第162話 衣替え

カランカラン♪


「邪魔するぞ~」


 俺は景気よく店の扉を押し開けて、仲間を引き連れて中に入る。


「いらっしゃいませ…えっ?」


 俺の声に反応して頭を下げた女性店員が、頭を上げて俺の姿を見て驚いて目を丸くする。


「コイツの事は気にしないでくれ…いや、違うな… 主にコイツの服を買いに来た」


 そう言って、俺は小脇に抱えた眠るシュリを店員に見せる。


「一体、どういう事でしょうか?」


 この衣料店の店員は首を傾げて怪訝な顔をする。


「こいつは今は人の姿をしているが、元々は平温動物の爬虫類でな、寒くて動けなくなったんだ」


「あぁ、なるほど、そう言う事でしたがでしたら、お勧めの品が御座います」


 そう言って、お勧め商品のある場所へと案内される。


「これは?」


「はい、こちらはカーバル限定の魔熱防寒服です」


「魔熱? という事は、魔力で暖かくなるってことか?」


 店員から進められた中に着こむベスト型の防寒具を手に取って確かめる。これって、現代でもあった電熱式の防寒ベストの魔法版のようだ。


「爬虫類系の方は、自分で体温を発熱することが苦手な方が多いので、ただ保温するだけではなく、熱を与えて上げないと動けなくなるんですよ」


「今のシュリにはおあつらえ向きの品だな、じゃあ、コイツのサイズに合う、一番いい物をくれ、後、普通に着る防寒の服も見繕ってくれないか? 後…」


 俺は後ろに振り返り、山から出てきたお上りさんのマリスティーヌが、都会の物珍しさにキョロキョロと辺りを見回し、カズコはうっとりとした目で、セレブが着るドレスを眺めている。アルファーはいつも通りだ。カローラは骨メイド達がいつもピッタリなものを仕立ててくれるので、あまり興味なさそうだ。


「あいつらの分も見繕ってくれないか、特にコイツ…」


 俺はハムスターでも捕まえる様に、マリスティーヌの襟首を掴んで、店員の前に差し出す。


「こいつはこの服しか持ってないそうだ。なので似たような着替えと、上から羽織る防寒具、そして…言い難いんだが… 下着を揃えてやってくれ…」


「イチローさん、流石に寒くなってきたので防寒具は有難いですが、別に下着はなくても私は困りませんよ」


 さらりと店員の前で答える。


「お前が困らなくても、俺が困るんだよっ!! いいからパンツを履く習慣をつけろ!!」


「イチローさんがそうまで言うなら、仕方ありませんね…」


 なんでしぶしぶ受け止めているんだよ… 逆のパンツを履くなって事なら分かるけど…


「そうだ、後、こいつの今着ている修道服に使われている布を、似ている物があればそれも見繕ってくれ」


「なんでそんな物が必要なんですか? イチローさん」


 マリスティーヌは俺に襟首を掴まれて持ち上げられながら、キョトンした目で聞いてくる。


「どちらにしろ、今着ている服は繕わんとダメだろ、でもお前は暫くの間、その服を誰かに預けるなんて出来ないだろ? だから、自分たちで繕うんだよ」


「えっ? 直せるんですか?」


 マリスティーヌは師匠の形見の修道服を直せると聞いて、目を輝かせる。


「おう、そうだ。それにボロボロの修道服のままで歩かせていたら世間体が悪いからな」


「ありがとうございます!! お礼にまたかつ丼を作りますねっ!」


「いや、それはもういい…」


 そう答えると、俺は小脇に抱えたシュリと、襟首を掴んだマリスティーヌをぺっと店員に渡して、店の中を見渡し、座って休めそうな椅子を探し出して腰を降ろす。


「はぁ~」


「お疲れ様でした、キング・イチロー様」


 声に気が付いて顔を上げると、澄まし顔のアルファーの姿があった。


「おぅ、アルファーかお前も防寒具を見繕っておけよ、それと…」


 俺は身体を捻って、お尻をポンポンと叩く仕草をする。


「そのむき出しの第二腹部が冷えないように何か見繕ってもらうのも忘れるなよ」


「私の第二腹部まで気にかけて下さっていたのですか?」


 アルファーは少し驚いた表情をしたあと、口角をあげる。


「それもお腹だからな…冷やすと良くないぞ」



 そして、暫く経った後、防寒具や追加の衣服を買いそろえた皆が俺の前に揃う。


 アルファーはメイド服の上から黒いロングコート、お尻にある狸のしっぽのような第二腹部には、本当にたぬきの毛皮で作った尻尾袋を付けている。うん、結構いい感じだ。


 カズコは生意気にも全身を包み込むミンクのコートのような物を選んだようだ。地味に似合っていて、しかもエロいので悔しい所だ。


 カローラは結局、骨メイド達が作った衣装があるので、今回は何も購入しなかったようだ。しれっと自分だけちゃんと防寒具を持って来たみたいだな…


 マリスティーヌは修道服の上から、白いダッフルコートを羽織り、ファー付きのミトンの手袋と、同じくファー付きの防寒靴を選んでもらったようだ。年相応に可愛くなっている。


 さて…最後にシュリであるが、シュリは魔熱式の防寒ベストを着せてもらった上で、ワンピースを着て、その上からベージュのケープ付きのロングコートを羽織らせてもらっている。また、今まで肌を露出していた足には防寒機能がある黒いストッキングを履かせてもらっている。


 ちなみにまだ体温が上がり切っておらず、シュリは眠ったままの様だ。


「おぉ~みんな、装いが良くなったな、似合っているぞ」


 素直にみんな良く似合っていて可愛い。


「では、支払いを済ませて次に行くか」


 俺は小脇にシュリを抱えて会計へと進む。すると会計の横に帽子が並べてあるのに気が付く。


「お会計ですか?」


 店員がホクホク顔で尋ねてくる。


「あぁ、おまけでコイツも貰おうか」


 そう言って、並べてある帽子の一つをとって、小脇に抱えているシュリの頭に被せる。これだけ、防寒具で固めたら、普段通りに動けるようになるだろう。


「そちらもですか? そちらはサービスさせて頂きますので、合計金額はこちらになります」


 そう言って店員はニコニコで請求書を差し出す。


「えっ!? この金額、マジ!?」


 この異世界では衣料が高級品である事は知っている。たが、その上で俺の想像の3倍の金額が書き込まれていたので、自分の目を疑い、顔を上げて店員の顔を見る。


「はい、マジです」


 店員の目は真剣である。俺は再び請求書に視線を戻して明細を見て確認する。


「あぁ~ やっぱ、他ではない魔熱式のベストが滅茶苦茶高いのか…でも、これがないとシュリが寝たきりだしな… 後はカズコのミンクっぽいコートか…」


 あのコートを纏ったカズコはマジイケてるから、止めさせるのは可哀そうだな…


「仕方がねぇな…」


 俺は懐から金の入った皮袋を取り出す。


「一軒目で、これだけ使うとは… この街を出る時はすっからかんになりそうだぜ…」


 こうして、俺を覗いた全員が満足そうな顔をして店を出たのであった。



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