第163話 お前ら危機感なさすぎだわ

「ここだよな…」


 俺は正門の受付で貰ってメモを眺めながら、とある建物の前に辿り着く。そして、辺りや建物の入口をキョロキョロと見回して、建物に取り付けられた看板に目的地である『学園管理棟』の文字を見つける。


「よし、ここだな、俺が中はいって馬車を止める場所を聞いてくるんで、アルファーはここで待っていてくれ」


「分かりました、キング・イチロー様」


 隣に座っていたアルファーに声を掛けると、俺は御者台から飛び降りて、建物内の受付へと向かう。


「何か御用ですか?」


 俺が建物に入ると同時に受付嬢が声を掛けてくる。


「あぁ、紹介状を貰ってここに来たんだが」


 そう言って、懐から紹介状を取り出し、受付嬢へ手渡す。


「ところで、表に馬車を止めたままなんだが、どこに止めたらいい?」


 紹介状を取り出している受付嬢に、言葉をかけると、手紙から視線を上げる。


「少々、お待ちください、職員を呼びますので」


 そう言って、手元のベルをチリンチリンと鳴らすと裏から別の職員が出てくる。


「その者が案内致しますので、紹介状を確認するまでこちらでお待ちください」


「分かった」


 そう答えた後、俺は受付ホールに並べられた椅子に腰を降ろす。


 しかし、この建物や、ここの受付嬢からして他の地域と比べて、まったく文明レベルが異なる雰囲気がある。まるで現代の市役所にでもきている気分だ。


 色々と見て回ってみたい気分であるが、田舎者だと思われるのが嫌なので、じっと我慢する。しかしもう慣れたつもりであったが、こんな待ち時間にはスマホが欲しくなる。


 手持無沙汰になった俺は、手遊びでその場を誤魔化していたが、そこに玄関から別の物音が近づいてき、そちらに視線を向ける。


「主様っ!」


 別の通路から仲間たちが姿を現し、その中でもシュリが俺の姿を見つけて駆け寄って飛びついてくる。


「おぅ、シュリ、漸く起きたのか」


 抱きついてくるシュリの頭をワシワシとしてやる。


「主様っ! ありがとうなのじゃ! 主様がこの服を買ってくれなければ、ポチを連れて天に召されるところじゃった!」


「あぁ、そうか良かったな…でも、ポチは連れて行くなよ」


 そう言いながら、更にワシワシする。


「へぇ~ 外から見ていただけでしたが、中はもっと凄いですね~ イチローさんっ!あんなのありますよっ!」


 案の定、田舎者丸出しで、マリスティーヌが騒ぎ始める。


「おいこら! マリスティーヌ! 田舎者丸出しで騒ぐなっ! こっちが恥かくだろうがっ!」


 くっそ、未来の女を手に入れたつもりでいたら、面倒な子供を引き取った気分だ。俺は立ち上がってマリスティーヌの襟首を掴むと座席の所まで連れて来て俺とシュリが挟みこむように座らせる。


「マリスティーヌ、黙って座ってろ! お口にチャックだ!」


「お口にチャックってなんですか?」


 言った早々に尋ねてくる。


「お口にチャックって言うのはな… そういえば、この世界にはチャックは無いのか… まぁ、口を閉じて大人しくしていろって事だ」


「折角、主様と一緒に座れておったのに… マリスティーヌのせいじゃ」


 シュリの言葉にマリスティーヌは口を開きかけるが、俺に睨まれて、口を閉じてしょぼくれる。


「アシヤ・イチローさま」


「あっはい!」


 ふいに受付嬢に呼ばれたので、マリスティーヌの事はシュリに任せて、受付嬢の所へと向かう。


「お騒がせして申し訳ございません…」


「いえいえ、構いませんよ、よくある事ですから、それより、紹介状を拝見させて頂きました」


 よくあるのかよ…ってか、カーバルの人間からすれば、他の地域の人間は田舎者に見えるのか? 


「担当の者が面会いたしますので、応接室までご案内いたします」


 そうして、俺達は受付嬢に連れられて建物内を進んでいく。俺達は素直に受付嬢についていくが、応接間なんて受付のすぐ近くだと思っていたのに反して、受付嬢は時折、肩越しにちらりと振り返って俺達を確認しながら、何度も廊下を折れ曲がって奥へ奥へと進んでいく。


 その受付嬢の様子に、俺は密かに俺達が警戒されている事に気が付く。何度も廊下を折れ曲がるのは、途中で逃げ出そうとしても道に迷うようにしているものと思われる。


 俺たちはここについてから特に怪しい素振りはしていないので、警戒されている理由は俺達に分からないように紹介状の中に何か暗号が記されていたのか、もしくは、事前に何者かが俺達に警戒するようにカーバルに吹き込んでいるかだな…


 もし、後者の場合には、人知れず暗殺でもされて消される恐れがあるな。その場合、何処かで武器を渡せと言われるとか、魔法の使えない場所に誘導されるのかも知れないな…


 その場合、丸腰で魔法なし…その状態で重装備の兵士や弓兵なんかに取り囲まれたらなす術がないな。


 その時は…


 ちらりとシュリとカローラを見る。二人は俺の視線に気が付いたようで、カローラはふっと口角をあげる。そして懐からいつの間にどこで拾って来たのかカードショップのチラシを見せる。逆にシュリの方は、俺に暖かい服を買ってもらって上機嫌のようで、能天気に俺に微笑んで返す。


 ダメだ…二人とも状況をまったく理解していない… 俺一人なら何とかなるかも知れんが、主戦力のこの二人がこの調子では全員を守る事なんて出来ないぞ?


 そんな事を考えていると、俺達を案内していた受付嬢がとある扉の前で立ち止まる。


「ここでございます。こちらの部屋でお待ち頂けますか?」


 受付嬢はそう言って扉を開けて、中に入る様に促す。


 武器を渡せと言われなかった事に驚きを感じたが、俺はポーカーフェイスを装い、何事もない感じで、そのまま部屋の中に入っていく。扉を潜って部屋に入る瞬間にも、何か魔法の罠を感じる事は無かった。


「では、担当の者を呼んでまいりますのでしばらくお待ちください」


 魔法は使えるままだし、武器もそのままだ。では、俺達を閉じ込めて毒ガスでもつかうのかと思ったら、部屋の中には給仕をするメイドがいる。


 流石にメイドまで巻き込んで毒ガス攻めは無いだろう…では、お茶に毒か?


 と思っていたが、マリスティーヌが差し出されたお茶とお菓子をガツガツと食べ始めている。


「もう、なんだか分かんねぇな…」


 俺はそう呟いて、担当者が来るのを待つことにした。



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