にするから、人類に敵対する存在か否かを判断する査問だったろ?」


「あぁ、その事か」


 そう言って、代表老人がガハハと笑い始める。


「その件じゃったら、元々真剣にやる気がなかったのじゃ」


「えっ? どういう事?」


 俺は目を丸くする。


「魔族戦役の趨勢が人類側勝利に傾き始めている現在、戦後を見据えた連中が、お前さんの手柄を妬み、お前さんを引きずり降ろす算段で、お前さんが人類の敵かもしれんと言い始めたのじゃろう… そんな茶番にわしらが真剣に付き合う義理はない」


「そうじゃな、バカバカしいことじゃ、だから査問をやる振りをして遊んでおったのじゃ」


「それであのバカげた内容の論議を繰り広げていたのか…」


 くっそ、この老人たちにいいように遊ばれてしまった…


「じゃあ、もう査問は終わったという事で、俺達は帰ってもいいのか?」


「ん~それはだめじゃな」


「なんでだよ、用事はもう終わったんだろ?」


 老人たちに食ってかかる。


「いくらなんでも、査問して当日に返したら、査問しておらんと思われるじゃろ」


「じゃな、なんで暫くここに留まるとよい」


 老人たちは自分たちだけは納得したようにうんうんと頷く。


「暫くってどれぐらいだ?」


「そうじゃのう~ 最低で一か月ぐらいかのぅ~」


「一か月だと!? そんなに滞在する余裕なんてねぇぞ?」


 さっきの服だけでかなりの金を使ってしまった。そんな状態で一か月もいたら、他に買い物をしてしまって金が尽きてしまう。


「あぁ、それじゃったら、わしらの研究に協力したらなんとかするぞ?」


「協力だと?」


 老人たちはニヤリと笑った。


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